「面倒なことになった!」
酒場を出て向かった先は、王都東方の門だった。
行く宛は無くとも、行きたい場所はある。
俺の記憶が正しければ、ここから馬車で二日のところにある村でこの時期に一年に一度の催事が執り行われるらしい。
『勇者団』の仕事でなかなか纏まった休みが取れなかったのだ。
遠く離れた田舎で羽を伸ばして、都会の喧騒を忘れ去ろうという魂胆だった。
「すみません」
荷物を待つ馬車の群れから、的を絞って御者に声を掛ける。
「おっ、アンタ、『勇者団』の」
どうやらパーティ脱退の件は、行商人たちにまで広まっているようだ。
……クソッ、またイジられてしまうのか。
「この馬車って、メティス王国へ行きますか?」
「メティス? ああ、勿論」
メティス王国行きの馬車を選ぶ点で、絞った的の条件は二つ。
一つ目は、比較的積載量の多い馬車。
荷物が多ければ多いほど、遠方へ行く可能性が高まる。加えて東方の門に居るのだ。西の都へ行くような馬車がここに来るとは考えにくい。
そしてもう一つは、人の運搬を目的としていないもの。
これについては、半ばお尋ね者となりつつある世論から逃げるためのものだ。
それらの条件の馬車を探すこと約一時間。
偶然にもすぐ、目的のそれを見つけることが出来た。
だが、問題はここからである。
「その馬車に乗せていただけたりしませんか?」
「は? 馬鹿言っちゃいけねえ。大切な荷物にキズがついたらアンタ責任取れんのか?」
「そ、そうですよね」
ご尤もな理由で、断られてしまった。
諦めて他の馬車を探そうと、礼を言って踵を返そうとした。
「……と、言いてえところだが、生憎アクシデントに巻き込まれちまってな」
「アクシデント?」
言いよどみながら、御者は顎に手を当てる。
「見てみろよこの荷物。どう思う?」
「どうって……、小麦粉と、砂糖?」
「モノじゃねえ、量だよ」
「ああ。それはそれは、大層な数を……」
「そんでもって、コイツに乗り込む御者は一人だ」
何がいいたいのかさっぱりだ。
頭の上にハテナを浮かべながら沈黙してしまうと、御者は唸り声を上げる。
「かーっ、兄ちゃん察しが悪いな! 来るはずの相方の子供が生まれそうってんで、嫁さんの出産に立ち会わせてやってんだ。一人足りねーんだよ!」
「あっ、そうなんですか」
そんなもんわかるか!
心の中でツッコミを入れてしまった。
「ってなわけで、荷降ろしを手伝ってくれるってんだったら、考えてやらんこともない」
「本当ですか!?」
この人めっちゃいい人じゃん!
馬車を見つけるまで何日間かの長期戦を覚悟していた俺にとって、彼の提案はまさしく僥倖。
荷降ろしの一つや二つ、運んでくれるならいくらでも手伝ってやるさ。
御者は間もなく発つと言った。
いざ離れるとなると、この街も少し心残りではある。とはいえ、いつしか戻ることになるだろう。それまでは――、
「『風が護ってくれる』さ」
旅人の神様が残したという言葉を独りごちる。
新たな希望を乗せ、ゆっくりと馬車は走り出した。
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そんな希望に溢れた旅は、途中に立ち寄った村で雲行きが怪しくなる。
「お前、全然力無ぇな! 本当に冒険者か?」
「っ、荷降ろしがこんなにキツいとは思わなかったんだよ……」
この村で下ろす荷物は小麦粉六箱。荷物の十分の一にも満たないごく少量だった。
意気揚々と木箱を持ち上げたが、荷物全てが腰の高さまで持ち上げるのにすら苦労するほどの重量。
その姿を見て大笑いする御者。
……とはいえ、ヒソヒソ囁かれつつ後ろ指を差される王都での生活よりかは幾分マシかも知れない。
「これで終わり……うわっ!?」
最後の最後で気が抜け、運転席に戻る途中で荷台の段差に躓く。
顔面を思い切り木箱に打ち付け……あれ?
