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「──……で、今日の『マリブ』国の陣形は3:3:7の旧式防御型だったんダヨ。 ちなみにこの陣形は一次戦争でも使われなかったものダ」
紙に図を書き、今日の反省を黙々と話すヘンリーに合わせ、相槌を打つ。
この男……好奇心に傭兵挙兵した知能差数の低い若者とは違うらしい。 兵法書の数百を読んだ程度では、このレベルの知識は付きはしまい。
「そりゃ、厳しい戦にもなるヨナ。 こんな古い陣形なんて使おうとしたあっちの国の策士の顔を見てみたいヨ。 少なくとも、こんな銃も核兵器も導入される様な時代に使える策ではネェナ。 更には、この早い段階で敵兵が引き下がる有り様ダヨ。……今日の戦い、何かが異例で何かがオカシイ」
「おかしい……か。 まぁ、方向は違えどおかしい事は、おかしい事だよな。 そう言えば、あちらの敵兵はほとんどが重装備をしていたな。 階級別の徴兵制度でもあったりするのか? それとも、兵隊は一時階級免除制度とか……?」
「ハ……? エ。 ア?」
ヘンリーは口を開き、目を丸々しながらこちらを覗いている。 まるで万人共通の一般教養を自分だけが知らない様な顔で自分の顔を見ていた。
「あ……っ」と言う声を漏らした時には既に遅く、ヘンリーの言葉が続いていた。
「はっはっ! お前、面白いナァ〜。 それとも相当、田舎町出身ナノカ? 故郷は、どこだよ、アレックス」
「どう言う事だ? お前はそれを知っているんだよな。 教えてくれよ。 笑っていないでよぉ」
「わざわざ、宣教師面して教える事でもないが……まぁ、簡単な話ダヨ。六差別階級制度は、我が『ジントニック』王国独特の古の階級制度なんダヨ。 まぁ、うちの国は教育面の統制が弱いからナ〜。 知識に差があるのは仕方なし問題ありってところだヨナ」
確かに、よく考えれば分かる事ではあった。 六差別階級制度なんて、特殊なものは世界中を探したってこの国しかあるまい。
「それよりドウダ? 俺が考えた、明日からのこの陣形作戦は……オマエの意見も聞かせてクレ」
そこには我が『ジントニック』王国の国形が描かれた小さな紙を1枚。 その国境の上には4つの点と、1桁の数字が書かれていた。 上が『3』、右が『4』、下が『3』、左が『3』。 一目見て、それはこの国の総戦力を東門、南門、西門、北門に分割した簡略図である事が理解出来た。
「今までの陣形は東門と南門に兵を置き過ぎていたんダ。 まぁ、敵国に隣接する南門に兵を寄せるのも定石っちゃあ定石ではあるんダガナ。 だが、敵もバカじゃない。 この陣形にも敵は既に勘づいて南門より兵の薄い北門に足を進めた──マァ、結果として通り道である東門での戦が激しくなり、オイラ達傭兵が追加されたんダガナ」
息継ぎを惜しむ程、早口で事を話しながらカレーライスを口に運ぶ。 喋る事に集中しているせいか、ヘンリーの食事は未だ半分も終えていない。
そうして、また食事を進める手を止め、ヘンリーは口を開く。
「だから、ここはあえて敵国の策に乗ってみるのも良いんじゃねぇカナとも思ったンダ。 敵は恐らく更に兵を北門、東門に流して来るだろうヨ。 だから、国が隣接する南門の兵を分散させてこの割合の兵で迎え撃とうと考えたのサ。 兵の総数でも兵器の数でもうちは確実に敵国に勝ち越してイル。 だから、下手に複雑な策を講じるんじゃなくて正面対決すれば──オイラ達の国にも勝機はあると思うんダ。 敵国に隠し兵器がなければだけどナ。 ……どうだい、オイラの策略は? 割と良いダロ!」
「ヘンリー……お前、本当にそれを自分で考えたのか?」
