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贋の錆  作者: 幸 真中
プロローグ・二次大戦編
6/26

(6)

 今宵は月が綺麗だった。

 満月でも半月でも三日月でもなかったが……逆説してその中途半端な欠如加減が、自分はひどく居心地が良く思えた。

 まるでこの国の欠如的な存在である自分を共感してくれている様な7割程に満ちた──そんな歪な赤い月であった。

 しかし……本当に月と酒は相性が良い。 ヘンリーが置いていった酒筒を勝手に口を付けていると考えると少し罪悪感にも苛まれるが……これは東洋の酒か? 何となくそんな偶然が今日は重なり過ぎた気がする。

 東洋の女と東洋の酒。

 中途半端な月と中途半端な存在の自分。

 こじつけの様な偶然ではあるけれど、そんなものを運命などと言い続けながら人類は何万年もの日々を怠惰に生きてきたと思うと、何とも言えない浮浪感が喉の奥に残る。

 目の前に見える水たまり程の畔に顔を移してみればそんな事に自分の存在が苛まれているのを囁く様に波紋が揺れている。

 ──結局、ヘンリーは彼女に連れられてあの場を後にしてしまった。 当然の事ながら彼には何の責任もない。 故に彼が背負うべき背徳感も何一つないのだ。 それ等を自分が踏まえた上で自分は彼を見送った──しかし、彼は何かに戒められていた様な、それを背中で語りながら、彼は颯爽と連れられて行った。

 それが自然の摂理だ。 いや、自然の流水と言ってもいい。

 自分の後ろに立っているこいつの行動の様に──世界は自然に流れている。

「おい」──と一言。 不格好なまでにも声を掛けてくる。 近付く存在にも気付いていたし、むしろこの展開を待っていた心の隙間もあった為、別段驚く素振りも見せずに当たり前の様に振り向く。

 その男はどこかで見た事のある顔付きだった。

 あぁ、あの男か。 確かあの自分達に、いや、正確に言うと『贋の錆』である自分に妙にしつこく絡んできた『ピナカ』の傍にいた金魚のフンの様な男だ。 あのグループには細身の男と小太りの弟と、2人の傭兵がいて丁度良いバランスを保っていたが、どうやらこいつは小太りの方らしい。

 ほとんど他人な上に初対面である男に何の用かは知らなかったが、このひと口を飲み終えたら寝室に戻ろうとしていた為、どうか面倒の無い事であればと願う。

 いや、もう既に因縁が出来ていたか。 あんな不祥事を起こしたばかりであったのにも関わらず、それを一瞬きの内に記憶の片隅に放りやるのは自分の悪い癖だと日々感じている──成程、確かに自然、確かに『運命』だ。

「お前……何してくれてるんだよ」

「ん〜、何が?」

「何が……じゃねぇだろ、分かってるんだろ。 あの人がどんな人か、どんな階級の人か」

「そういうお前だって、ひどく怯えているじゃないか。 ……『贋の錆』如きに、情けない。 その観点から見れば階級なんて物は大した意味を持たないんじゃないのか?」

 声を震わせながら、身も震わせながらこちらに詰め寄ろうとしているその男に、自分は何の恐怖心も抱かなかった。 むしろ、筋肉の凝縮しているのが一目で見て取れるその態度に苛立ちすらも覚えてしまう。

「そんな……単純な話じゃねぇだろ。 お前は世間を知らな過ぎる。 『ピナカ』だぞ? 平民最高峰だぞ? ……それに、その『ピナカ』のガインさんをあんな人前で……『贋の錆』如きに打ちのめされたら……もう俺の出世の道も途切れたじゃねぇか!」

「皆、僕の事を『贋の錆』だって気付いていないんじゃないか? ここまで随分と身の上を伏せる事に徹して来たつもりなんだが」

「……お前は本当に間抜けているんだな。 あれだけ戦場で錆だらけの剣を振り回したら誰だって目に入るさ」

「……で、僕に何の用があると言うんだい? そんな文句を言う為にわざわざ労を重ねて労ったとでも言うのかい?」

「お前には……お前には死んでもらう」

 そう言いながら腰から小型のナイフを取り出し、脅す様な形で刃を向ける。

『贋の錆』である自分が人並みでまともな……それこそ幸福な人生の最後を迎えられるとは思ってもいなかったが、もしもこの男に殺されて終焉を迎えるとしたならば、それはどうも理不尽の度が過ぎると言っても過言では無い。 今夕の一件で彼らに因縁を付けられる筋は少なからず見えてはいる。 だからと言って、この男は自分を闇に葬っても、目撃者多数のあの揉め合いが消える事にはなるまい。

