「追放されたはいいが、この状況はかなりマズい」
『デイリーベレナ』という新聞によって、勇者団追放の話が王都を駆け巡った。
――立場を失っても、変わらず朝は来る。
身支度を整え、今まで無駄遣いをせず貯蓄していた過去の自分に感謝しながら、その日の宿代を支払い、街へ繰り出したあたりで異変に気がついた。
すれ違う人々の視線が白いのだ。
赤の他人に顔を見られただけで疎まれるとしたら、歴史に残るほどの罪を犯したか、酔った勢いで公衆の面前で全裸になったか。
そのどちらにも心当たりがないことから、差し詰め今朝の新聞に件のパーティ追放が報じられたのだろう。
「あーもう、俺が何したってんだ!」
人目を恐れ、路地裏に逃げ込む。
……追放されたはいいが、この状況はかなりマズい。
王都ベレナを拠点にして早五年。
この国一番の大都会であるこの街は、様々な人種、種族が盛んに行き来している。そんなごった煮の具材のような街の住人たちが一様に奇異の目を向けてくるものだから、居心地が悪いったらしょうがない。
ここ数日の自らにかかった不幸を呪いながら、目的地へと歩みを進める。
パーティに参加していないギルドメンバーとは、いわば無職だ。たとえ有名なパーティに加わって『英雄の一員』と讃えられた経緯があったとしても、仕事を受けることすらままならない俺には過去の栄光に他ならない。
吟遊詩人なんていうなまじ戦闘に向かない職業を専門としている俺にとって、仲間が居ないことにはギルドの仕事を受けることすらままならないのだ。
そうなると出来ることは一つ。
裸一貫。とはいえ仕事は選ぶ。目的地もまた、一つだけだった。
王都を地図で書くと、大木の年輪のような形をしている。
中心が王政区。次の外縁には商業区が立ち並び、最外部に居住区が構えられている。
ギルド本部は王政区にあるが、俺の目下の行き先は商業区の最西だ。
商業区 四番地。
ベレナの中でも最も飲食店が多く、移民もまた多い。
『ベレナの無国籍地帯』と喩えられるほど多様な文化を呈しているが、店主も客層も陽気で、何かにつけて分け隔てることをしない。
吟遊詩人とは、とどのつまり演奏家。
行きつけの店に出向いて頼み込めば、王都での生活も不自由しなくなるだろう。
そんな、あまりにも楽観的で薄っぺらな魂胆。しかし確証はある。
心の中で「うまくいく」と自己暗示をかけながら、見知った路地裏を駆けていくのだった。
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「んー、ダメ」
店主のたった一言で、俺の完璧とも思える計画が破綻してしまった。
「そこをなんとか!」
そんなことでは食い下がれない。
俺は声を荒げ、再考の余地をなんとか見出そうとする。
カウンター越しに俺を見る妙齢の女将はタバコの煙を燻らせ、じとっとした視線を投げかけてくる。名前はマレナ・デラローサといった。
「俺が歌えば集客増間違い無し! なんたってあの『クリストフ勇者団』に五年も居た凄腕吟遊詩人だからな!」
「やっすいセールストークだね。一体、どこからそんな自信が湧いてくるんだい?」
全くもって、彼女の言う通りだ。
自分から口に出しておいて難だが、ここに来て昔の肩書が邪魔をする。
ちょうどさっき、住人たちの見世物を目にするような視線を浴びてきたばかりではないか。
盛者は必ず衰えるということが、ありありと理解できてしまった。
「……まあ座んなさいな。生憎、ウチには人ひとり雇う余裕なんて無いけれど、今のアンタの状況に免じて酒の一杯ぐらいはサービスするからさ」
「タダ酒か! なんという僥倖!」
とりあえず、マレナ女史の優しさに甘えることにする。
追放を言い渡されて、禁酒を心に決めたはずが、タダ酒という甘美なる響きに、その信念もろとも崩れ去ってしまう。
「っと、その前に」
いつも頼む赤ワインが間もなく供されるとともに、件の『デイリーベレナ』も手渡された。
「これ、最近読んだ活字のなかでも最高傑作だったよ!」
品など微塵も感じさせない笑い声をあげながら、マレナが言った。
「にしたって、なんでこんなタイミングで抜けちゃったのさ? あそこに居たらしばらく食いっぱぐれることも無かったでしょうに」
「あー! やっぱりその話を持ち出してきやがった! なんでも良いだろ! 放っておいてくれ!」
今一番突かれたくない弱点にけたぐりを食らった気分。
顔なじみの女将さんとはいえ、仕事上のデリケートな話をされては美味いワインでさえ泥水のように感じてしまう。
「とーか言っちゃって、喧嘩でもしたんでしょ?」
「んなっ、そ、そんな訳無いだろ……」
俺の返答がそんなにあからさまだったのか、今度は人目を憚らず、腹を抱えて笑い始めた。
「……そんなに笑うことねーじゃん」
ひいひいと笑う彼女の姿に、怒りや悲しみや悔しさなどの負の感情が俺の中で渦を巻き出す。
「いやあ、笑っちゃいけないとは思うんだけどさ、ここまでボロカスに言われ放題ってのがツボに入っちゃって。ごめんごめん」
笑いの余韻をこらえながら、マレナは謝罪を口にする。
客をもてなす態度のそれではない女将の行動に、不満も言いたくなるが、彼女の美貌と今日という日のタダ酒に免じて何も言わないことにする。
……この不満、顔には出すがな!
