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贋の錆  作者: 幸 真中
プロローグ・二次大戦編
8/26

(8)

 翌日。

 早朝の日出前に叩き起され、傭兵招集が課せられた。 昨晩に行われた戦略会議の変更内容と、それに伴った異動についてだ。

 現在の生き残り──数字で表すなら、実に15人の傭兵が、1人も欠ける事無く命令に従う事は実に素晴らしい事だ。 まぁ、軍事の命令に背けば即座に傭兵資格を剥奪され、自らの出世の道が絶たれると言うのだから軍事命令には従うのが定石と言えば定石なのだが──人は、罰の無い規則に素直に従う程、本質的に単純ではないとどこかで耳にした事があるが、その点から言えば、この国の異常なまでに入り組み硬直としている罪と罰の制度は非常に唾を飲むものがある。

 どうりで死んだ人間の作った法律を今まで殆ど揺るがす事なく、使い古されて来たわけだ。

 ──それにしても、ヘンリーの姿を昨晩から見ていない。 彼は確か、昨夕頃に傭兵軍事総監でジントニック王国本軍中尉のミサキに少尉相当官の称号と傭兵軍事準指揮官の権利を臨時的に与えられ、特設支部に連れられて行った。 しかし、それらの内容は日を跨ぐ頃には終わる話で、自分が昨晩、例の名も知らぬ男を闇に葬っている頃には事が済んでいる筈だ。 昨日の彼ではないが、彼の身に何か合ったのか、心配にさえなってくる。 昨夕にはあれだけの不祥事を起こしていても尚、自分がこうして何の懲罰も……訓告すらも受けずに今現在、この地に立っていられる事と何か関係があるのかも知れないが、後に起きた大事件を知られた日には、そう言った根回しすらも意味のなさないものとなるだろう──そうだ、あの後の話をしよう。

 唐突で申し訳がないが、やはり人と会話をするのが久しぶりな為、コミュニケーション能力に支障をきたしていると納得して欲しい。

 彼は文字通りに闇に葬った。 この手で──自らの手で。 この国とって最底辺人権の『贋の錆』の所作によって尊い命を絶たれたと知った日には、末代まで呪われてしまったとしても文句を言える立場ではないが、自分からしてみれば正当防衛さえ、訴えていいとも思っている。 月夜に隠れ酒を嗜んでいたら……後ろからナイフを向けられた、とでも痰を絡ませておこうか。 その後の──その後に起きた事はあまりにも記憶が点々としている。 いや、事実としては明白に覚えている。 起きてしまった事は……今でもはっきりと思い出せる。

 ただ、あの時の感情、あの場の心情と言った点に関してはどこか空白を戒めるものがある。 酒のせいか……それとも他の何かか。

 自分は命の合否に触れると何故だか動物的だ。

 食う為に殺し……生きる為に殺す。 思えば、自分の父親も同じ様な事を言っていた気がする。 そう、同じ様な……おなじ……お。

 ──まただ。 この事を考えるとどうも意識が平行に保てなくなってしまう。 何故だろうか──やはり、心のどこかで拒絶反応を起こしていると言う事なのか。 彼と──自分の父親、一次戦争の汚濁……ダダライ・チカチーロの直血の息子と言う事実を。

 最悪の遺伝子を拒絶していると言う事か。

 それが真実だとしたら、なんと格好の悪い事だ。 異常な程に残酷的に熱心な六階級制度が縛られるこの国──ジントニック王国で暮らしていく以上、どこかで問題に直面する事自体は容易に想像が出来た。 だから自分は……向き合ったのだ。

 この最悪の遺伝子と。 狂気のこの国と。

 その決意は人並みならぬものがあった筈であるが、どうも本能がそれを許すまいとしているらしい。 あの男を殺した昨夜だって、言わずもがなあの通りだ。

 ──急ではあるが血が騒ぎ。

 ──動物的に本能に語りかける。

 ──存在意義を正当させる為ならば。

 ──狂気の沙汰など関係がない。

 あの時は、自分が犯した行動について、間違いはないと考えて疑わなかったが、今となっては支離滅裂だ。 後悔しても、人は生き返ったりはしないが、少し感情的になっていたのかも知れない──全ては今となってはの話ではあるのだが。

 なんと都合の良い言葉だろうか。

「──以上が昨晩、戦略会議をもってしての変更内容だ。 これにて、集会を終えようと思う。 各自、戦闘に備えての心構えだけは忘れないように、気を揺るがさない様にお願いする」

