(1)
初めまして。
幸 真中と申します。
小説を書き始めて日が浅く、不心得な部分があるのかと思いますが、よろしくお願いします。
現在、一般入試試験の為、それらが終了するまでは不定期投稿をお許しください。
父親は酒を飲んでいた。
自分が思い出せる父親の思い出と言えば、そのくらいである。 他の戦仲間が、嫁の為、我が子の為に汗水垂らして働いている最中──家で毎日同じ、継ぎ接ぎの服を着ては、酒を飲み、母親や自分に手を上げていた。 彼の腕の消える事のない大きな傷を横目に母や自分は必死に暴力に耐えていた。
「人は──人を殺める為に剣を持ち、争う為に銃を創り、滅ぼす為に核を使った……」
家にはあまり金が無かったから、父親が自分に残した物と言えば……あの呪い。『贋の錆』という最弱階級が自分の遺伝子を永遠と戒める差別地獄。
「──失うものばかりで得たものなんて……何も無かったんだ!」
そう言いながら、自分の息子の顔を跡の残る程殴っていた。
そして、初めて父親に逆らったのは……7つの頃だったか。 あの時の事はあまり覚えていない。 無理矢理忘れてしまったと言う事だけは覚えているが、とりあえず今は覚えていない──最初で最後だった。
気付くと果物ナイフを手に持っていた。 服は返り血で真っ赤に染まっていた。 自分の目の前には、我を忘れた自分を止めようとした母親の死体と──あの地獄の一次大戦を生き抜き、王女強姦の罪の濡れ衣を着せられ、『贋の錆』の罰を背負った……人の形をした獣の死体がそこにあった。
これは比喩では無く、本当に獣だったのだ。 自分の父親の死体は異常に毛深く、歯には長い牙のような犬歯が存在した。 自分の父親の変わり果てた姿にも気づかなかったあの日々こそ、本当の地獄ではあったのだが。
地獄と言うよりも何も無かった7年間の日常だったが、ごくまれにこうやって彼からの言葉が頭によぎる事がある。
「お前に……分かるか……? 血と火薬の匂いの区別が分からなくなる……あの感覚が! 仲間の死体を横目に……次の1歩を踏み出す恐怖が! お前に分かるのか!」
分かると言ったら殴られた。 分からないと言っても殴られた。
60年にも渡り、多くの犠牲を出し続け、命かながらで終戦まで生き抜いた父親の魂は終戦と同時に死んでいた。 そして、王女強姦の罪を背負い……死刑打首、『贋の錆』に──なるはずだった。
自分が彼を殺めたのはその前日の話だ。
あの日……あの瞬間に何かが変わった。
そして、何かが終わった。
何故だかは未だに理解が出来ないが──あの時の高揚はいつまで経っても消えてくれない感情だ。
──少し、眠ってしまっていた。 こんな肩身の狭い木造の馬車に、50人ものむさ苦しい男共がぎゅうぎゅうに入っている空間で少しでも眠りに付けた事は幸福な事かも知れないが、ここ1週間、ろくに寝れもしなかった生活を顧みれば不思議な事では無い。
「──大丈夫カ? 少し、魘されていたみたいダヨ、きみ」
目の前の男が自分に向かって話を掛けて来た。 男のくせに髪の毛と笑顔の綺麗な……この傭兵馬車の面々には少し相応しくない、そんな印象の男だった。 少し発音にも癖がある。
彼が所持をしていた量産型の中距離マシンガン……成程、『銀』か。
特に魘される様な夢を見たつもりもない為、気分が悪かったわけではないが、今から戦場に向かい、こんな色男の顔を見るのも最後になるかも知れないので、そんな交友を築くつもりもない。
完全に、それこそ完璧なまでに無視をしたが、色男の笑顔に曇りは見えなかった。
「気持ちは分からなくもネェけどヨ! お互い初陣だろうカラ、是非とも生きて酒でも飲み明かそうゼ!」
