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吟遊詩人一人を対象とし、それをパーティから追放する。  作者: ささのきすけ
話を始める前に
1/41

「少しだけ、未来の話をさせてくれ」

 目的地まで、残った難所は目の前の峠道ただ一つ。


 天を朱色に染め上げていた夕陽が陰り、一番星が煌々と輝き出したのを見計らって、俺たちは廃棄されたベースキャンプで山脈超えの最後の夜を迎えることにした。


 ランタンの明かりを頼りに、路傍に転がる手頃な細枝を掻き集め、火を起こそうと木々を擦り合わせる。


「っ、よし!」


 五分ばかりの努力が功を奏し、板につけたくぼみが赤く輝きだした。

 傍らに用意していたモグサを掻き集め、種火のそばに盛り上げる。

 儀式めいた行程が終わり、満足げに額の汗をおうとした瞬間のことだった。


「まどろっこしいのう。いつまでやっておるのじゃ」


 いつの間にか近くに立っていた少女が、俺の一連の行いを訝しむように呟き、指を鳴らす。

 途端に、用意していた薪がひとりでに燃えはじめた。


「あっ、おい! 魔法使うのは反則だぞ!」

「お主は一体何と戦っておるのじゃ」


 彼女の用いた種無し手品に、不満の言葉を浴びせる。

 それに対し、少女は呆れた様子で吐き捨てた。


「毎回言ってるけどさ、何でも魔法の力に頼るのはどうかと思うぜ?」

「それは魔法の使えぬ者の科白(セリフ)じゃ」


 こんな調子でお互い、思い思いに言葉をぶつけあう彼女こそ、この旅の同行者――ルシアである。


 幼い顔立ちに、肩まで伸びた黄金色の髪。

 人形のように愛くるしい外見を侮る無かれ。

 彼女の口調は老人のそれのように古臭く、その上誰に対しても食って掛かる尊大な性格の持ち主。


 きっと、誰とも比肩しないほどの強大な魔導師としての力が彼女をそうさせるのだろう。


 赤の他人として関わるとそのアクの強さに誰しも辟易してしまうだろうが、慣れてしまえばどうということはない。

 もっと言えば、慣れてしまったからこそ、彼女抜きでの旅が考えられないのである。


 ルシアがどう考えているかはわからないが、俺にとっては最高の相棒だ。


「どうじゃ、疲れてないか」

「ああ。でも、あのドラゴンが目覚めた時はマジでどうにかなってしまうかと思った」


 ここまでの苦労を労うように少女は尋ねる。

 その言葉に俺は、エルダードラゴンの縄張りに、ルートを間違えて踏み入った時の話を真っ先に思い浮かべた。


「ってか、ドラゴンって本当に居たんだな。生きているうちにお目見えすることになるとは、ちょっと昔じゃ考えられねえよ」

「何じゃ、余裕綽々のようじゃな。もう一度縄張りに戻るか?」

「やめてくださいお願いします」


 寝起きのドラゴンに神通力のような力で直接脳内へ憎悪を語られたり、炎の吐息に燃やされかけたりするのは二度と御免だ。

 目の前でにやにやと笑うロリっ子大魔導師が居なければ、きっと今頃消し炭か奴の胃袋の中だっただろう。


「ふふん、またお主を助けてしまった」

「くっ、否定できねえ……」




 不敵な笑みを湛え、ルシアが言う。男としての尊厳とやらが逸失してしまう気分だ。

 だが、その言葉を俺を貶す為だけに放ったのでは無いことは、今までの経験則で充分理解している。


「ぬぬう、今回も助けていただいてありがとうございました!! ……ほら」



 ヤケクソ気味に叫び、三角座りと胡座の間を取ったような姿勢で座り直す。


「うむ、苦しゅうないぞ」


 ルシアはそう言って、俺の目の前に背中を向けて座る。そのまま体重を後ろにかけるものだから、上体がすっぽりと俺の胸に収まってしまう。

 恋人座り、と言われるものらしい。初めてこれを要求されたとき、火照りがしばらく収まらなかった。


 ……今でも、人前でこれを要求されたら、応えられる自信は無いが。


「九死に一生の場面を幾度となく救い、求める要求がこの程度とは……。我ながら、妾はお主に甘いかも知れんな」