目の前が妙に柔らかい。
衝撃干渉のために、技術はここまで進歩していたのかと感動し、目を開くと。
「チッ……。何というドジを踏むのじゃ、お主は」
「……は!?」
目の前に立つ少女の姿に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
酒場で物凄い含蓄のある言葉を残し、俺の前を去ったはずの――、
「えっと……ルシア?」
「よく覚えておったな。加えて、ドジを踏んだとはいえ妾の認識阻害の術を良くぞ破った。褒めて遣わす」
「はは、どうも……。って、違う!」
危うく彼女のペースに飲まれてしまうところだった。
認識阻害の術ってことはつまり、意図的にここにいるってことか。
「おい! いつまでやってん……ん??」
帰りの遅い俺の様子を見に来たのだろう。御者が荷台を覗き見る。
そこには俺と、年端のいかない少女。そりゃ疑問符ありありの声が出るってもんだ。
「えっ! ええっと、これは、そのですね」
駄目だ! この場を切り抜ける咄嗟の一言なんて思いつかねえ!
ここで降ろされたら王都まで歩いて帰らなきゃなんねえんだぞ!
想定できる最悪のパターンが頭の中を渦まきだす。
こうなれば幼女の願いを何でも聞いて、ここで彼女に下車頂くしか道は無い!
「ちょっと、おやっさ――」
「うえぇぇぇぇぇぇぇえええん!!!!!!」
俺の言葉を遮り、ルシアは事もあろうに大声で泣き出した。
その姿はまさに幼子そのもの。少しでも子供が好きなら、真っ先にあやしてやりたくなるようなあどけなさだ。
……お、なんだこの展開?
「おうおうおう、どうしたお嬢ちゃん。迷子か?」
「かくれんぼしててぇ、さがしにきてくれなくてぇ、馬車がうごいちゃってぇ……ふえぇぇぇええん!!」
先程までの古めかしい言い回しは何処へ行った。
歳相応の子供のように泣き喚くルシア。これには御者もお手上げといった様子。
「まさか王都から連れてきちまったってことか……。引き返すにも、そんなことしてたらおまんまの食い上げだぜ」
きっとこの仕事も、こなすまでの時間が限られているのだろう。
人為的なミスといえるこの状況で、荷物が届かないとなるとそれだけで怒鳴り散らすお客さんも多いんだろうなと思うと、おやっさんの気分が手に取るように理解できる。
「パパとママも心配してるだろう。小僧、悪いがお前さんとの旅もここまでかもな」
「……やっぱり、俺が送り届けたほうが良いって思っちゃいますよね?」
「そりゃそうだろ! お前さん、この子を泣かせっぱなしで良いっていうのか? あぁ!?」
凄い剣幕で怒鳴りだす。
俺と御者のやり取りに口を出すように、ルシアは言った。
「ぱぱもままもいないの……」
「みなし児か……。悪かったな、お嬢ちゃん」
みなし児なのか、お前……。
でもそうなると、送り届けるって何処へ?
「このお兄ちゃんについてく」
「え?」
きゅっと、俺の袖を握り、上目遣いで御者に訴えるルシア。
その姿を見て、男は一瞬顔をくしゃっと曲げた。
彼に、ある決心がついたようだ。
少女に向けていたにへら顔が何処に行ったのかとツッコミを入れたくなるほど、ドスの効いた声に鋭い眼光を以って御者は俺に言った。
「……小僧」
「はっ、はい!」
「この子もこう言っている。やることはわかってるな?」
「で、でも」
「……俺にもこんくらいの娘がいる。名前はマリーと言ってな、たまの休みに家に帰ったら満面の笑みで抱きついてくるんだ」
「は、はあ」
「あとはわかるだろう?」
すみません、それとどう話が繋がるのでしょうか……?
「そんなに可愛い娘が泣いて困ってんだ。きちんと目的地まで乗せてやっから、小僧がしっかり面倒見てやんな!」
「それは倫理的にどうなんですか!?」
誘拐とか拉致とか、傍からみたらそう受け取られかねないだろ!?
御者のおっさんにとって、ルシアと自分の娘を重ねた発言だということはよくわかった。
とはいえ、曲がりなりにも目的地まで連れて行ってくれるそうだ。これにあやかる他無い。
……面倒なことになった。
「……どうじゃ、妾の演技は」
「ああ、もう最高」
御者に聞かれないよう、ひそひそと会話を交わす。
運転席に戻ると、当然のようにルシアも隣に座る。
「行くぞお嬢ちゃん! お前さんの見たことのない場所まで案内してやらぁ!」
「おー!」
「お、おう……」
面倒なことになった!