「俺は、今まで何をしていたんだ」
――以上、回想終わり。
そんなお涙頂戴な追放話を聞かせてやると、観客の二人は落涙しながら――、
「なんじゃ、それじゃとお主が格好つけただけではないか」
「三日前って言ったら……あんた普通にウチに来てたじゃないか」
ごめん、落涙はウソ!
最初こそマレナもうんうんと聞いていたが、途中のアラベルに便乗した話あたりで欠伸をしていたし、町娘に至っては二日酔いの行で「は?」と呆気に取られていた。
「……ゴホン。とにかく、俺はしばらく誰とも組まねえ! この信念だけは絶対に曲げねえからな!」
「なんか、聞いてて呆れたわ」
「全くじゃ」
俺の宣言に、拍子抜けだと言わんばかりに眉をしかめる二人。
……なんだよ、これじゃ俺が悪者みたいじゃねえか。
「そういえば、妾がここを訪れたのも三日前じゃったな」
「あら、そうだったの?」
俺にはもう興味が無いと言わんばかりに、二人の話が盛り上がり出す。
「うむ。この少年、大男の踊りに合わせて音楽を奏でておったな」
「そうそう! アレ、うちの名物なのよねー」
少女の話に、マレナが嬉しそうに言葉を弾ませる。
「……そんなこと、あったっけ?」
しかし、俺にその記憶が無かった。
ここに来て彼女の言う大男と顔を合わせれば、きっと毎回楽器を演奏する羽目になることから、日常の一幕としてあまり記憶に無いだけかも知れないが。
「あー、これだからアル中は」
うんざりした表情を見せ、女将が紫煙を吐く。
ちょっと待てよ! そんなに言うなら、洗いざらい思い出してやらぁ!
腕を組み、三日前の出来事を改めて掘り返す。
……そうだ。あの日、俺、ここに来てる。
それでもって、ぐだ巻きながら女将と話していると、町娘の言う大男――アーロンが現れたんだ。
何杯か酌み交わし、ほろよい気分でアーロンにリクエストを貰って曲を弾き始めた。
……曲名までは覚えてないが。
俺の奏でる旋律にアーロンは気分が良くし、かつて王都一と言われたダンスの腕を披露し始めたあたりに、客が惹かれるように集まって来たな。
街の左官職人、医者、旅人のような風貌の人もいれば、駆け出しの冒険家の姿や見慣れぬ金髪の幼女の姿も……。
ん?幼女?
「あ! お前、あの時の幼女か!」
記憶の掘り当てに成功し、望外な報酬を得てしまった俺は大声で叫んでしまう。
「何じゃ。幼女とは失礼な」
おぼろげな記憶からようやく少女の姿を見つけ出したのだ。「良くやった」の一言くらい欲しい。
「にしても、酒に溺れているようじゃいい加減何か手を打ったほうが良いんじゃない?」
「禁酒中……そう! 今禁酒中だから!」
「ほーう。そりゃ殊勝な心掛けだ。それじゃ、アンタの手元にあるのは何だい? 言ってみな!」
「ワインだよ! 見てわかんねえか!?」
ここまで非難轟々だと、立場も考えずに逆ギレする権利が欲しい。
俺と女将のやりとりに、少女はため息をつく。付き合いきれないとでも言いたげだ。
「……それで、どうするのじゃ」
「どうする?」
「この先のことじゃ。何処か宛てはあるのか?」
少女の質問に、言葉を失う。ここを宛てにしてやってきて、今しがた断られたばかりだ。
そうだ! この流れなら――、
「女将さん! 俺を――」
「ダメ」
「畜生!!!!!!!!!!!!!!!!」
今の否定は、ゴブリンのタックルよりも効いた!
精神的に重い一撃を暗い、机に突っ伏す。
「……どうするかな、俺も」
「田舎にでも帰るのかのう?」
「いや、あそこだけは帰らねえ」
俺だって、目的があって王都へ来た。
なのにトントン拍子でギルドに入り、パーティに誘われ、今に至る。
何も成していない状況で、出戻ることは意地っ張りな性格の俺に出来る芸当ではない。
「でも、だからって、俺に何ができるんだ……」
「……お主も面倒な男じゃ」
少女が俺の方に手を置く。慰めのつもりだろうか。
「気分を変えることが出来れば、行く道も見えるやも知れぬ。ほれ、準備せい」
「あら、お嬢さんも演奏するんだ」
顔を上げて、少女に目をやる。いつの間にか横笛を持って演奏の準備をしていた。
その姿を見せられると、俺も吟遊詩人として無視することは出来ない。
背中の弦楽器を構え、調弦を始める。
「忘れておった。妾はルシアじゃ」
「ルシア……、あっ、ああ。ジャンだ。知っていると思うけれど」
楽器を取り出して名乗るというのは合奏の申し出という意味合いがあると、西方に住む種族の古い習慣だと何処かで聞いたような気がする。
「んで、曲は?」
「妾が最初の数小節を弾く。それに合わせるだけで良い」
なんだ、そんな簡単なことか……って、
「いやいやいや、さすがに曲名だけでもわからないと――」
「案ずるな」
少女――ルシアは有無を言わさない調子で言い放ち、横笛を吹き始めた。
その曲の主旋律が、話し声に代わって店内に響き渡る。
このメロディラインなら、こう来るのかな。と、聴音をしてみる。
「……あ」
瞬間、脳裏に昔の映像が甦った。
小さい島に住む二人の姉弟。
草原と広大な海。
背の高い姉に手を引かれ、砂浜を歩く。
いつしか、彼女を守れる人になりたいなどと思いながら。
燃え落ちる集落と、迫り来る火の海。
大人たちに姉が連れ去られ、その島には弟だけが残された。
彼女を守りたいという願いは容易く打ち砕かれ、ただ独り、一緒に歩いた砂浜で涙を流すのみ。
そうだ。
そうして俺は、この王都へやってきたのだ。
全てを失ってなお、姉を守りたい一心で。
いつしか俺の手は主旋律に合わせ、勝手に手が動き出していた。
曲名こそわからない。しかし――、
「この旋律を、俺は知っている……」
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「気分は晴れたか」
演奏を終え、ルシアが呟く。
「人生は何があるかわからぬ。一つの理不尽で躓き、顧みぬというのであれば……。まあ、それもお主の人生よ」
俺の言葉を待たず、少女はそう言い残す。
呆然としている俺を尻目に、路銀をマレナに渡して店を出ていってしまった。
「…………」
演奏の余韻が身体から抜けない。
それと同時に、この五年間に一抹の後悔を抱きつつあった。
故郷を離れ、仲間に恵まれた。
たくさんの旅や強大な魔物。
居場所こそ追われたものの、それらの思い出は血肉となり、今のジャン・ファブリス・バークを形成している。
しかし。
たった一つの後悔が拭い去れない。
……俺は、今まで何をしていたんだ。
「どうするんだい、これから?」
「……ここに来た理由を、再認識してしまったというか」
マレナはそう尋ねる。うまく言葉に表せられないいじらしさに、胸が痛くなる。
そんな胸中……。忘れかけていた、たった一つのことを思い出した。彼女の旋律が、それを思い出せたのだ。
「あの子に感謝するんだね」
「……また来ます」
女将との短いやりとりを済ませ、店を出る。
王都を照らす日差しは、漏れなくこの身体を包み込む。
行く場所は決まっていない。
……だが、目的ははっきりしていた。
「……お姉ちゃん。待ってて」
旅人を祝福するように、真っ青な空が広がっていた。