何も言わなくなった俺と女将を取り囲む沈黙をごまかすように、マレナは二本目のタバコに火を付ける。
ふう。と、一息目を吐き出したあたりで、軒先の扉の鐘が鳴った。
「あ、いらっしゃ……い?」
何故に疑問系?
女将の反応を不思議に思い、彼女が目を点にして見つめる先を向く。
王都に住む学童だろうか。年端のいかない町娘……いや、町娘と呼ぶには若すぎる。そんな印象。
金髪を腰まで伸ばし、フード付きのローブを身に纏っている。燃えるような瞳の赤さに、この街出身で無いことは一目見れば理解できた。
ともなれば、旅の人間だろうか。しかし、腰に付けている巾着一つという軽装を見るにその結論は否定されてしまう。
「あらお嬢さん、こんにちは。お人形さんみたいね。どうしたの?」
まるで迷い子をあやすかのように。マレナは優しく声をかける。
だが、その問いかけには応じず、俺の座るカウンターまで少女はやってきた。
窓から差し込む陽の光を受けて、少女の黄金色の髪がきらきらと輝く。
「この者と同じものを」
予想外の注文に俺とマレナは顔を見合わせる。
「……ジャンの知り合い?」
「俺と? まさか」
「この吟遊詩人と同じものを用意しろと言っている」
甲高くも可愛らしい舌っ足らずな声が、苛立ちを帯びたように放たれる。
「ご、ごめんねお嬢さん。背伸びしたいのはわかるけれど、子供にお酒は――」
「案ずるな。こう見えても成人しておる」
そこまで言うなら……。と、女将は呟き、町娘に赤ワインを出した。
「……何を見ておる」
「えっ、そ、それは……」
町娘はワインを一口煽ると、俺の視線に気がついたのか、こちらをじろりと睨みつける。
それから、何かに合点がいったのか徐ろに首を縦に振り始めた。
「やはり……。なるほど」
「お、お?」
まじまじと見つめはじめたかと思うと、今度はずいと顔を近づけてくる。
「やっと見つけたぞ。ジャン・ファブリス・バーク」
「へー、あんたそんなフルネームなんだ」
町娘の発言に、女将が舌を巻く。
わざわざ常連の名前くらい覚えておいてくれとは言わないが、ちょっと悲しくなってしまった。
「お、俺? やっぱ知らないうちになんかやってた?」
「あー。ジャンの場合、深酒するとゲロとともに記憶を無くすからねえ」
「ちょっ、何言い出すんだアンタ!」
マレナの暴露話に赤面してしまう。
もしかして街の人の白い目は、ゲロとともに消えた記憶の中に秘密があるのでは……?
「そのようなことはどうでも良い。それより少年」
喪失した記憶を掘り返そうと頭を捻っている最中、町娘が声をあげた。
「パーティを抜けたそうじゃな」
「あー! あんたもその話をする! 何だってんだよ今日は――」
「パーティを結成することはないか」
半ば定型文じみてきた俺の叫びを遮り、少女が尋ねた。
「結成……?」
「お主がリーダーとなって、パーティを組まないのかと聞いた」
「……その手があったか!」
その発想は無かった!
何故このようなことにも気づかなかったのか!
「俺、用事思い出したわ! またな女将さん!」
こうしちゃいられない! と、俺は席を立つ。
次の新たな目標のため、ギルド本部のある王政区へと向かうことにした。
「待て」
少女の引き留めの言葉と――、
「若し、お主がパーティを組むなら妾もそれに加えよ」
少女の射抜くような視線がなければの話だが。