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すうぃーとぽてと・しょっく

作者: 絵南玲子

 『ばちくり』

 大きく目を見開いて、彼女は鳩時計の針を確かめました。

「..だいじようぶ!」

 うなずきながら、すでに寝息をたて始めています。

 冬の寒い朝、温かい羽根布団にくるまってもう一度楽しむつかの間の眠りほど、魅力的なものはなかなかありません。

 あまりの心地よさに、時計がピポピポと大きな音で鳴ったのに、まったく気づきもしませんでした。

 「..またしても..」

 しばらくのちに飛び起きた彼女は、窓の向こうに目をやりながら、うらめしそうに言うのです。

 「またしても、見のがしてしまったわ! 銀の山に映る朝焼けを..」

 空気がキーンと冴えわたる冬の朝、白銀の峰みねに映えるバラ色の光は、たとえようもなく美しいものなのに..。


 朝ねぼうの彼女は、冬の女王、スノウ。時空をつかさどる偉大なる王様の、四人の娘たちの一人です。

 咲きほこる花のように匂いたつ、春の女王フロラ。燃え上がる太陽のような生命力にあふれた、夏の女王ソレイユ。山々を彩るもみじのようにあでやかな、秋の女王メイプル。

 

 王様は、四人の娘たちに、四つの季節を分け与えました。女王たちは、決められた季節になると高い塔にこもって、季節の運行を見守りながら、静かに祈りを捧げるのです。


 「静かに」と言ったって、長い間、塔の中でじっとしてばかりいるのではたまりません。それぞれに、秘かな「季節の楽しみ」を見つけているようでもありました。


 晴れた日には、ふかふかの赤いマントをはおって、冬の塔から世界を見わたすのが、スノウのお気に入りの時間でした。

 女王は、人間の前に姿を現すことが許されません。

 誰にも気づかれないようにそおっと塔の天守に立ち、腕じまんの職人がたんせいこめて作った遠めがねを、飽きずにのぞき込むのです。


 新雪におおわれたスロープを、野うさぎのようにコロコロと転げ回る子どもたち。凍った湖の上で一日中スケートを楽しむ、里の若者や娘たち。

 遠めがねには、はるかかなたの景色でも、手に取れるほどはっきりと写りました。

 子どもたちのけらけらという笑い声や、ほおをバラ色に染めた娘たちの胸の鼓動の音までが、今にも、風に乗って聞こえて来そうなぐらいです。


 そして、時には、真っ白い雪原をまたたく間に駆け抜けて行く乗り物や、町の工場の煙突からもうもうと上がる、灰色の煙が見えることもありました。


 『コホン!』

 スノウが、冬の天守から身を乗り出さんばかりに夢中になって遠めがねをのぞいていると、後ろから咳払いが聞こえます。

 「冬の女王様」

 うやうやしくおじぎをしたのは、王様のメッセンジャー、バシリスク。

「..お、おや、いらっしゃい」

 遠めがねの跡を目のまわりにくっきりと残したままで、スノウはあわてて答えました。

 「つつがなくお過ごしでございましょうか?」 

 「ええ、もちろん!」

 「王様が、季節の中間報告をお望みでございます」

 「..えーっと、今年もとてもよい冬で、それから」

 続けようとするスノウをさえぎって、メッセンジャーが一歩前に進み出ました。そして、黒いえんび服の背中にしょっていた、金色の巻き物を大切そうに差し出します。

 「お返事は、こちらにお書きください」

 巻き物に添えられた専用の羽根ペンで、スノウはゆっくりと書き始めました。


『王様。つつしんで申し上げます。

 今年も、とてもすばらしい冬です。

 雪遊びをする子どもたちの楽しげな声を聞くと、幸せな気分になれます。時には、雪の降る夜に道ばたで凍えている人たちがいるのを見て、冬の女王である自分が悲しくなってしまうこともあるのですが..。

