悩める古道具屋 -お客様は怨霊です-
香霖堂には様々なお客さんが訪れる。古道具が好きで熱心に商品を見る者もいれば、まったく買い物をする気もなく、ただ世間話をしたいだけの者も訪れる。それでも僕は、この店でずっと店主を続けていくことだろう。そう、たとえどんなことが起きようとも・・・
「急性上気道炎?」
僕はおうむ返しに魔理沙に尋ねる。
「ああ、結構熱も出てるし、数日間は安静に、だそうだ。まあ、萃香と華扇が交代で看病してるから、心配ないんじゃないか」
「ふうん・・・というか、それ、要するに風邪のことだろう?」
「まあな」
うーん、数日前にここに来た時点ですでに辛そうな感じを見せていたけど・・・あれから悪化したのか。流石の博麗の巫女も、風邪にはかなわないということか。
「さて、こんな時に異変が起こったりしたら大変だと思わないか?」
魔理沙はニヤニヤ笑いながら僕の方を見る。
「そういう縁起でもないことを言うもんじゃないよ」
僕は呆れ顔で魔理沙に言う。
「何言ってんだ、幻想郷の異変は、この霧雨魔理沙も解決しているんだぜ」
「そういう問題じゃなくてだね・・・」
「ねーえ」
店の奥から呼ぶ声が聞こえる。
「ちょっとこれ、私の一存じゃあ決められないよ。このまま予定通りにやったら、使う人自身が大ダメージ受けちゃうかも」
「あー、悪いな、ちょっと待っててくれるか。それまで時計のほうの修理頼んだ」
「りょうかーい」
店の奥では、魔理沙の持ち込んだ道具をにとりがいじくりまわしている。
「・・・本当に、ミニ八卦炉の改造をさせる気かい?」
「改造というか、アップデート?いやグレードアップってやつか?まあいいや、より使いやすく、より強力になるっていうんだからやってもらうべきだろ」
「・・・やっぱり少し残念だな。僕の努力が無駄になってしまうよ。色々考えて作ったのに」
「まあまあ、にとりは基本的な所はいじらないって言ってるぜ」
「・・・どうだろう」
とにかく好奇心旺盛な種族である河童のその言葉、信頼できるものなのだろうか。
「それに、改造代としていくら請求されるか」
「その点は心配ないぜ。大量のキュウリで二つ返事でOKだ」
「・・・下道の菜園の奴か」
「そう、真兵衛のおすそ分けがいーっぱいな」
自分で用意した奴じゃないのか。まったく・・・
「ところで、霊夢に弟子入り志願しようとしたあいつ、相当上達が早いって慧音が言ってたな。もちろん、基本からきちんと順番にやってるそうだ」
へえ、あの子、真面目にやってるようじゃないか。
「結界術だけじゃなく、弾幕の才能も光るものがあるってさ。もっとも、実戦ではコントロールが効かないから、まだまだこれかららしいけどな」
「そのうち、彼女もしっかり異変解決に協力してくれるといいね」
「おいおい、私たちの役割が減るのはちょっと勘弁してほしいぜ」
ふいに、バァン!という物凄い音を立てて扉が開いた。
真っ黒い長髪に、白装束を着た少女が入ってくる。
「いらっしゃい。扉はもう少し易しく開けて・・・」
「・・・」
少女は僕の言葉には答えず、後ろをぱっと振り返り、さらに顔をこちらに向けなおすと、僕と魔理沙の顔を見回した。
「どうかしたのかい?何か―」
「香霖!」
魔理沙が血相を変えて、僕の服の袖を物凄い勢いで引っ張った。
「うわっ、ちょ・・・」
「にとり!逃げ・・・」
「させないよ!」
少女の鋭い声が店内に響いた直後、僕の右足に激痛が走った。
「ぐうっ・・・」
何かの妖術か、呪術の類かはわからないが、とにかくその少女の攻撃を受けたということは理解できた。
「おい大丈夫か!しっかりしろ!」
魔理沙の必死な声が僕の耳に響く。
「まずは動けなくしよ」
少女はそう呟くと、魔理沙にすっと腕を向けた。
「やべっ」
次の瞬間、少女の腕から光線のようなものが発せられた。
魔理沙は辛うじてそれは避けたが、バランスを崩し、思い切り転倒した。
「ぐはぁっ・・・」
魔理沙の顔が苦痛で歪む。
「魔理沙!」
足を引きずりながら、僕は魔理沙に近づいた。
「畜生・・・足、捻っちまった。いてて・・・」
