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贋の錆  作者: 幸 真中
「獣人計画」真相編
24/26

(24)

 オリビアが壁の外に弾かれた瞬間、当然、例の『堕僧侶』は彼女に向かって銃弾した。 しかし、オリビアは小柄な上、自分に蹴飛ばされた影響かジタバタしていた為、その銃弾はオリビアの二の腕を掠る程度であった。

 それらの奇襲で隙を作り、短剣に自分の服の布を破り縛り付け、そのまま彼らに投げ付けた。 ほんの一瞬、彼らに死角を作る。

「痛いっ……! 痛いよ。 お兄ちゃん」

「ごめんね。 こうするしか、なかったんだ……さぁ、行くよ」

 傷口を押さえつけ、痛みに悶えるオリビアの腕を引き、隣の車両に移ろうと試みた。

 確かに、どうも自分のオリビアに対する行為は道徳に欠けるものがあったかも知れないが、八道の一件を考えると、やはりこの策が一番にオリビアを傷付ける量の低い行動だったと言えるだろう。 あの『堕僧侶』3人が、全て八道と同等の戦闘力を誇っているのならば、当然、オリビアを庇いつつ戦うなど、苦行の極みであった。

「え、お兄ちゃん逃げるの? 私を、この前みたいに守ってはくれないの?」

「早く! 君を守る為だよ」

 隣の車両へ、2人は移った──そこでは、少しだけ驚愕した。 次の車両には、沢山の人で満席だったのだ。 あの車両だけ、まるで人がせき止められていたかの如くに人々でいっぱいのいつもの両車であった。 流石としか、言いようがないが、秘密裏であるにも関わらず国総出で動いている程の規制はあったのだ。

 列車の乗客達の視線が集まった。 どうやら、オリビアの怪我の心配をしてくれているようだった。 しかし、傍観をしているだけであり、誰も声を掛ける様子が無い。 すると、1人の人の良いおじさんの様な男が、それを悟ったかの様に対面式の椅子から立ち上がり、こちらに向かってきていた。 更には、後ろから堕僧侶が3人とも、歩きでこちらの車両に向かってくるのが見えた。 もう既に、手段は選んではられなかった。

「おい、どうした。 おねぇさん。 大丈夫か──」

 男に首を回し、頭を思いっきり掴んだ。 男は急な事に反発し、強く暴れ出した。 しかし、思いっきり首を締めると、自分には勝てないことを悟ったのか、だんだんと怯え出した。 周りの乗客達も怯え、自分達から距離を置いていくのが手に取るように分かった。

「オリビアちゃん……僕の後ろに隠れてて」

 そう言って、オリビアが背面に隠れた頃、既に堕僧侶は他方の両車に移ってきていた。

 2人は対立する。

「我、唐院宗破門、七道なり。 お命頂戴仕る」

「だよね。 うん、分かってる。 いいの? この男、殺すくらい……簡単だよ」

 七道を名乗る堕僧侶は、それでも怯むことはなかった。 人質に取られ、泣き叫ぶ男を見てもただ無心にこちらを眺めていた。

 更に強く、男の首を絞めた。 段々と男の顔から血の気が引いていく。

「武器の一つも持たずに何を勘違いしている? 人権なき青年よ。 元より、その男も……いや、この空間に存在する人々に人質に値する人間などおらんさ」

「何だって? 電車の走る音で聞こえづらいよ。 それに……いいのかい? お国から雇われし黎兵が、そんな粗相を口にしたりしたら──大事なマリブ軍の面子が丸潰れじゃないかい」

「ふふっ。 はっはっはっはっ! 全く、休む暇も無く、ふざけた事を言う小僧だ。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──」

 その言葉自体は、本当に電車の音にかき消され、聞き取る事が難しい。 しかし、何がふざけた事だったのかと考えた場合、その答えは出なかった。

 同時に、七道……と、もう1人の姿格好がそっくりな堕僧侶が全力で疾走してくる。 最後の堕僧侶はどうやら、最後尾で守備を担当していた。

 しかし、列車の通路が狭い為か、それら2人が八道よりかは戦闘力が劣るせいか、その2人は少し窮屈に動いていると印象を受けた。 仮定の正答が後者ならば、こちら側としては嬉しい限りなのだが、どっちにしろ隙になりうる事は確かである。

