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贋の錆  作者: 幸 真中
プロローグ・二次大戦編
10/26

(10)

 そのひどくきつい獣の臭いには、鼻はどうも慣れてはくれないらしく、むせ返しそうな程に反吐の様な臭いが周囲に立ち込めていた。

 それらの被害に遭っているのは、どうやら自分だけではない。

「攻めないのか?」

 自分の真後ろ方向から、張りがある様でどこか耳に止めたくなる声がポンっと空気を出したかの様に聞こえて来た。 ──この声は、ガインだ。 奴はまたもや、にやにやと自分をばかにした様な笑みを浮かべ、この戦場で悠々と立ち尽くし、得意の弓術を駆使している。 それがどれだけ精密なものかに気づいた時点で、もう一度、戦闘静寂に集中力を置き去りにする事が出来た。

「見てなよ。 二流……」

 ガインにいやらしい笑みを見せると、驚く程、神経が研ぎ澄まされた。

 まるで、世界が静止している様だった。 一寸先では、敵がのたうち回り、味方が冷たく動かないものと成り果てていると言うのに、昨晩の晩酌の様な──精神的な静寂に囚われていた。

 これは、ほぼ義務と言ってもいい。 そんな強制的な洒落事が本気で天から降り立った如くに自らの脳内にノイズが走る。 ノイズのくせに主張の強い、音源そのものの様な『使命』であった。

 こいつは僕の獲物だ、と。

 誰も手を出すな、と。

 サシで勝負をさせろ、と。

 何故だろうな。 そう思った。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。 後から思えば、これは運命だったのかも知れない。 自らの全てを狂わす、そんな運命だったのかも知れない。

 思考を白紙にして、本能が赴くままに走り出した。 『贋の錆』、その象徴でもある錆だらけの剣を、刀身の欠けて剣とも言えぬ代物を振りかざし、例の巨体と立ち会う。 当然、自分自身もこんな人間の範疇を超えた大巨体を相手に剣を振るうのなど、初めての事である為、どうにも対応に困るものはあったのだが、ここは相手を一先ず、『人』と判断した上での闘いにしようと考えた。 今まででも、人以外にも多くの小、中型動物を数多く相手にしてきた自分ではあったが、それ等の思考が1番に勝利に近いと考えたまでである。

 自分の持てる限りの力を振り絞り盛大に地を蹴り空を跳ぶ。 既に攻撃範囲内に敵を収め、相手の獣臭がより一層嗅覚に突き刺さってきた。

 巨体の肩辺りを目掛け、盛大に剣を振り下ろす。 が、しかし、錆だらけの剣は実に脆く柔らい。 攻撃の際に粉々とまではいかぬも、ばらばらに朽ち砕けてしまった。 敵の肉体に鋼の様な強靭性を腕に感じる衝撃が物語る──すると、フードに包まれた獣の顔がちらりと覗き見える。 戦闘意欲という戦闘意欲が全て脳内麻薬として滲み出て、全ての時間感覚を麻痺させていたせいか、その地獄の猛者の様な獣の目は──文字通り獣の目であった。 なんの感情も理性も飛んでいる……と言うか、生まれつきそんなものが備わっていないかの様な、『食う為に殺す』、『生きる為に殺す』、『殺す事でしか生きていけない』、そんな死と隣合わせの様な未曾有の灼熱を冷淡な顔から、静寂を凍結させるように感じ取れた。

 目が合う。

 冷徹で灼熱のその視線で悶える様な吐き気を空中戦での主軸にするかの様に幾つかの文節が思考空白を埋め尽くす勢いで何回も何回も飛び交う。 『やばい』と『殺される』と『此奴には勝てやしない』、そんな言葉で脳内容量を埋め尽くしていく。