「あ、1つ質問──」

 傭兵達を束ね、演説を閉めようとするミサキ。 少し、皆の注目を浴びる事になるが、ここで1つ口を挟んで置こう。 事は一刻を争うのだ。 敵が襲って来てからはでは、元も子もない。

「……なんだ、贋のさ……チカチーロの末裔。 いや、アレックスだったか」

「ヘンリーが昨晩から傭兵宿場に帰ってないんだ。 昨日、ヘンリーを連れて行ってからどうしてるか、それを教えて欲しい」

「……皆は解散してくれ」

 ミサキが傭兵達に呼び掛けると、烏合の衆とも呼ぶべき傭兵達が一目散に無造作を伴い、捌けていく。 東門入口に今現在、残っているのは自分とミサキ──ともう1人。

「……早く教えてください。 敵が襲って来てしまうでしょう? 何か、言いづらい事情でも?」

「いや、そんな事ではない。 先程、今日付けで南門に殆どの兵を寄せる話は先程したな?」

「はい。 それが何か?」

「それに伴い、ヘンリーには南門への招集傭兵として、派遣させてもらった。 まぁ、終戦までは会えんだろうよ──お互い、二次戦争を生き延びればの話だがな」

「そうですか……」

「残念か?」

「いや、そんな事はないですよ。 実に普通の事です」

 実際問題、そうと知ってしまえば特に手の付けようのない……更に言えば、少し考えばすぐに想像の付きそうなそんな問題であった。 ミサキは何か、自分に気を掛けてくれているかの様な素振りを見せながら質問を重ねる。

「あの戦略は……お前が考えたんだってな。 これは誰にも口外していないが、少しばかり驚かされたよ。 お前にあんなにも策士染みた策略が立てられるなんてな。 戦陣学はどこで学んだんだ?」

「いえ、特に師はいませんよ。 強いて言うなら……父の生き様──ですかね」

「そうか、父の生き様か。 流石はあのダダライ・チカチーロの息子だ。 あの人は……いや、なんでもない」

 口のむっと閉ざし、何か言いたそうに直前で言葉を濁す。 今日のミサキの様子はどうも落ち着きがない様だった。

「なんですか……そこまで言ったなら話してくださいよ……気になるじゃないですか、集中力を分散されて自らの指揮力を下げる様な真似していいんですか」

「いいから、お前もさっさと戦の準備をしろ。 ──そして、()()()何の用だ?」

 ふと、ミサキの視線が自分の後方に向いたのに気付く。 どうやら、誰かしらに話を掛けている様だ。 身体の角度を変え、自分も振り向いたその先には──『ピナカ』、ガインと呼ばれていたあの男だ。 あの大きな巨体の存在に今まで気付きはしなかったのは少し疑問にも思えたが、どうやら自分のせいではなかったらしい。 昨夕の満身創痍とした態度とは打って変わった覇気の無い表情。

 何故かは知らないが、どうやら昨晩は眠りに付けなかったと見受けられる。

「『ピナカ』のガイン──だったな。 どうした? 暖かい暖の取れた部屋が恋しくでもなったか? 傭兵だろうと戦場から逃げれば、逃走兵と同じく射殺命令が出ているぞ」

「いや、そんな事ではない。 ミサキ軍事総監は気付かないのか? 先程集まった、傭兵達の数が合わなかった事を。 ……『銀』のスターリンが消えた。 何か情報を持ってはいないか?」

「……スターリン? あぁ、そう言えばあの小太りの『銀』は確かに今日は見ていないな。 まさか──夜逃げか?」

「いや、あいつに限ってそれはないさ──この件に着いては、どうも血腥い出来事が絡んでいる気がしてね。 それでミサキ軍事総監に相談してみたんだ」

 そう言いながらも視線は迷う事なく、自分を睨んでいる──こいつ、まさか何かに気付いている?

 すると。

 ドドドドドドっと地鳴りが聞こえだし、足元が揺れ始める。 一瞬、地震かと錯覚するが感覚的にその選択肢を切り捨てる。

 地平線には無数の小さな物質がごにょごにょと虫の様に揺れ動いている。

 ──始まったのだ。 後に語られる最後の戦いが。

 全てに終わりと同時に始まりを齎した世紀の合戦が。

 相も変わらず、高揚のドーパミンが収まらない。

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