白兎
しばらく進み。街のようなものが遠くに見えてきた。
まだ米粒のように小さく見えるが街の真ん中に突き出た城のような建物が見える。
あれが青年たちの目的地だ。
「見えたぞ!!王都だ!!」
仲間の商人たちが喜びの声を上げた
青年も少なからず喜んだ。商人たちに気づかれない程度の喜びを表情に出して喜んだ。
王都までは距離にして約6キロほど、そこに着くまでに王都を囲むように大きな海に繋がる川が流れている
そこで商人と青年は国の船に乗る。
船では検問も兼ねていて商人たちはあらゆる書類の提出、荷物検査の協力に応じなければならない
そのための準備を主人の商人が出発の何日も前からやっていた
そしてその時から青年の計画も準備されていた
その川こそ青年の奴隷生活を抜け出すための千載一遇のチャンスだ
「おい、なんだこいつ」
少し先で仲間の商人の不思議そうな怪訝そうな声が聞こえた
主人を含めた何人かが声の方に向かい、遅れて青年もある程度の距離を保って場所に向かった
商人たちが取り囲んでいて何かは見えないが、みんなかがんで下を見ていることから自分たちよりずっと小さい何かを見つけたようだ
何かは知らないが、そんなものどうでもいいだろう。
青年が後ろでそんなことを思っていると商人たちの声に紛れて少年のような泣き声が聞こえてきた
商人が見つけたのはまさか小さな子供だろうか、青年が少し首を伸ばして見てみると隙間からは真っ赤な皮膚がちらりと見える。
皮を剥がされたようなひどい姿だ。奴隷の子が捨てられたのだろうか。気の毒だ。
きっとこんな砂地の日差しがかんかんに照った日はひどくその傷が痛むだろう。
青年の背負った荷物の中にはそれを治す薬や包帯も入っているがもちろんそれを使うわけにはいかない。
主人や商人仲間たちがその子を気の毒に思い、治療してやるというのなら話は別だが、そんなわけがない。
それは青年自身が十分に分かっていた。
「おい。どうした。何を泣いている。」
商人のからかうようなわざとらしい声が聞こえる。ちっとも心配してやいない。
知ってか知らずか少年の声は正直にしゃっくりをこらえながら答える。
「はい。実はわたくし、海の向こうに見える小さな島から来たものでございます。見えますか?あそこの小さな島です」
青年には見えないが少年が指さしたと思われる方角に商人の首が面白いほど揃って向いた
そこには確かに遠過ぎて霞がかかり、見えるか見えないかほどの小さな島があった
少年の声はそこからはるばる来たという。その過程で一体何があればこんな傷を負うのか。
商人の疑問よりも、青年は子供の声のくせに下衆のじじいみたいな話し方をするんだな。とそっちばかり気になっていた。
少年の言葉が続ける。
「はい。それで、わたくしはあの小さな島から一度出てみたくなりまして。しかしあのような小さな島。渡る船などございません。」
「ほう、それで、如何にして渡ってきたと?」
「はい。そこでわたくしは海にいるサメをだまして海を渡ろうと考えたのです。わたくしの島にはわたくしの仲間が大勢暮らしております。その仲間たちの数とサメたちの数と。どっちが多いいか勝負しようと持ち掛けたのでございます。サメたちを一列に並ばせ、その上をわたくしが渡り歩くことで数を数えるという名目で。」
少年の声に一区切りがついたとたん、商人たちは大笑いした
「こりゃ滑稽だ!とんだ悪知恵をもってやがる!」
「はははっ違いない!」
一方青年の方はさっぱり意味が分からず。呆然と耳を傾けていた。
確かに悪知恵が働くガキだ。だましてばれて、それで皮を剥がされては自業自得だろう。
ただ、はて。いくら身軽な子供といえどサメの上をそうぽんぽんと跳ねていけるものか。
あんな小さな島にそうそう沢山の人が住めるとも思えない。
「それで、どうしたんだい?上手く渡れたかい?」
くつくつと笑いを堪えながら主人の声が意地悪そうに聞いた
その姿を見て、上手く渡れたわけがないのに。少年の声がしくしくとまた泣き出した。
「いいえ。いいえ。旅の商人方。この姿を見てお判りでしょう。わたくしの作戦は最後の一匹というところで感ずかれ、皮を剥がされこのような姿にされてしまいました。もう痛くて痛くてたまらないのです。どうか治してはくださいませんか?」
「うむ。それはかわいそうに。だが残念なことに私どもの大切な商売道具を使うわけにもいかない。」
哀れな少年の声に商人たちはくつくつ笑いを堪えながら一生懸命に悩むフリをする。
そして代わりにと「まず、海に近い川の水を汲み、体を洗いなさい。そしてなるべく高い、風当たりがよく日当たりのいい砂地で横になっていなさい。そうすれば一晩で元の姿に戻るだろう。」と嘘八百の治療法を教えてやった
そんなことをすれば傷は治るどころか更にひどくなるというのに純粋で素直な少年の声は「ありがとうございます。ありがとうございます。」と言って海に近い川に向かって走り出した
その背中を見送りながらげらげらと笑っている主人たちの背中を、青年は髪と同じ火のようなな目を鋭くして見つめていた。