くそ、魔理沙も満足に動けなくなってしまったか。しかし、一体何なんだあの少女は。
「なんだよもう、うるさいな・・・」
今頃になって、にとりが奥からのそのそと戻ってきた。
「動くな」
少女はにとりをジロリと睨み付けた。殺気の籠った鋭い眼差しである。
「何だお前!」
にとりは相手に向かって勇敢にも・・・いや、今思い返せば非常に間抜けにも思える言葉を吐いた。
「馬鹿野郎!そいつ・・・」
「ひゅい!?」
魔理沙の声を聞いたにとりが、そちらに目を向けた刹那・・・
バヒュ、という乾いた音が少女の腕から発せられた。その腕の先に向けられていたにとりの体が吹っ飛んだ。
「にとりー!!」
魔理沙が絶叫した。天井近くまで浮き上がったにとりの体は、床に物凄い勢いで叩きつけられ、大きな音を立てる。床に横たわったにとりの小柄な体は、僅かにピクピクと痙攣したものの、その後は微動だにしなくなった。
「てめぇ・・・」
魔理沙が目に涙を浮かべながら少女を睨んだ。
「はい、大人しくしてて。ああはなりたくないっしょ?」
少女は僕たちの顔を交互に見ながら言う。
「くっそ・・・ミニ八卦炉が手元にあれば」
魔理沙が呟く。・・・まいったな、万事休すか。
「あそこか!」
「香霖堂だ!」
店の外から数人の怒鳴り声が微かに聞こえた。少女はその声に反応すると、舌打ちしながら言う。
「ちっ、来るの早すぎ」
少女は店の扉の前に行くと、外に向かって大音声を上げた。
「こっちには人質がいるぞー!もうすでに一人やった!もう二人も消されたい?嫌だったら絶対に来るな!」
「素直に成仏すりゃいいだろ・・・お前」
魔理沙が少女を睨み付けながら言う。
「ふん。あたしはまだ消えたくない。ここは楽園って聞いたからさ。だったら居させてもらっても―」
「ちゃんとルールは守ったらどうだ?」
「ヤだね。ここであたしは思いっきり楽しみたいのさ。なのにいきなり強制成仏させられるってどーいうこと?」
「何が楽しみたいだよ・・・邪気をプンプンさせやがって。・・・ここに来るまでに何やらかした?」
「妖精の乱れ撃ちぐらいしか出来なかった。辻斬りは、最初の一人が未遂で終わり。あーあ、巫女がすぐそばに居なかったらもっとやれたんだけど」
「馬鹿じゃねぇの」
魔理沙は軽蔑の籠った声で少女に言う。
「はっきり言ってやろうか?お前みたいな怨霊は、他人に悪影響しか与えないんだよ」
「何とでもほざいてなさい。あんたらも用済みになったら逝かせてあげる」
僕はしばらく彼女らのやり取りを聞いていたが、どうやらこの子はとんでもない怨霊らしい。確かに冷静になってみると、彼女からはドス黒い負のオーラがひしひしと伝わってくる。魔理沙は、この子が店に入ってきた直後にすぐ感づいたようだが・・・。
香霖堂の外には、立て籠もりとなったことで、容易に手出しは不可能となった退治屋たちが相談していた。皆、一様に不安の表情を浮かべている。
「中の様子はどうだ?」
「分からん、下手に近づけないからな」
「どうしましょう?早苗さん」
皆の視線が、一斉に東風谷早苗に向けられる。
「非常に不本意ですが、私たちはとりあえず待つしかないでしょう。人質の安全が分からない今、下手に動かないほうがいいと思います。あの怨霊が、何か要求してくる可能性もありますから」
早苗はそう言うと、ちらりと真兵衛が去った方向を見た。
(『外堀を埋める』って言ってたけど、間に合うかな)
怨霊の少女は、僕たち二人の顔をちらちら見ながら、薄ら笑いを浮かべている。
「さあて、別に人質は一人でもいいしなー、それじゃあ・・・」
少女は僕の顔を見、次に負傷した僕の右足を見る。
「痛い?なあ痛いかこれ?きゃはは」
不快な笑い声を上げながら僕を見下ろす少女は、まるで悪鬼のような表情になっている。
「もう一本も、同じようにしよっか?つんつん」
ニタニタ笑いつつ、僕の左足を指で押す少女。体から嫌な汗がどっと出る感覚が強まった。
「それとも、右のこれ、根元からちょん切るか?痛みで意識が飛んで、逆に楽になるぞー」
「・・・お前、死ねよ」
魔理沙がぼそりと呟いた。