そう言いながらも、酒の入った水筒のようなものを差し出された。
戦時中の飲酒喫煙は処罰対象だ。 特に傭兵の扱いは厳しい。 現地で死刑処分も珍しくはない。
「良かったら飲むカ? ナァニ、どうせ分かりやしねぇサ。 それにこの先にあるのは掛け値なしの地獄のみ。 酒に酔いでもしなけりゃ生きていけねぇゼ?」
「生憎だけれど、酒は間に合ってる。 そして、お前の言葉は訛りが酷くて聞きずれぇんだよ」
「おお! 威勢が良いナァ〜。 ずっと喋らないから死んでるのかと思ったゼ」
喜ばしそうな声を上げては、色男は水筒に口を付ける。 ここまで皮肉が通じないと人が良いと言う枠を超え、気持ちが悪い。 別に訛りの方も聞き取りずらい程では無かったが、ガタガタと言う馬車の音が会話の邪魔をして腹が立っていた事は確かである。
「お前……その剣。 お前が、噂の『贋の錆』カ?」
色男は自分の剣を見つめては、指を片手でボキボキと鳴らす──この視線にはもう慣れている。
侮蔑の視線。 仲間意識の拒絶を言い放たれる様な緊張が身体に走った。
この錆だらけの剣とこの階級が、これが自分が──我がチカチーロ家が末代まで背負っていかなくてはいけない呪いだった。
別にそんな格好の良い言い方をしなくとも自分の家系が血統書の付く様な家系であるのでは無いが、悪い意味でこの国では有名な家系だ。
最弱階級の『贋の錆』。 その罪を背負った父親の唯一の直属が自分。 言い換えるなら『贋の錆』を受け継ぐ唯一の存在が自分だ。
この国には6つの絶対的な血統差別が、憲法的にも存在する──多くは語らないがその最弱階級が自分を戒める『贋の錆』。
村八分なんて一昔前の差別は当たり前……全ての人間関係を遮断され、自分に関しての罪があらゆる面で無罪放免となった。 「博打で負けた」と言い家を放火され、「孫が懐かない」と暴力を振るわれ、「小遣いが欲しい」と言われ強盗に遭い──十にも満たない子供に対しては地獄でしかない現実ではあったのだが……自分にとっては。
色男から目を逸らし、軽く頷く。
「うぉぉ! すげぇ! ……初めて見タ。 あ、あんまり大きい声で話さない方がイイナ。 安心しな、俺そういうの気にしねぇカラ……よく見たら、顔も若いナ。 幾つだ?」
「……17だよ。 もう寝かせてくれねぇかな」
「17! おい、本当かよ、同い年じゃねぇか!」
自分の要求を完全に無視をされたのには少し物申す事もあったが意外な反応だった。
むしろ、初めての反応だった。 しかし、そんな初めてに直面しても大した信用を抱く事はない。
今までほとんど人との関わりを持っていない自分からして見れば──今更の人間関係など……足を引きずるものでしかない。 どれだけ必要なものであろうとも無駄なものは無駄だし、何よりも……何よりも邪魔だった。
今までだってそうだった。
幼き自分に同情し寄り添ってくれる者も中にはいた。
だが、それが……それらが何よりも邪魔だった。
だから……自分が……この手で。
──色男が1人で盛り上がりを静めたのを合図にしたが如く、馬車の揺れが止まる。 どうやら目的地に着いたらしい。
「降りろ! ハイエナ共! この国の為に死んでこい!」
ここまで馬車を引いてきた役人の罵声と共に木造の壁を壊しながら、幾千にも並ぶ馬車から次々と人が出てき始め、約1000人の選ばれし屈強な傭兵達が荒々しく登場する。 自分らの様な元服を迎えたばかりの様な若者もいれば、腰の曲がった老人までが世代を越えて集合していた。
烏合の衆とはこの事だ。
我が『ジントニック』王国東門──国境には頑丈なレンガ造りの壁が地平線まで続く。 その1km先の大草原では既に万単位での敵国軍人との兵同士の戦争が始まっていた。
