「楽しかったですよ。このパーティ」
「次回のクエスト以降、ジャンにはパーティから抜けてもらう」
前回の街道警邏クエストから数日が経ち、ギルド本部の一室にてクリストフが放った言葉は慮外な一言だった。
前日の酒場のどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、ゲロと記憶を垂れ流したことに加え翌朝には二日酔いに悶え苦しみながら会議に参加した俺にとって、その言葉はまさに寝耳に水。
「ちょっと、吐いてきていいか……」
状況が飲み込めないことに加え、二日酔いの苦しみにも襲われ、何度か部屋の入退室を繰り返す。
ふざけているように見えるかも知れないが、頭痛や吐き気にかまけた行動とはいえ、追放の命に対し頭を冷やすには充分な時間を貰うことができた。
『クリストフ勇者団』の結成から参加し早五年。
歳も近く、仲の良い友人同士のような俺たちにとって、友人を自分のパーティから追放するということは、ある種の一大決心のようなものだっただろう。
そう思うと、俺はただその決定に従うことしかできなかった。
「どうしてだよ! 団長!」
そんな俺のしおらしい対応に業を煮やしたのは、『勇者団』結成時から行動を共にする、遠距離担当、弓使いのベアータ。
他のメンバーの沈痛な面持ちと対照的な彼女の姿を見るに、彼女も今日、この事実を知らされたことが想像出来た。
「ジャンにとってこのパーティがどれだけ大事なのか、団長だってわかってんでしょうが!」
「ああ、わかっている。……そのつもりだ」
ベアータの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情のままクリストフは答える。
女性とはいえ、男勝りな体格や口調の彼女から凄まれてしまっている彼を見ると、こんな状況にも関わらず同情してしまう。
「だったら――」
「団長殿が決めたことだ。俺たち下っ端が騒ぎ立ててどうする」
ベアータの怒号に怜悧な口調で割って入るのは、クリストフとともに前線に並ぶ剣士のハムザ。
正直、彼のことはあまりよくわからない。物事を合理的に捉えた発言が多く、感情を表に出さないからだ。
彼のみ、最初期のメンバーではない。しかし、加入してからの戦闘に於ける貢献度は俺を遥かに越えている。
「てめぇ! なんだその物言いは!」
「事実を言ったまでだ。次のクエストは俺たち四人で充分だと、団長殿は考えられたのだろう」
「いけ好かねえ、表に出やがれ青二才!」
ベアータが啖呵を切り、それに応じるつもりなのかハムザは剣を取り、席を外そうとする。
仲間同士がやり合う姿を見るのはあまり気持ちのいいものではない。
そもそも、そんな不毛な喧嘩をハムザが買おうとしていることが、俺には異様な光景に見えた。
「待ってください! そんなことしたって、何も解決しないです!」
仲間が散り散りになっていく様に耐えられなくなったのだろう。
俺の気持ちを代弁するように、ギスギスした空間にずっと怯えっぱなしだった少女が声を荒げる。
彼女もまた、このパーティの最古参メンバー。ヒーラーのアラベルだ。
気弱な彼女ではあるが、芯はとてもしっかりしている。
クリストフとアラベルは幼馴染同士らしいが――今はどうでもいいか、こんな話。
とにかく、俺をこのパーティから追放する事態になったことに、ただ静観を決め込んでいた彼女にとっては、パーティの崩壊の序章のような現状が許せなかったのだろう。
「アラベル、あんたまで……」
アラベルの言葉に、ベアータの語気が弱まる。
「そっ、そうですよ。俺みたいなお荷物のためにお二人が喧嘩することは無いと思います。ですよね、アラベルさん!」
キンキンと耳を劈いていた言い合いのお陰か、不思議と二日酔いが覚める。
このギスギス空間をなんとかしようと取り繕い、ここはアラベルに便乗してしまおうと言葉を並べた。
クリストフの言う通りに『勇者団』から俺が抜けてしまえばそれでパーティの舵が上手いこと切れる。
ちょっと寂しい気持ちにはなるけれど、団長が決めたことなのだから素直にそれに従おう。
「団長、せめて理由くらいきちんと説明してやんな。あんたたち、仲間だけどそれ以上に親友同士でしょうが」
「それは……」
ベアータの言葉に、クリストフは未だに眉に皺をつくりながら沈黙を続ける。
そんな煮え切らない態度に、ベアータは一層、語気を強める。
「いつ死ぬかわからないような冒険を五年もやって、理由も訊かずにパーティを抜けるなんて、アタイたちはそんなに薄っぺらな関係なのか!」
「くどいぞベアータ。いつまでこの問答を続けるつもりだ」
ハムザがうんざりした様子で呟く。
何故興奮している人をそこまで無神経に刺激できるのか、不思議で仕方なかった。
「ま、まあ。確かに寂しいですよ」
円満解決の糸口が見つからない。
俺が抜けた後でもみんなには良好な関係、皆の手本になるパーティみたいなものを続けて欲しい。
……というか、王都で名の知れたパーティの崩壊のきっかけが俺だなんてことになってしまうと、しばらくお天道様の下を歩けなくなってしまうじゃねえか!
「親友の決めたことだから、俺はそれに従います。理由は聞いても言ってくれないだろうし。それに、みんなにはお世話になりっぱなしでしたけど、楽しかったですよ。このパーティ」
俺の言葉に、ベアータ怒声が鳴りを潜める。
部屋にアラベルのすすり泣く声だけが響く。
皆が皆、暗い顔をしていた。
「……本当に、済まない」
クリストフの謝罪が静寂を破る。
「『勇者は過去を向くべからず』、だろ? 応援してるからさ!」
俺は荷物を纏めて、入り口の扉に手をかける。
それを開け放ち、皆の顔が見えなくなる前にカッコよく別れの言葉を切り出してやった。
「今は何言ってもクサくなっちゃうと思うんで、あんまり言いたくありませんが……。皆さんは前を向いてください。それじゃあ」