「あぁ」と、にっこり眩しい笑顔を見せては、こちらに視線を寄せていた。 どうやら、戦略の好評を求めているらしい──隠し兵器か。 今日の戦いは確かに何かの策を見据えてと考えるのが普通である。 その正体が、先程ヘンリーが言っていた隠し兵器……が絡んでいたならば、この二次戦争の敗北、または硬直は必須に近い。 それだけは避けたいところだと誰もが思うだろう。
「悪くは無いと思うんだが……西門側から兵が回るって事は考えなくていいのか? そう言えば、西門だけ派遣傭兵が一人もいなかったな。 それと何か関係があるのか?」
「はははは! アレックスは世間の事を何も知らないんダナァ〜。 本当に面白い奴ダナ。 ココだよ、ココ」
そう言って、ヘンリーは地図の自国と敵国の両方に密接する小さな国を指さした。 一瞬、指で隠れてしまうほどに小さい国だった。 目を凝らして地図を覗き込む自分に対しまたヘンリーが早口で喋り出す。
「この国は『ニコラシカ』国って言ってナ……ここに住んでいるニコラシカ民族ってのが、そりゃ強いのなんのって話なんダヨ。 なんせ生身なら一人で一等兵数百人相当の武力を誇るらしいんダ。 ま、実際に見た事あるわけじゃネェから迷信かも知んねぇけどヨ。 まぁ、とりあえずそのニコラシカ民族ってのと揉め事になんない様に両国は西門側のルートは使いたがらねぇんダヨ」
「──『ニコラシカ』、民族」
「一次戦争の頃は『マリブ』国の領地だったらしいんだけどナ! 最近独立した上、血の気も多いらしくて今じゃ、怪我をしたくねぇ奴は寄り付かネェヨ。 まぁ、今回の二次戦争には関係ねぇサ」
今まで教育の何一つを放棄され、ほぼ疎外されて育ってきた自分であったが、その名前は知っていた。
竜切りの英雄──死んだ伝説の眠る場所だ。
彼に憧れ、彼を投影していた過去も今では数少ない思い出の1つだ。
「あ! いい事を思いついたぞ……」
「ん? どうしたんダヨ、アレックス。 珍しく表情のある顔をしてよ……」
「策略だよ、策略! 『一刀目の真剣こそ、史上最高の武器』だ。 昔、絵本で読んだ事があるよ。 ヘンリーの策略じゃ戦争が硬直化してしまう可能性を孕んでいる。 だから、ここは隣接する南門に7割程の兵を置く。 東門には流れる兵を当てなきゃいけないから2割……いや、3割。 西、北門に兵を置かなくていい。 早ければ、明日にでも決着が着くだろうさ」
「──アレックス。 お前……」
「なんだよ。 ヒョンとした顔をして」
実に嬉しそうな顔をしていた。 嬉しそうで、温かい顔をしていた。 そんな顔を見ていたら、なんだか自分も温かくなっていく気がする。 その中身の読めない笑顔を見ていると、今まで後ろめて生きてきた自分が本当に恥ずかしくなる──思えば、こんなに言葉を発したのは久しぶりだ。 10年以上、ほとんど言葉を発していなかったので少し、たじたじとなっていた事だろうがヘンリーはニコニコして聞いていた。
そうして、自分が腐った茎をがりがりと食べ進め、それを終える頃──
「オイラ、腹いっぱい!」
そう言って、半分程残ったカレーと汁物のおぼんをこちらに寄越してきた。 「良かったら、お前食えヨ」と不器用な優しさを見せながら。
「いや、気持ちは有難いが遠慮しておくよ──それに」
それに、ヘンリーの後ろから垣間見え、聞こえてくる侮蔑のそれには──瞬間。 ベチャッっと空中から泥まみれのフライドポテトが飛んでくる。 それと同時に「おいらも腹いっぱい〜!」なんて、聞こえるか聞こえないかの声で聞こえてきた。 どうやら、今日の戦いを生き抜いた傭兵の3人組らしい。 こちらをニタニタと気持ちの悪い顔で覗いていた。
フライドポテトに飛んでいた泥が散り、ヘンリーの頬に小蠅の様に張り着く。
侮蔑のそれには──耐えきれなかった。
我慢はしていたが、限界だった。
あの頃の、自分の存在を後ろめていた頃とは違った。
変わった。
そう、実の父を殺したあの日から。