 すてきなこともありました。つらい暮らしをしている人たちのために、温かいスープを作ってくれる人もいるのです。

 そして、冬のきびしい寒さがなければ、春、美しい花が咲くこともできないのですから..。  

 春の女王と交替するときまで、私は、一生けんめい祈り続けます。

         冬の女王 スノウ』


 王様から四つの季節の守護を申しつかった女王たちは、新しい季節が近づくと、塔を出て、季節のあずま屋へと移ります。そこで、待ち受けている次の女王とバトンタッチをするのです。

 たとえば、スノウは、初雪が舞い始める頃に秋の女王メイプルと、チューリップのつぼみがほころび始める頃に春の女王フロラと、あずま屋で、互いの両の手を合わせて、季節をしっかりとつないで行くのがならわしでした。

 ただ、同じ姉妹でありながら、スノウの場合は、夏の女王ソレイユにだけは永遠に会うことができません。それぞれが、ただ一人だけ会うことのないはらからのことを遠く思い描きながら、はかりしれないほどの時間、心をこめて、自分のつとめを果たして来たのです。


 「それでは、冬の女王様。つつしんで王様にお届けいたします。」

 メッセンジャーは。左手を胸の前に当て、右手でやまたか帽をさっと下ろして、深々と一礼しました。 

 「バシリスク。たまには私のことを、スノウと呼んではくれないかしら」

大広間のじゅうたんの上を、がにまた気味にすたすたと歩き始めていた彼は

「めっそうもございません。私は、偉大なる王様のメッセンジャー。正式名称以外はありえませぬ」

 じゅうたんのはしっこに立ったバシリスクは、細長い足を曲げてためを作ると、大きく開いた窓に向かって全速力で走り出します。そして、バルコニーのふちに前足をかけて思いっきりジャンプすると、あっという間に姿は見えなくなりました。彼が光の点となって消える直前に、ちらりとこちらを振り返り、大きな目をパチリとまたたかせたように見えました。


 バシリスクにはもともと、誰もが驚くような特技がありました。人前ではめったに披露しませんが、「ここぞ」という時になると、水の上を走ることができたのです。ながーいえんび服の裾を大きく左右に振ってバランスを取りながら、目にもとまらぬ速さで水面を駆け抜ける姿は、それは見事なものでした。

 王様のしもべとして召しかかえられてから、彼の技はさらに進化しました。空間を、自由に飛び超えることができるようになったのです。

 

 冬の日々は、順調に過ぎてゆきました。

 いつものように、塔の天守から世界をながめ回していたスノウは、「ふぅ」とため息をつきました。

 「やっぱり、あれは少し問題だったかしら..」

遠めがねの中の丸い世界は、今日も静かで、真っ白く耀いています。

 「お父様には、正直に申し上げるべきだったかなぁ。遠めがねの時間の合間に、できる限り一生けんめいお祈りをいたしますと..」

スノウは、めがねを片手に、お祈りの言葉をつぶやき始めました。

 「..えーっと、美しい冬のために..、えーっと、すこやかなる日々のために..、あっ!」


 まん丸い視界のはしっこに、小さな、けむりのような点が現れました。黄色いのぼりを立てた一台のほろ馬車が、少しずつ近づいて来るのです。

 「やった!」

 荷台の石釜からもこもこ立ちのぼる、白いゆげ。鼻の頭を赤く染めた御者のおじさんは、塔の下にさしかかると、

 「いらっしゃーい! ほっぺが落ちるよぉー」

と歌うように言いました。

 スノウは、遠めがねを放り出しそうな勢いで身をひるがえすと、大広間のカーテンのかげからローブのついたかごを取り出し、銀貨を一枚入れるのです。そして、誰にも姿を見られないように手すりのかげに身をかくして、かごをするすると地上に下ろしました。

 銀貨を受け取ったおじさんは、石がまの中から、一

番つややかで一番おいしそうな焼きいもをひとつ選び出し、新聞紙でていねいに包んでかごに入れました。


 「うーん。なんという輝き..」

心をおどらせ、スノウは、黄金色の冬のさちをうっとり顔でほおばります。

 「うーん.やっぱり私はこの....あちち!」

時々耳たぶに手をあてながら、スノウは思いを巡らせます。

 「こっくりとしたたまご色で、野性的な甘さの蜜いもも、貴婦人のようにあでやかな紫のいもも捨てがたい。でも、やっぱり私はこれが一番! 里の娘たちのようにほっそりとして、優しい色あい、ふかーい甘さの金時さん!」

