「この話、しなきゃダメか?」
少女の齎した天啓ともとれる提案に、ギルド本部の門を叩こうと思い立った瞬間の発言。
財宝を目の前に一目散に駆けるも、後方から踵を踏まれてズッコケた気分だ。
町娘の話を詳しく聞こうと元の席に腰を下ろしたはいいものの、気分はあまり良いものではない。
「んで、アンタを仲間にして、俺に何のメリットが?」
我ながら、ずいぶんと偉そうな物言いである。
初めてギルド面接官の常套句を口にしたが、かなり胸くそ悪い質問だなこれ。
「魔法が使える」
視線を俺の目から逸らさず、少女はぽつりと言った。
「魔法? じゃあ、職業は魔術師か」
「あのような紛い物とは一緒にするでない」
どうやらこの小娘は、自分の立場を理解していないらしい。
俺がギルド加入の時にされた圧迫面接の話をしてやろうか!
「あのさぁ――」
「信じられぬようなら、今からこの街を全て吹き飛ばして見せようぞ」
「……そういうのは求めてねえんだよな」
会話のキャッチボールがまるで出来ていない。彼女から放たれる剛速球を躱すので手一杯だ。
「何が気に食わん。妾がお主の力になれば、世界の半分はお主の物になるのだぞ!」
「そんな大層なものを貰っても持ち腐れるわ! それに……」
次の句を素直に言ってしまって良いのだろうか。と、口を噤んでしまう。
言葉を待つ少女の瞳に根負けしてしまい、ため息を吐いた。
「……もう懲り懲りなんだよ。パーティとかそういうのは」
仲間だと思っていた連中から突然追放を言い渡されてしまえば、長期的にとは言わずともしばらくの間はその手のグループと縁を切った生活を送りたくなるもの。
特に目の前に座る、古臭い言葉を使う純真無垢すぎる少女の瞳を見ていると尚更だ。
「……先程、パーティを組みに行こうとしておらんかったか?」
「さっきはな。でも、よくよく考えりゃ、ギルドに行かないで宿屋でふて寝すんのがオチだよ」
意気揚々とギルド本部へ向かうも、先ず通行人の白い目に心をグサグサとやられ、次に正門の衛兵と気まずい雰囲気が呈されることは間違いない。
そんな幾多の困難を乗り越えてパーティを組んだとしても、今度はきっと人間関係でギクシャクするのだろう。
しかもパーティリーダーとなると、メンバーへの処遇なんかも考えなければならないから、その責任は今までの比じゃない。
つい最近まで追放の事実が受け止められずにいた俺にとって、やがて俺と同じ目に合ってしまう人間を作ってしまうのが嫌だった。
そう考えるからこそ、直前に口にした結論に至る。
「あんた、案外ナイーブなんだね」
「こう見えても思春期の少年だからな」
「少年に出す酒は無いよ」
「うっ!」
女将さんの一言、今日はやけに染みるぜ。
茶々を入れるマレナに調子が崩され、話がまとまらない。
コホンと咳払いを一つ。これ以上少女仲間にしてくれなどとに求められぬよう、俺は無垢な瞳を見て言った。
「とにかく、この話は無し。パーティも作らなければ、お前とも組まない。しばらく路銀稼ぎに演奏家として路上で演奏でも――」
「お主の追放されたパーティ、『クリストフ勇者団』と言ったな」
話を終わりにしようと締めの言葉を並べるも、少女はそれを遮って言う。
「……まだ何かあるのか?」
「何故追放されることになったのか、覚えはないのか」
淡々とした口調で少女が尋ねる。
心当たりなど微塵もなく、ただ団長の言われた通りに『勇者団』を脱退した俺には、ただ一言――、
「覚えはない」
そう答えざるを得なかった。
それを耳にした少女は、眉をしかめる。
「理由も無く追放されることなどある筈が無かろう」
「いや、まあ。そうなんだろうけど」
「何があったのじゃ、お主と彼らの間に」
詰問気味に攻め立てる少女。
……この話、しなきゃダメか?
初対面で素性も知らない少女に、職を失った理由を話すことの意義が見出だせない。
これを話してどうなる。パーティに復帰できるのか?
そんな思考を巡らせている最中も、少女の真っ直ぐな瞳は絶えずこちらを見つめ続けていた。
「……ああもう、わかったよ! 話せば良いんだろ!」
その無垢な瞳に囚われ、逃げ場を失った俺は思わず頭をぐしゃぐしゃと掻いてしまう。
過去の回想を披露してやるために、しばらくの間考えを巡らせてから口を動かした。
「三日前の出来事だよ」