 少女は俺の右手を掴み、自らの頭に乗せる。


「こっ、これ以上求められても、こなせる自信はないぞ……」


「冗談じゃ。案ずるでない」


 要求通りに頭も撫でてやる。

 上擦った声でしどろもどろになる俺を笑うルシアが、ようやく大人しくなった。



「……静かだな」


 がらんどうとした高原で聞こえるのは、焚き木の爆ぜる音と風の音。それに吹かれて、ベースキャンプの古看板が微かに軋む音くらいだった。


 こうして二人で黄昏れ、星々の色めきゆく様を黙って眺めているのもなかなか悪くない。



「ジャン」

「お、何だ?」


 久しぶりにルシアから名前で呼ばれた気がした。


「あの頃に戻りたいと思うことは無いか?」

「クリストフのパーティにか? たまに思い返すことはあるが……、パーティ組んでどうのこうのは、もういいかな」



 故郷を離れてすぐに加入した勇者が率いるパーティとのやりとりを想起させながら答える。

 そもそも、パーティという仕組みにあまり良い印象を持っていない。

 見に覚えのない理由で追放されたということを体験すると、その真意がどうであっても『もう二度とパーティになんか入ってやるもんか』と臍を曲げてしまう。


『終わりよければ全て良し』とはよく言ったもので、『終わり悪ければ全て悪し』なのだ。


「それに『吟遊詩人(ミンストレル)』とかいうポジション自体、今日びパーティ募集に引っかからねえからなぁ」


 思わず、冒険者職業としての不遇に対する愚痴を漏らす。


 パーティにおける吟遊詩人の仕事とは、簡単に言えば代わりがいくらでも効く支援役だ。

 支援できる範囲は人それぞれであるも、一様に言えるのは戦闘には向いていないということ。

 俺の場合、ギルドに入ってパーティに長い間加入出来たことからこの手の苦労をしたことは無いが、普通はそう簡単にパーティに加入できるものではないらしい。


「妾がそのような徒党を組むとしても、『吟遊詩人(ミンストレル)』は採用せんなあ」


「あっ。もしかしてルシアも、旋律を奏でて能力が向上するとかいう眉唾な話は信じない人?」

「お主の力を借りずとも、妾は強いからな」


 意地悪そうに、ふふんと笑ってみせる。


「そりゃあ、お前ほど何でもアリな奴はなあ……。才能あるって羨ましいぜ」

「お主の演奏家としての実力。加えて吟遊詩人としての、マナの理解力についても充分才能じゃろう」


 やめろよ、照れるじゃねえか。

 予想を裏切る内容で評価されたことに、少し恥ずかしさを覚える。


「……世の中の理不尽の数と空に浮かぶ星の数、どっちが多いんだろうな」


 雲ひとつない満天の星空を見上げながら、思いつきをぽつりと呟いた。


「誰かに理不尽を押し付けられたとするじゃろう」

「うん?」

「その不条理が、その者の生き方を大きく変えることもある」

「ああ……、それ俺じゃん」


 彼女の呟きに、心当たりがあると肯定する。

 俺の人生は、アイツらのパーティから追放されたことで大きく針路を変えることになった。


「人生って何が起こるかわかんねえもんな」

「時には、その理不尽の大きさに押し潰され、何もかもを捨ててさすらいたくなるときもある」

「……さすらうにしてはずいぶんと遠くまで来てしまったけどな!」

「ふふっ、確かにな。じゃが……」


 茶化すように答えると、ルシアは含み笑いとともに頷いてみせる。

 口調は変えず、少女は否定の句を挟んで続けた。


「自らが被った受難。そんな()()()()に変えることができるのは、己の力のみではないかの」

「と、いうと?」


「未来を切り開くことができるのは、自分だけということじゃ」


 ひとしきり言葉を並べると、ルシアも星空を眺めはじめる。

 しばらく思考を巡らせるように唸ったあと――、



「星の数も減ったのう」



 嬉しそうに、そう言うのだった。






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