 彼らとの距離を見計らい、人質に取っていたその男を堕僧侶達にぶん投げた。 彼らが明らか様に怯む。 もう1人、近くで腰を抜かしていた初老の女が転がっており、それらをもう一度、堕僧侶の足枷にしようと髪を引っ張り上げた。

 彼らの方角を見る。 彼らの腕は男の心の臓を貫き上げていた。 血塗れの手刀が真っ直ぐとこちらを向いていた。 彼らは本当に一般市民を殺害するのに、何の躊躇も抱いていなかったのだ。 雰囲気から察するにどうも、国が雇っている傭兵にはどうしても見えなかった。

「お兄ちゃん……あの、堕僧侶……ローライト州で会った八道より、全然やばいよ。 他の……後ろの2人も、多分」

「そうだね。 どうやらここは……僕に勝ち目はなさそうだね」

 髪を引っ張っていた女性を人質にするも、その心情は既に、彼等への勝ち目は諦めをかけていた。 彼らは、再度自分達に向かって走り出した。 周りの乗客はとっくに避難を終えており、両車に残るのは自分達だけであった。

 段々と堕僧侶が近づいて来た。 不思議と、恐怖心はなかった。 例え、この星の終わりが来ようとも、この血の通っていない様な冷静さを保てると妙な慢心さえ、存在した。

「待て! 待って!」

 大声を上げると、堕僧侶は思いの外、素直にその場に留まった。

「僕は……今ここで、どうしても殺さなきゃいけないものなのかい? 初めは、僕の捕獲が目的だったと思ったんだけど」

「上の命令では……生け捕りが望ましいんだろうがな。 別段、生死は問わないんだろうよ。 それに、我々はお前のその身を引き渡す事を依頼され、金で契約されただけの繋がり。 その後のお前の対処など、更々知らないし、追求する気力もない」

「君達は……僕の正体を知っているのかい?」

「だから言ったろうに。 そんな事は知らないし、知る気も更々ないんだ」

 その時、その瞬間に、ある一つの道筋が脳裏に走っていた。

 この堕僧侶達の雇い主が『国のお偉方』でなかったとしたら? いや、地方都市の保安隊や交通整備をある程度、操作出来たり、公共の列車の1両分を規制出来たりとそれなりの権力があるものの、法も恐れぬ強制力の持ち主。 そして、自分……アレクサンダー・チカチーロの身体を狙う十分の理由がある人物。 その肖像が頭の中に浮かんでいた。

 テトラ・シャルル・アンリ──一次戦争末期には、生物学者としての絶対的な実力と最高権力を誇り、そして、現在には、ジントニック王国からマリブ植民国家に渡り、様々なレジスタンスを束ねる過激指南派の代表……そのテトラが堕僧侶を雇い、暴力的な手段を問わずに自らのおもてなしを成したと考えると全てに辻褄が合ってしまう。 そして、1番重要な『動機』の部分であるが、それについてもとっくに合点に入っていた。 やはり、自分の身体の異端性故だろう。 仮に、自分が『オオカミ少年』の言っていた通り、何らかの原因であの獣の兵隊やオオカミ少年の様に、獣人や、それらに()()()()()()()だったとして、彼等の国を敵に回してまでも遂行しようとした『獣人計画』に巻き込まそうになっているのではないのか。 そう言った仮説である。

 そうした場合、自分を殺す必要がないからである。 自分を『獣人計画』の被検体として道具にしたいのならば、当然生け捕りが前提な筈だ。

「あなた達の雇い主……テトラ・シャルル・アンリですね」

「──だったら、どうするんだよ。 この状況、どう見てもお前が絶体絶命だぞ」

 人質の女を乱暴に突き放し、堕僧侶に手首を揃えてすっと差し出す。

「僕を捕らえて、彼の元へ連れて行ってください──その代わり、条件があります」

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