「とっとと消えろ!くたばれ!外道が!」
魔理沙は涙目になりながら喚いたが、その顔の横を一筋の光線が通り過ぎた。一瞬で魔理沙の顔が白くなる。
「・・・うっさいからあんたから殺すわ。えーっと、せっかくだしー」
少女はきょろきょろと辺りを見回していたが、ふいに魔理沙の箒を掴むと、こちらに戻ってきた。
「・・・これ誰の?」
「私のだよ」
魔理沙は少女を睨みながら言う。
「あんた魔女?」
「ああ」
「で?普段どんな道具使ってんの?これ以外に」
「さあな」
次の瞬間、僕の脳天に思い切り魔理沙の箒が振り下ろされた。
「香霖!」
魔理沙が叫ぶ。箒だから致命傷にはならないのだが・・・不意打ちは相当きついものがある。
「あんたの道具、どこにあんの?」
少女は魔理沙にもう一度質問した。
「・・・」
「やっぱお兄さんから殺ろうかなー?足はもういいや、次は腕、首は最後に取っといてー」
「よせ!」
魔理沙が少女に向かって叫ぶ。
「・・・殺すなら、私からにしろ」
「魔理沙!・・・僕はどうなってもいい。彼女だけは―」
「はいはーい、そこまで」
少女は僕にじっと顔を近づける。
「いい男だねえ、あんた。でもあたし、最後はどっちも生かす気ないから」
怨霊の少女は冷たく僕に言い放った。
「この野郎・・・」
魔理沙は赤くなった目で少女を睨み付けている。
くそ、なんとかして魔理沙だけでも助けてやらないと。何とか―何でもいい、何とか手は無いものか。・・・この状況を打開する手が何か、一つでも・・・。
香霖堂の外では、退治屋たちが心配と焦りの表情を浮かべている。
「参ったな、あれから動きが無い」
「中の人たちは大丈夫でしょうか・・・」
「皆さん、落ち着いて下さい!」
口々に言う退治屋たちを早苗は一喝した。
「・・・あと少しの辛抱ですから」
彼女はひたすら、ただ時が経つのを待っていた。
(もう少し・・・もう少しだけ持ちこたえて下さい。)
「ほらほら、さっさと道具の場所教えて」
少女はヘラヘラ笑いながら魔理沙に問う。
「これ以上痛い思いしたくないでしょ、早く早く早く!」
ゆっくり持ち上げられていく少女の腕は、僕の胸の方に狙いを定めているようである。
駄目だ、このままじゃ・・・
「・・・あそこの奥の、テーブルの上にある奴」
ふいに魔理沙が口を開いた。目は少女を睨んだままである。
「オッケー、オッケー」
少女は僕たちの様子を何度も、ちらちらと伺いつつ、奥へゆっくり歩いていく。
「変な動きしたら、体に風穴が開くよー」
少女は僕たちに向かってそう叫ぶ。・・・少しぐらい隙を見せてほしいものだ。だが、この少女の性格からして、こちらが妙な動きを見せた時点で、ためらいもなく致命傷を負わせてくるだろう。
少女はにとりがいじっていたミニ八卦炉を手に取り、こちらに戻ってきた。
「ふうん・・・これが」
くそ・・・あれが魔理沙の手元にあれば・・・
「なんかビームみたいなのが出るのか?へー」
少女は物珍しそうに八卦炉を見ている。
・・・やはりここは隙を見て、思い切り飛びかかれば・・・僕は駄目だけど魔理沙だけなら逃げられるかも―
「香霖」
「?」
魔理沙が少女に悟られないような、蚊のなくような声で言う。
「こんな状況で・・・ごめんな・・・」
魔理沙は僕の手を握ると、何故か微かな笑顔を浮かべた。
「・・・?」
僕に語り掛ける魔理沙の声が、何故だかとても心に響くような気がした。
「ずっと前から私、お前の」
「ぐげぇぇええええええぇぇぇぇえええええぇぇぇえええ!!!!」
突如、物凄い呻き声と共に、怨霊の少女は立ったまま苦悶し始めた。
「な、何だ」
魔理沙が思わずビクンと体を震わせる。
「一体何が・・・あっ!」
怨霊は手にミニ八卦炉を持ったまま激しく悶えている。もしや・・・。僕は直感した。
「にとりの改造だ!!」
「え!?」
「さっき言ってただろ?使う人がダメージを受けるとかなんとか―多分それだ!」
これ以上考えている暇は無い。とにかく今がチャンスだ。怨霊の少女の自由が効かなくなったこの時しか―
「魔理沙!外のみんなを呼んで!早く!」
「でも香霖・・・」
