(13)
いつの間にか終戦から1ヶ月の時が過ぎ、ある程度本都にも落ち着きが戻った頃、自分はジントニック王国とマリブ植民国を繋ぐ列車の中で窓を眺めながら、静かに揺れていた。
対面式の椅子には無造作に荷物が置かれ、旅の荒だたさ……と言うか、性格の荒だたさを表している。
「向かいに……座らして頂いても構わないかな? 若い旅人さん」
急に後頭部辺りから、枯れたような声が聞こえて少しだけ身を竦める。 そこには、背広をしっかりと着こなした、スキンヘッドの髭の長い紳士的な老人が立っている。 言葉通り、どうやら席を探している様だ。
「あ、すいません、気が使えなくて……どうぞ、どうぞ」
「いや、こちらこそすまないね。 歳を取ると立っているのさえ辛くてね」
老人は自分の向かいにゆっくりと腰を下ろし荷物をまとめる。 随分と痩せこけている様子で、どうやら本当に立っているのが辛く、休息を求めている様だった。
「若い旅人さん……どうやら、若い『旅人さん』ではなくて、若い『軍人さん』の様だね、これは失礼した。 と言う事はあれかい? あの二次戦争にも参加していたというのかい?」
「いえ……そんな大層なものではありませんよ。 それにもう、軍人でもありませんから」
「そうかい、そうかい。 いやぁ、私もね、つい10年ほど前、この国では『空1年』と呼んでいたかな? 丁度、その時にジントニック王国に単身赴任に来ていた所を二次戦争と同時に捕虜されてしまってね……今日、10年ぶりに故郷に帰れる所なんだよ」
「──てことは、おじいさん。 貴方の出生って……」
「あぁ、マリブ王国さ」
優しい微笑みを見せる老人。
「いやぁ、そんなに気を遣わなくても良いんだよ。 軍人さんの責任でもあるまいし。 別に……私は君達軍人を恨んでいるわけでは断じて無いさ。 確かに随分と酷い目には遭ったが老い先短いこの身に不幸があったとしても……誰にも迷惑などかかりやしないのさ」
「でも……ご家族もだいぶ、心配してるでしょう?」
「私に家族は居らんよ。 不幸中の幸いにね、タバコいいかい?」
その老人は、自分の答えを待たずに咥えたタバコに火をつける。 どう言った心理状況かは分からないが、自分も何かに合わせたのか、気づいた時にはタバコを咥え、老人からマッチを借りようとしていた。 立ち込める煙を見ながら思い出す──1ヶ月前、あの奨励会議で軍人契約を果たした傭兵は、自分以外の全てであった。 そう、結局のところ、ヘンリーも軍属の契約を果たしており、現在それらで稼いだ金で、実家に介護の人間を雇い、自分は上京しているといった状態である──
──『以上をもって、奨励会議は終了する』
ヘレナの秘書の男が自分達にそう告げると、ヘレナはどこか心得顔をしては、自分に話を掛ける。
『精密検査には、必ず顔を出すんだにゃ。 「贋の錆」の廃人、そこまでやって、初めてお前と軍との契約が切れる』
そんな、大した重要性のなさそうな事を念を押されながら強く言われたものだから、恐らくの好意の表れの筈の精密検査という存在に、少しずつ恐怖を覚え始める。 その一言を最後に、ヘレナは会議室を後にした。
『──え〜、ここからは私が仕切らせてもらう』
ミサキが先頭に立ち、皆の視線を集める。
『とりあえず、アレックス以外の私を含めた4人は再度、軍の本部への登録を義務付けられている為、それらの書類を配布しよう。 それじゃあ、1時間後にもう一度、この部屋に来てくれ。 次の会議でもこの部屋は使用されるから、一旦、この場を離れてな。 それでは解散だ』
特に物申し付ける事もなく、あの不手際な医者を怒らせるわけにもいかない為、自分は第一優先に医療事務の施設まで向かおうとした──が、「アレックス、お前はここに残れ」とミサキから声を掛けられる。
その時点で既に傭兵達は、部屋を出ていた為、元の会議室には、ミサキと自分──そして、それらの会話を耳にしていたヘンリーが残った。