兵士達の足なりや大砲による地鳴り地響きが此方の東門まで伝わる。
始まっていたいたのだ、戦いは──二次大戦は。
「敵国『マリブ』国の国旗を背負っている兵が我々の敵だ! 思う存分、暴れたまえ! ……さぁ、かかれぇぇぇぇ!」
その声と共に各々の傭兵が各々の武器を手に、大草原に足を進める。
「うぉぉぉぉぉおお!」
鼓膜が破れる程の雄叫びが東門にも地響きを伴わせる。 そして、傭兵達は残りの自国兵に続き、野を駆け始めた──各々の階級に見合う武器を装備し。
治安も悪く全ての人権が武力で物を言わせるこの国では6つの階級ごとに属する人間で使用できる武器の範囲が制限される──当然、最弱下層の『贋の錆』が装備出来るのは、この錆だらけの細い剣のみ。
切れ味など無いに等しく、耐久性にも期待が出来ない。 子供の玩具剣の方がまだ使えると、どこかで耳にしたことがある。 傭兵の命でもある剣を侵す錆すらも贋物といなまれる程の下層階級と言う侮蔑を込めた命名──それが『贋の錆』だった。
ちなみにだが、先程の色男は量産型の中距離マシンガンを所持していた──よって、彼の家系階級は『銀』……自分とは二階級も上の家柄で、全体を見れば中の下程。 大方、どこかの地方の中流家系の跡取りと言った辺りだろう。 いや、裕福層でも不思議では無い……それ程の階級だ──
「絶対、生きて帰ろうナ! 『贋の錆』!」
ふと。
背をポンッと手を叩かれた。 あの色男に、優しく。
今まで自分の背に触れる者には……悪意や憎悪、侮蔑の類が込められていた。
しかし、彼にはそれがない。
心から彼は人がいい。
「──……ぅっ」
胸が躍る。
吐く息さえも重くなる。
彼らの雄叫びと地鳴りがまるでどこか不思議な世界に自分を引き寄せている様だった。
まるでどこか不思議な世界に。 あの、血と火薬の匂いの区別が分からなくなる戦場に。 あの──獣を殺した幼き日の高揚に。
ゆっくりと息を多量に吸い飲み、錆だらけの剣を強く握る。
「うぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!」
誰よりも大きな雄叫びを上げ、誰よりも速く野を駆けた。 あの色男を越え、傭兵達を越え、兵士達を越え、最前線に立ち──一気に敵軍に攻め込む。
目の前の敵に向かい、錆だらけの剣を一気に振り下ろす。 当然、人を切れる様な剣ではない為、『叩く』と言う表現の方が正しいかも知れないが──とにかく彼には華があった。
一太刀を受けた敵の鎧は見事に砕け、後方に身体が飛ぶ。
息も着く暇も要さずに、今度は剣を斜めに勢い良く振り上げ、後方の敵の頭蓋骨を破壊した。
それとほぼ同時に逆方向の敵の金的を押し蹴る。 自分の周りの空気には、人間の物理的な何かが壊れる生々しい音ばかりが響いていた。
敵に囲まれようとも翻弄する事もなく、次々と大草原を駆け回り、敵兵を無尽蔵に1人一撃程で倒し続け──傭兵が兵入りする頃には既に自分の周りに死体の束が出来始めていた。
──……それを見た全ての人々が1度は息を呑んだ。 強いなんてものではない。 腕力もフットワークも人間のリミットを超えていると称した者もいた。
そして何より……何よりも目を引いたのは──その戦場では、彼が1番楽観の表情を浮かべていたと言う点であった。
子供が長年ねだっていた玩具を買って貰えた様な……──自分の居場所をやっと見つけた様な……そんな幸福な表情だった。
ご愛読頂きありがとうございます。
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