 彼は、そいつは、その生物は、まるで自分と目を合わせたのを合図の様に、自分の面積の2倍は悠にあるであろう棍棒を振り上げる。 まるで地面から立ち上げるかの様な強い風洞を身体全体で感じるものの、空中に身を置く以上、自分ではどうにもこうにも攻撃を避ける術などありはしない。 あの獣のトロく、圧のある動きからは想像も付かない程の速度で棍棒は振り下ろされ、無抵抗にも堅く血の滲む地面に叩きつけられる。 受け身を取る形で身体を捻り、なんとか急所は避けたものの、左肩から指先に至るまでの感覚に酷く違和感を覚えた。 痛みなんてものを通り越して違和感を覚えてしまっていた──感覚が全く無い。

 今目にしている現状の左腕は、煎餅の様にぺしゃんこになり、皮膚の至るところから点々と折れきった骨の節々が禍々しく外に出て、水鉄砲の様にピューピューと血が流れている、神経の滞らぬ、『潰れた腕』らしきものであった。 原型を残さずぶら下がるその物体は使い物になるどころか、取って付けをしない限り価値の見出せないものに一瞬の内に変わり果ててしまった。 ふくらはぎの出血も止まった気配は特に無い──が戦える。 実に優雅に、存分に戦える。

 身体は動くし、闘志は尚一層燃え上がるばかりだ。 それに、これだけの痛手を負わされてしまって、なんの見返りを与えないなど、この戦争の絶えない御時世には失礼に値すると言っても過言では無い。 再び相手に視線を向け、呪いがかけられた様に重い身体を無理矢理にも起き上がらせる。

 すると、一瞬……またもや一瞬であった。 何が起きたかもわからない程の一瞬に自らの視線は次々と移り変わり、視覚の静止画は言葉の意味を忘れ、混沌を脳裏に怒号として視界を通していた。つまりは、視点が急激に反転したのだ。 あの獣人に蹴り上げられ、その身をおもちゃのように宙に飛ばされたのだ。

 上から下に、即座に下から上に。

 気が付いたら、宙に浮き、空を仰いでいる。 先程と同様の違和感を今度は身体中に感じていたのだ。 長い間、宙に浮き続けていた錯覚から目を覚まさせる様に地に叩き付けられ、そのままに天を仰ぐ。

 ぼやける様な視界の中、途切れそうになる意識を彷徨いながらも周囲を見渡すと、10mも先に小さくあの獣が立っていた。 意識も正常では無いし、遠目から見た為、真実の有無は定かではないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 目を疑い、意を決して、持てる全ての力を振り絞り上半身を起き上がらせる。 自らの周りには、自分と同じ様な……敵も味方も分からぬ死体で、地が見えない程であった。

 酷く、生々しい血の匂いがする。

 そうしたら、急激に胃を握り潰される様な嗚咽が込み上げて来て、ドロドロとした濃度の高い血を吐いた。 胃が潰れ、喉を焼き、口を濁す……それでも飽き足らないのか、逆流は喉を超え、鼻からも流れ出す。 自らの身体に目を移すと、腹部には破裂痕が施され、腸が少し漏れ出ていた。無事な肋骨のかと錯覚する程に自分の胸部には情けのないものを感じ、身体の殆どが壊死しているのが、自分の体の事だけあり、確定的なくらい感じ取れた。

 恐らく、ここが自分の終点だと感じる。 人生の終点だと。

 何も与えられず、何一つ証明も出来ずに、最悪の人生を最悪のまま、幕を閉じるのは少し悔いの残るものがあったが、そんなものを感じる暇もなく、自らを襲う死に触れた場合に感じる『恐怖』と『激痛』。

 生と死の境に身を投じ、とうとう意識を閉ざす一瞬、もう一度、例の獣へと視線を移す。

 すると、それらは姿を消していた。 見えるのは小さく見える傷の付いたミサキの背中一つであった。 何が起きたのかは分からない。 がしかし、それが起きた現実の歴史である。

 それを確認した自分は、まるでそれが自らの目的だったが如くに、ミサキの小さい背中を……靡くその綺麗な長髪を確認し、そのまま目を閉じて、自ら人生の終わりを告げた。 まさか、次に目を開く事があるなど想像も出来ぬ程の激痛を感じながら。

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