 パチパチと気持ちのいい音を立てるだんろの前で、女王のしるしが彫られたマホガニーの椅子をゆらしながら、極上の金時いもをいただくひととき。スノウはかけがえのない季節のめぐみに、深い感謝を捧げます。

 

 あつあつの冬の幸せもそろそろおしまいに近づいたころ.新聞紙をめくって、最後のひと口をほおばろうとした時です。

 『ショウメツノ、キキ?』

新聞紙の裏側の文字が、いきなり視界に飛び込みました。取り落としそうになった金時いもをあわててつかまえて口に入れた時、スノウはその場にくぎづけになってしまったのです。

 『北極の氷、消滅の危機!』

 『地球水びたしの日、迫る!』

大きな、黒々とした文字が、紙面いっぱいにおどっていました。

 

 スノウの目に、いつか見たことのある、灰色の風景がよみがえりました。ほかほかと幸せな時間の裏側に、目をそむけてはならない景色が.あったのでしょうか..。


 世界がこれ以上変わってしまったら..。人々が、失いかけているものに気づくことがないとしたら..。

 

その日から、冬の塔のだんろの火は消えました。スノウは、暗く冷えびえとした塔の中に閉じこもり、ゆり椅子の上で、ただひたすらにお祈りを続けるばかりでした。

 

「清らかなる冬が、終わることなく続きますように。

世界が、これ以上温まってしまいませんように..」

 

 春分も近いというのに、毎日しんしんと雪が降り続きます。空は灰色の雲におおわれ、草の種は雪の下で眠り続けて、家々からは人々のため息だけが聞こえるのです。


 けわしい顔をした王様と、氷のように心を閉ざした冬の女王,それから,季節のあずま屋で彼女を待ちわびる春の女王。三者の間を行きつ戻りつしながら、心配のあまり、バシリスクの大きな目玉は、渦巻きのようにいつもぐるぐると回りっぱなしでした。


 「冬の女王様、どうか、季節のあずま屋へお出ましを」

 「いいえ。この世界を守るために、冬を終わらせてはならないのです、とこしえに....」

 果てしのないやり取りは、何度も何度も繰り返されました。


 そうしてある日のこと、バシリスクが、金色の巻き物をたずさえてまた姿を現しました。

 「冬の女王様。王様のお言葉でございます」

 青ざめた顔を上げ、ふるえる手で巻き物を受けとると、スノウはそれをほんの少しだけ開きました。その瞬間、太く重々しい王様の文字はひらひらと宙に舞い上がり、五線紙から抜け出した音符のように、王様の声を奏でるのです。

 

『冬の女王よ。元気にしておるか?

 真っ暗な塔の中は、寒かろう。

 もう一度、よく考えるのだ。

 季節をとどこおりなく巡らせることが、女王の大 切なつとめではないのかね?』


 スノウは、涙ぐみました。深くうつむいたまま、巻き物を前に進めることができません。時間までが、凍りついてしまったかのようでした。


 それでも、ぴくりとも動かずに、いつまでもこちらを見つめているバシリスクの祈るようなまなざしを思い、スノウは巻き物を広げました。

 少しぎざぎざの、かわいらしい文字が舞い上がります。


『親愛なる冬の女王さま。

 お出ましを、お待ちしています。

 春まつりのために、お花をいっぱいつみたいです。みんなで大きな花かざりをつくって、王さまときせつの女王さまがたにささげます』


 スノウの口もとが、少しだけほころびました。バシリスクも、思わずほほえみました。


『スノウよ。..少しだけ、もう少しだけ、人間たちに時間を与えてみてはどうだろう』

 

 王様の声が、静かに響きわたります。


 長い間、じっと考え続けていたスノウは、やがて、顔を上げて、ゆっくりと椅子から立ち上がりました。

 「おお、冬の女王様!」

 

 そして、今度は喜びのあまり目玉をぐるぐる回しながら、メッセンジャーはあっという間に、光の点となって消えました。

 「王様、春の到来でございます!」

               ─終わり─

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