襲撃
「___っ!!撃て!!射撃を許可する!」
主人の素早い指示が下りる。動揺してほんの少しの時間、海兵がもたついたのが青年に与えられた時間だ。
銃を構えられる前に竹筒に仕込んだ毒針を服の中から取り出し、海兵の首元を狙う。
「がっ」
少しずれたが足掻くような声が聞こえた。
青年に毒針の当たった海兵の行く末を見届ける時間はない。毒といっても軽いもの。死ぬことはないだろう。
海兵は2人、まだ一人残っている上に主人を含めた商人たちは自分たちの武器を取り戻そうとテーブルに走っている。その一人に竹筒を投げて転ばす。
仲間の商人の一人が派手な音を立てて転んで、気を取られている内に青年は更にポケットから小型のナイフを取り出す。片手に5本ワイヤーのような細い糸に繋がれてもう片手に5本。片方の五本を他の商人のアキレスけんに向かって投げる。「ぐっ」「ぎゃっ」「いたっ」悲鳴が3つ聞こえた。
後の二つがストンと船をつなぎとめる木でできた杭に刺さる音が聞こえた。
主人と他2人の商人仲間が走っているのが見える。海兵は杭に刺さったナイフから伸びるワイヤーに足を取られてこけた。それに引っ張られ、手元の2本のナイフが落ちる。衝撃で指を切ったが気にしている場合ではない。残った三本を走っている3人に投げる。「ああっ」「くそっ」一人のふくらはぎに当たった。もう一人のアキレスけんに当たった。飛び込んで武器を取ろうとした二人の商人は他の商人の足に繋がれたワイヤーにくんっと引き止められ、その場に消沈した。
主人にとんだナイフは宙を切り、テーブルに置かれた銃をはじいた。主人の銃を掴みかけた手が弾けるように引いた。
初めにすっころんだ商人が起き上がって隣の銃に手を掛けたところを滑り落ちて地面に転がっている2本のナイフを素早く投げ、その銃もはじき、もう1本は商人の足の関節に食い込み、声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
青年は走りながら奴隷契約書の場所を思い出す。主人が手を伸ばす前にワイヤーがついていない小刀を記憶を頼りに投げ、契約書をテーブルに固定する。ひとまずはこれでいい。
主人がナイフを抜こうとしている隙にカギを奪う。もう小道具など必要のないくらい、距離は縮まっている。カギを片手に握りながらそのままテーブルの上をかけて主人にとびかかる。
抜かれかけたナイフは青年が主人を蹴飛ばした衝撃でやっと抜けた。
青年の顔が喜びにあふれる
やった。やっと。やっと抜け出すことが…
ぱんぱんぱんっ
青年にはそれがスローモーションのように見えた。
音も、背中に当たる衝撃もすべてが長い時間をかけて進められた。
喜ぶには気が早かったのだろうか、そんな後悔を顔に滲ませながら音のなった方へ振り向く。
暗くなっていく視界の中、海兵の鉄砲の筒から出る煙がゆらゆらと揺れているのだけがはっきりと見えた。