(22)
ミサキは、残酷なレジスタンスのその姿を見ても凛とした態度を崩さずに尋問を続けていた。
「では、あなたの名前を教えてください」
「…………」レジスタンスは、黙認した。 後方に立っていたヘンリーがミサキよりも前に出る。
「あなたは、指定レジスタンスで強制的に逮捕されている。 よって、この取り調べも、黙秘権などは行使されてはいないし、情報収集を目的とするならその過程は定義されないこととなっている。 もう一度聞くぞ。 あなたの名前は?」
「……俺は、ある男を待っている。 この国の汚点、その最下層の『贋の錆』の男……アレクサンダー・チカチーロの覚醒をな」
レジスタンスは、影ができるほど微笑んでいた。 彼の顔に迷いはない。 その笑顔は、ミサキに向けられたものだった。 ヘンリーは、その不気味さに一歩後退していた。 ミサキは気迫に負けなかった。
「ほう……それは誰の指示だ? 何の目的だ?」
「目的などないさ。 全ては人が生まれた時から定められた理なんだよ。 それゆえに目的の指導者もいない」
「……そうか、そうか。 ここ最近、指南派のレジスタンス達がこぞって同じことを言っているんだ。 情報収集しているこっちとしては、裏の統帥者がいると思うのが筋だろう? それとも何か、そいつらが同じように、同じ運命を背負っているとでも言うのか?」
「そうさ……! その通りなのさ、軍人さん。 あなたが、話の分かる人でよかった」
「それは、よかった」
ミサキは無表情に理解不能な言葉に相打ちをした。
「今日は、次の質問で最後にしよう。 正直に答えてくれれば、嬉しいな……本当にあなたは、テトラ・シャルル・アンリとは、本当に何の関係もないのですか?」
「ないよ……ここに事実を約束しよう」
腕の無いレジスタンスが、純真な目をして訴えてくる。
「よし、じゃあ、この署名百枚に目を通して署名……と言いたいところだが、今のお前じゃペンを持てないな。 したがって音読百回に変更だ。 しっかりと声を出して読め。 それが終わり次第、お前は豚小屋に戻っていい」
ミサキは、一枚の紙きれをレジスタンスに丁寧に差し出した。 そこに書いている内容はと言うと。
「なんだい、軍人さん。 この文章……『第一訓、我が、ジントニック王国を含めアストラを深く敬愛し、この身の全てを捧げ、その信念を揺るがさない事をここに誓う』って……俺はァ、こんな事死んでも誓わねぇぞ? 他の訓告だって……ほとんど同じ意味じゃねぇか。 こんなのを口に出して読んで、何の意味があるって言うんだよ」
その紙には、約20条にも渡り、ジントニック王国への愛国をかかげた訓告がヅラりと並べられていた。
「いいから、思っていなくても……口に出して読め。 それが終わるまでは、ここを1歩も出さないからな」
そんな命令を残して、オスカーに一礼をしてそのまま拷問室を後にした。
廊下で二人が並んで歩く。 どうやら、二人は相当機嫌を損ねたのか、一言も言葉を発さなかった。
ヘンリーは、気に掛かっているのだ。 なぜ、あそこまで意味のない音読を強いっていたのか。 しかし、ミサキにとってそれはあまりにも痛々しい過去を持つそれだったのだ。 その過去を知らずに、空気も読まずに、ヘンリーは質問を重ねた。
「なぁ、ミサキさん。 さっきのあれには、いったい何の意味があったんだよ。 オイラには、あの行動の意図が全然理解できないんだよ」
「……あ、そうか。 ヘンリー、お前はまだ、軍の方針講習を受けていなかったな」
ミサキが長くてさらさらした髪を指で梳かしていた。 香水のような綺麗な香りが、宙に舞っていた。
「ヘンリー、 こんな話を聞いたことがあるか? ある北米に出兵した兵士たちが、敵軍に一斉に検挙されたそうなんだ。 ここまではどこにでもある話なんだが、終戦し、兵士たちが解放されるとなったときに、兵士たちの中には帰りたくないという者までいたそうだ。 不思議な話だろう? 後から分かった事なんだが、捕虜されていた兵士たちが強いられていたことはたった一つ。 敵国への愛国の誓約書への署名を一日百枚ほどやらされていたそうだ。 人の心理は、どうも行動から感情が生まれるのか、感情があるから行動するのかの区別が付かんらしい。 そんな署名を書くための生活を続けて、本当に愛国心が沸いたんだろうよ。 一種の洗脳だな」
「なるほど……その洗脳をレジスタンスにもしようってことなんだな」
