幕間の四方山話『死にたがりの勇者と最後のクエスト』
――事の発端は、一週間前に遡る。
ギルド本部より、特級クエストの依頼が入った。
通常、冒険者ギルドが公示するクエストは、ギルド本部の掲示板から、パーティが各々仕事を決めることが一般的な流れである。
やがて本部より腕を見込まれれば、一般には知らされないような内容の仕事が、書簡などを通してパーティリーダーの下に届けられる。
『クリストフ勇者団』も、過去に何度かその手のアプローチを受けたことがある。
きっと今回の依頼も、この五人であれば苦にはならないはず。
勇者は、誰一人欠かすことのできない仲間を信頼していたのだ。
だが、そうして受け取った依頼の内容に、勇者は何度も目を疑った。
――これから降りかかるであろう事態の残酷さに、絶望を抱きながら。
-------------------------------------
「んで、ジャンが抜けてどういう編成でいくんだい。是非とも建設的な意見を頂戴したいもんだね。勇者サマ」
場所は、先日ジャンの追放を宣言したギルド本部の会議室。
次回のクエストに関するブリーフィングを行うため、『クリストフ勇者団』の面々は再度この場所に集まった。
目の前で足を机に放り出しながら座り、眉間に皺を寄せて勇者に尋ねるベアータ。
未だ、ジャンにまつわるすれ違いが解消されていないことから、彼女の機嫌はすこぶる悪い。
クリストフは、怒りの姿勢を崩さない彼女に言い聞かせるように、ゆっくりと口を開いた。
「……私が先陣を切り、敵のアジトまで行く」
「ハッ! そんなもん、死にに行くようなもんじゃねえか」
無策しか提示できない己の非力さに、クリストフは唇を噛む。
要領を得ない彼の言葉に、当然ベアータは噛み付いた。
「次回のクエストは、支援職がアラベルしかいない。我々の被害を最小限に抑えるには、これしかないんだ」
「そんな大事なら、ジャンを追放したことと矛盾していないかい? アンタにはさぞかし高尚なお考えがおありなんでしょうけれど、アタイからしたら、アンタの訳のわからない意地のせいで大損こきそうっていうんだ。それなりの理由ってもんを説明してもらわないと、納得できないよ」
パーティにおける吟遊詩人とは、替えの効かない支援職だとクリストフは考える。きっとそれは、他の三人も同様の考えだろう。
世間一般の反応では『ギルドにどうしても入りたい奴がやる職業』として吟遊詩人があると認識されているが、それは吟遊詩人としての本質を知らない者の答えだ。
彼には才能があった。
旋律に己の内に秘めるマナを込め、仲間を鼓舞し、能力を向上させる。
眉唾ものなその能力に、殆どの人間は気のせいだろうと一笑に付す。
事実、凡人がジャンを真似たとしても、望むような効果は見込めないのだ。
しかし、ジャンがそれを行った場合、本当の意味で『内側から力が湧いてくる』のだ。
身体に受ける感覚は、付与術士の強化魔法を数十倍に引き上げたもの。
たとえスプーン以上に重たい物を持ったことがない令嬢が相手でも、ジャンがその気になれば、剣を手に魔物を圧倒させることができるのだ。
そんな不思議な能力を持った彼が抜けてしまっては、代わりの人間を加入させることも苦心してしまう。クリストフのパーティは編成そのものを抜本的に見直さなければならない筈だった。
しかし――。
「これが、私を含めた四人で挑む、最後のクエストになるだろう」
「……アホくさ。死にに行くつもりかい?」
矛盾を解消しようとしない勇者の宣言に、ベアータは鼻で笑う。
嘲笑にも似た彼女の態度を介さぬよう、或いはそれを受け止めるかのように、クリストフは付け加えた。
「そうだ。私は、このクエストで命を落とすだろう」
彼の言葉が理解できないと言わんばかりに、ベアータは肩を竦めた。