『お前……このまま誰にも見つからずに軍を出ろ』
『それは……どういう意味ですか?』
『屁理屈や天邪鬼はいい。 精密検査を受けろと言われたんだろう? それをすっぽかして、今すぐにこの都市から離れろと言っているんだ』
何かに急かされている様に、ミサキは言葉を畳み掛ける。
『悪いが……訳は話せない。 だが、これはお前が思っている以上に大きな問題であるんだよ』
『そこまで右往左往させといて、訳が話せないってどういう事なんですか。 そんな軍のご行為に背いてまで……そこまで僕が、「贋の錆」が邪魔なんですか?』
「まぁまぁ」と自分を宥めるかの様にヘンリーは自分に肩を組み始めていた。 と、同時に何かを耳打つ様にして、自分に小さい声で語り掛ける。
『お前のあの瀕死状態からたったの3日間での超回復……アレは、軍の中でも相当な話題になっているんダ。 つまり、精密検査ななんて甘い事を言ってはいるが、軍はお前を拘束してモルモットにしようって魂胆なのサ……これはサ、ミサキさんとオイラの気遣いでもあるんだよ、ナ?』
思わず、声を絞るの事を忘れてしまう様な内容に驚愕する。
『ヘンリー、なんだよ、それ。 意味が分からないさ。 まるで、僕が異常者の様な扱いをして……君らしくもない』
すると、ミサキが自分達の距離を割く様に割り込み、事の話を続けた。
『──これ以上は、確かに話は出来ないが、独り言として言うなら、お前が対峙したあれは……いわゆる国家機密なんだ』
話の意図がどうも掴めず、ゴクッと唾を飲み込み、集中力を取り戻す。
『なぁ、考えろ、アレックス。 何故、贋の錆のお前が、今までこうして、社会的人権を認められたのか、地域的迫害は受けていたのかもしれないが、こうして軍の所属として認められたのか──それはお前に利用価値があるからだ。 この言葉のよ〜く、考えてみろ。 お前が、今、どんな行動を取るべきか、分かるはずだ』
あまりの不条理さにも、あまりの理解不能さにも段々と腹が立ってきた頃、ミサキからそんな言葉を立てられ、脳裏を過ぎる。 確かに、今までの記憶のパーツを組み合わせていけば、辻褄が合うのだ。
あの……未知の獣人の正体が。
あまりの人間味のない自分の父親の真意が。
我が、血族に塗りたくられた汚名の現物が。
──ふと、また脳裏にノイズが頭痛と化して身体の蝕む。 「ううぅ」と唸りを上げ、蹲る自分に2人が駆け寄り声を掛けられるが、それも耳には届かない。
頭が──痛い。 まるで、脳の中心で、何かが何かを蝕んでいる様だった。 あの獣人、あのマリブ国の兵隊は何者だったんだ……それさえ掴めれば、それさえ……それさ……。
──気付けば、既にミサキを押し倒していた。 押し倒し、馬乗りになり、涎を垂らしながら、首を締めている。鏡を見なくても想像出来る……その時の自分の醜さと言ったら、どうやら父と肩を並べる程かも知れないと。 我に返った時にはもう遅く、ヘンリーに1発、ぶん殴られて事の現状を掴んだ。
ヘンリーが鼻息を荒くしてこちらを睨んでいる。
『何やってるんダヨ、アレックス……! オイラもミサキさんも、お前を想って言っているだゾ! 訳は落ち着いたらゆっくりオイラから話すサ……! だから……だから今は、ミサキさんに従ってクレ!』
一方で、ミサキは被害者なのにも関わらず、随分と流暢な顔をしては、乱れた髪を整えている。
『確信だな……これで』と妙に引っかかりのある言葉を添えながら。
『とりあえず、本都から出来るだけ離れていてくれ。 しかし、連絡はどうにか軍にバレずに取り合いたいから……そうだな。 お前に何か、宛はないのか? これからどうしようと考えていた、アレックス?』
王手を掛けられる様に積み上げられ、事の真相まで思考を運ばれる。 しかし、行き着く真理は確かにそこにしかないのだ。 そこに、答えが……あの正体がある筈だ。
『……マリブ国……そっちに渡ろうと思っています──』