「まぁ、大雑把に言うならな……科学的証明の被検体兼ねてはいるが、それが本質ではないんだ。 これは、あんまり公にはなっていない話だが、ジントニック軍には相当強力な洗脳ソフトがあるんだよ」
「なんだいそれ……聞いたこともないぜ、そんな話。 ずいぶん決定的な物言いだし。 製作段階で打ち首だろ、そんなの。 狂ってるよ。 まさか、その洗脳ソフト見たことあるなんて言わないよな?」
「無理矢理洗脳して愛国心を植え付けるなんて狂ってると思うだろう? ちなみに階級官は、方針会議で強制的に見せられるぞ。 だから私は、洗脳ソフトの鑑賞中、あごで奥歯を折って洗脳を防いでた」
「……まじですか。 てことは──」
「あぁ、私の奥歯は全部入れ歯だ。 ……それでも少し、影響が残ってしまった。 今は、話の分かる精神科医に治療してもらっている最中だ」
ヘンリーは、絶句していた。 それが、この国の洗脳への愛着からか、ミサキの異常なまでの拒絶心からかは定かではなかった。 言葉を失うという出来事は、様々な場面で見受けられるが、ここまで大胆に、理解不能にヘンリーが言葉を失うのは、初めてだった。
「……可愛いやつだな。 お前は」
特に行き場もなく、軍の施設を右往左往とした。 同じ道を二度三度、歩く事も多々あった。 ヘンリーには、ミサキの行動が段々と理解出来なくなっていった。
「ミサキさん……一体、次はどこへ行くつもりなんだよ。 早く、保安隊の見廻りに合流しないと、またもや、ヘレナ上官にどやされてしまうよ」
「安心しろ。 上官なら今頃、会議中だろうよ。 日が沈むまで私たちが会うことはない」
そう言って、見た事もない木造りのドアの前で2人は足を止めていた。 扉には『関係者以外立ち入り禁止』と子供染みた紙まで貼ってあった。 これではまるで、入ってくれと反骨精神を刺激られているようでもあった。
2人は明かりのない部屋に人目を気にしながら颯爽と入った。 暗い部屋で目を凝らした。 そこには無数の本の山が、視界が切れるほど大量に本棚に綺麗に収容されていた。 誰でも聞いたことのある様な古今東西を問わない名作が目が眩む程の本がそこで埃を被っていた。 数え切れない種類の本……その中には、アレックスが幼少の頃に愛読していたと自身で言っていた『リリミーネイク』までもが存在した。 彼は幼少の頃にどんな童話を愛し、どんな心の標本を掲げてきたのかが強烈に気に掛かっていった。 好奇心からか、その本を触れる。
「触れるなよ! 絶対に!」
ミサキが、怒号を上げた。 反射的にもヘンリーが手を引っ込めた。 ミサキはいつの間にか、軍手をしながら、何やら資料の詰まっていそうなファイルを手にしていた。
「まぁ、あまり高い確率ではないがな……もし指紋を残して、それを搾取されたのなら……間違いなくお前の首と胴は繋がってはいないだろうな。 それ程の情報がここにはあるんだ」
「え……本当かよ。 だって、鍵一つで開いたぜ。 『関係者立ち入り禁止』って書いてあるんだぜ。 そんな露骨な場所に本当に機密情報があるって言うのかよ」
「まぁ、木は森の中に隠せと言うしな。 こんなセキュリティー性が低い場所に、重要な情報なんて、ありませんよとでも言いたいんだろ」
ミサキが、一度、ヘンリーを覗いた後に、直ぐに大量の資料に目を戻した。
「あったあった。 ヘンリーあったぞ、『テトラ・シャルル・アンリ』に関わる記事……」
ミサキが手に取った本は、広辞苑の様な太さの手帳の様なものだった。 しかし、テトラに関する記事のページが全て破られていた。 まるで誰かが、意図的に彼の情報を隠した様だった。
いや、これは明白だ。 誰かがテトラの情報を消している。
「次のページ……くそ! 破れてやが──」
今までは、なんの変哲もなかった筈のあの暗闇に、すっと人影の様なものを感じた。 しかし、振り向こうとするも時は遅く、誰かに口を塞がれていた。 抵抗しようとも、その誰かに手の関節も固められていた。 横目でヘンリーを見る。 ヘンリーも同じ様な体勢を取らされていた。 絶体絶命であった。 確かに、こんなセキュリティー性が低いにも関わらず、国家機密を所有している場所とあらば、付き人がいてもおかしくはない──ただ、こいつらは恐らく、関節の固め方からして只者ではなかった。
「保安隊隊長のミサキ少尉相当官だな」
体勢状、顔はどうしても、見る事は出来なかった。 それどころか、その声も全く聞き覚えがなかった。 一体誰が、何の為にこれを要しているのかが検討もつきやしなかった。
「貴方をここで抹殺しに来た」