彼女が腐るのも訳無い。
ジャンを追放する真の理由を伝えるタイミングが今まで無かったのだ。
ベアータの出自は東方の流浪の民。幾ら腕っぷしで成り上がり、ギルドに参加ができたとしても世間がそれを良しとしない。
彼女の存在をやっかむように、ギルドの出入りを阻害する門番だっているそうだ。
三日前にこの場に集まった時でさえ、ジャンが退出した直後、彼女は何処へと消え、会話すらまともに交わせなかった。
「んで? アンタが死ぬとして、アタイたちには何をさせるつもりだ?」
「ただ見ているだけでいい」
「馬鹿も休み休み言いな!」
ベアータが机を叩く。
破綻しきった勇者の作戦。それに加え、役割すらも与えてもらえないとなると、彼女自身、このパーティにおける存在に疑問を呈してしまう。
果たしてこれは、パーティと言えるのか。と、ベアータは捲し立てた。
「……うるさいぞベアータ。何が気に食わないのだ」
「ハムザだっておかしいと思わないのかい? 世の中の何処に、失敗を前提にクエストを受ける奴がいるっていうのさ!」
今までのやりとりを黙したまま聞いていたハムザの介入に、ベアータの口調は変わらない。
――簡単に今回のクエストを説明すればこうだ。
『カトレアの森』の最奥にある廃村の大きな館。
そこに居を構えるは、魔物を従える魔法使い。
彼あるいは彼女が持つ、人工遺物を回収することが今回の目的である。
件の魔法使いは強大な魔力を持ち、一つの騎士団では到底太刀打ち出来ないほど高いものらしい。
その魔法使いが操る魔物の群れを勇者一人が切り込み、最後に立ちはだかる魔法使いすら、彼一人で倒してみせる。
……というのが、クリストフの話す作戦の全容だ。
この規模のクエストは、本来ならば複数のパーティが徒党を組むべき大掛かりなものだ。
しかし、こうして『クリストフ騎士団』にのみ依頼が来たということは、事態は急を要しているのだろう。
もし断れば、きっと他のパーティに声がかかる。
そのパーティがまた断れば?
そんな事態が連続し、気がついた頃に手遅れになってしまっていたら……。
「……私は、勇者として生きたい」
とても身勝手な、クリストフの願望。
どんなクエストすら断ることが出来ない、その実直さこそが勇者に相応しいのだろう。
「皆さんに危害が加わらないよう尽力します。だから皆さん、どうか私についてきてきてください」
それ以上、クリストフは多くを語ろうとしない。
彼の言葉を耳に、ずっと黙ったままのアラベルは沈黙を貫いたまま頷く。
「無論だ、団長。……金も貰っているしな」
ハムザも頷く。ビジネスライクを貫いた結果だろう。それが彼の生き方なのだ。
そして、最後の一人。
「……っ、あーもう!」
ベアータは苛立ちを隠せず声を荒げる。
「あんたのワガママを聞くのもこれっきりだからな! 言っておくが、アンタを殺させはしない。もしもピンチになったら、アタイが力尽くで生かして帰す。……んで、全てが終わったらジャンに謝れ。いいな!」
ベアータはそう提示する。
ジャンにもそうしてきたが、クリストフにも弟のように可愛がってきたのだ。
そんな男が一人前に死にに行くと宣った。
彼の揺らがぬ決意を無駄にするようだが、それでもやってもらわなければならないことがあるのだ。
「……わかった。尽力はする」
彼女の言葉に、クリストフは口を固く結んで頷いた。
「……じゃあ改めて、クエストの内容をおさらいをしましょう」
沈黙を貫いていたアラベルが口を開く。
手に持っていた目的地へと至る地図と、クリストフに送られた書簡を机に広げる。
「んなっ……」
……今回の仕事の全貌を知り、ベアータは声にならない声をあげる。
そのふざけた内容とクリストフのこれまでの行動を理解し、ただ消沈するしかなかった。