 それらの行動原理こそがこの国の性と言われれば、実際にも性の中で闇に葬られ続けた幼少期を持つ自分は納得せざるを得ないのだが、この思考宗教を異常だと思う人間達は他にはいないのか、などと考えてしまう。 主観の論点を正論と思い込む深層心理がそれらを戒めているだけかも知れないが──誰か主張してはくれないものだろうか。

 この国は狂っている、と。

 自分は間違ってなどいない、と。

「なぁ……お前、今どんな気分だよ」

「……? は? 何を考えているだよ。 そして、何を言っているんだ? 『贋の錆』は母国語もろくに覚えていないのか?」

「質問のオウム返しをするな。 それをお前に聞いているんだよ。 頼む、答えてくれ。 お前は今、何を感じ、何を考えれ、何をもってその刃を僕に向けているんだ?」

 質問の意図が分からず、呆然としているかと思いきやそれを通り越したのか、強烈な恐怖心なるものを感じていた。 それを物語るかの様に目から滲む涙を見ていると、彼が子供の様に見えてくる。

 父親に怯え、機嫌を伺う無垢な子供の様だった。

 自分の父親は──これ程の主観で、自分に暴力を振るっていたのか。 こんな弱々しい小動物に戒めを刻んでいたあの遺伝子は、やっと双方から理解を深めようとしていたのかも知れない。

「お、お前は! この国の、公害なんだよ! 『贋の錆』の存在を皆は陵辱しているのではない! お前の……『贋の錆』と言う存在の害が皆に侮蔑を導いているんだ! だから──」

 ──だから、親方を叩きのめされた事をきっかけに、『贋の錆』の存在を、最悪を継ぐ遺伝子を消そうと言うのか。 何とも残忍な話だ。 とりあえず……しまった、言葉に出す事を忘れていた。 長い間人とのコミニケーションを閉ざしていた為か、先程ヘンリーと雑談を洒落込んでいた際にもこういった現象が起きてしまう。

 それではだめだ。 それでは✕である。 何事も言葉を伝える事から始めなければ、順路の並列を崩してしまいかねない──あの日の、父と自分の関係性の様に。

 (いず)れかは全てが壊れてしまう。

「だから、今、ここで、人類の為にお前を殺すぞ!」

「そんな非力な武器では、どうにもこうにも、何にも出来やしないさ。 人を壊すとなればなれば尚更……いや、結局、そんな事を一朝一夕でやって退けるのは神童の所業なんだろうな」

 人を壊すとなれば尚更──と言った自分にも問い掛ける。 ()()()()()()()()()()()()、と。 例えば、他人の息の根を止めると言う点に焦点を起き──更にそこから直線上に事実を延長させる。 するとどうだろうか、決して行き着く先は『破壊』ではない筈だ。 破壊ではなく──殺害とも洒落を利かしてみようか。 つまり、何が言いたいかと言うと、必ずしも人を殺すと言う行動のみが破壊に直結する訳ではないと言うことだ。

 第一に、破壊など出来やしないのだ。 人には誰しも繋がりがあり──絡まりがある。

 時には、視覚に捉えられ。

 時には、目に見えない……尊い存在へと幾度となく形を変える。 それらの糸を限りなく抹消に近い程、すり潰し、揉み消し、再結合さえも停止させる。

 とてもでは無いが、まともな人生を送ってきた、いや仮にそうで無いにしてもそれらの可視化、不可視化の境界線を有耶無耶にするのは不可に近い。 不可に近くて、負荷に違い。

 だが、自慢げに話す事では無いが、自分にとっての関係を持つ人間は皆が皆、揃いも揃って『破壊』をしてきた。 近づけば傷を付け、触れれば心を断ち、分かちあれば──泡の様にそれらを消した。

 だからと言って言い訳になるとも思ってはいないが、無意識ではあるが──だから、自分への問い掛けの様に聞こえたのかも知れない。

 だから、もう一度。

 しっかりと自分の言葉で。

 決して、忘れぬ様に。

「──何故……なんで、僕を壊そうとする?」

 どうか、涙を流していた事は……忘れていて欲しい。

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