魔理沙は倒れているにとりの方を見る。
「いいから早く!僕に任せろ!」
「おう!」
魔理沙は痛む足を引きずりながら扉の近くまで行き、大声を上げた。
「助けてくれ!!」
魔理沙の怒鳴り声に近い救いの言葉が、外の退治屋たちの元に届いた。
「みんな来てくれ!今がチャンスだ早く!」
「来ましたね」
―この時を待っていた。早苗はグッと祓い棒を握りしめた。
「突入しますよ、いいですか!?」
「おう!」
退治屋たちは、一斉に香霖堂に向かって突進した。
僕は倒れているにとりを引きずるようにしながら、必死に扉のほうに向かっていた。
足が猛烈に痛い。意識がある本人が聞いたら怒るだろうが、異常に重く感じる。意識の無い人―いや彼女は河童か―というものは、意識のある者より運ぶのが大変だとは理解していたが、こんなにも辛いものだろうか。
「うぐぐぐぐうう・・・ぐうう・・・待て・・・この」
まずい。怨霊の意識がこっちに。狙いを定められたら終わりだ。
「しぃいねぇ!!」
怨霊の少女の腕が僕の体に向けられる。くっ、これまでか。・・・反射的に目をグッと閉じる。
「・・・ぐぅえッ」
攻撃は飛んで来なかった。呆気ない断末魔が一言、その後怨霊の少女の体は一気に霧の如く薄くなり、跡形もなく消え去った。ほぼ同時に、扉の外から、守矢神社の巫女が勢いよく中に入ってきた。
「怨霊、たいさーん!!!!」
早苗の高らかな声が香霖堂内に響いた。
「ふひー、マジで死ぬかと思った」
「僕も、寿命が相当縮んだ感覚があるね・・・」
「・・・大変でしたね。二人とも。でも、怪我も大したことが無くて良かった・・・」
早苗が安堵の表情で言う。
「ああ、でもこれも、ある意味にとりのおかげだよ」
「だな」
魔理沙が苦笑する。
「にとりさんが?どうしてですか?」
早苗はきょとんとした表情になった。
「にとりがミニ八卦炉を改造していたおかげだよ。自分にダメージがいく状態になってたらしい。それであの怨霊は自爆したんだ」
「それが無ければ、私たちは・・・あれ」
怨霊が落としたミニ八卦炉を見た魔理沙の顔色が変わった。一体どうしたんだろう。
「どうしたんだい?」
「これ・・・よく見ると手が付けられてないぞ」
「何だって?」
僕は魔理沙からミニ八卦炉を受け取った。・・・確かに、全然、改造する前の奴じゃないか。
「あの時、にとりはまだ八卦炉の構図を見ていただけで、改造までは取り掛かっていなかったんだ」
「おいおい、それじゃ一体何だったんだよ、あの怨霊が苦しんだ原因は」
「ああ、それならきっと・・・」
「見事なり!」
後ろから早苗に声が浴びせられる。
「御苦労であった。守矢の[[rb:風祝 > かぜほうり]]」
パチパチと手を鳴らしながら、下道真兵衛が歩み寄ってきた。
「真兵衛!いたのかよ」
「災難であったな、ダンナ、霧雨の嬢ちゃん」
「そうか、君の呪術だったのかい?」
「左様。最初から、彼奴には遠くから呪いの術は掛けていた。即効性のあるものが一番だったが、距離が在りすぎて失敗する可能性もあったからな。仕方なく時限式で発動する他なかった。ただ、ここに逃げ込んだのは計算外であった」
「その後なんとか時間稼ぎさえ出来れば、自然に行動不能になりますからね。ただ、あの怨霊は情け容赦ない性格でしたから―」
早苗の顔が暗くなった。
「あれは真に恐ろしい奴だ」
真兵衛が真顔で呟く。
「妖精を無差別に襲撃、その後に人里へ逃走。最悪の事態を覚悟した。だが、偶然其方が里に居たのが幸いであった」
真兵衛が早苗の方を見る。
「ええ、なんとか襲われそうになった人は庇いましたけど・・・あの様子だと何人も殺る気は満々でしたね」
怨霊は辻斬りうんぬん言ってたが、止めたのは早苗だったのか。だが、もしもその場に早苗がいなかったとしたら・・・
「・・・想像したくねぇ」
魔理沙が青い顔で呟いた。
「ここに籠った後も、人質を連れて逃走する恐れもあった。そこで、私は香霖堂の周囲一帯を封鎖するように結界を掛けに行っていたというわけだ」
真兵衛が香霖堂の周辺を見回すようにしながら言う。
なるほど、用意周到だな。・・・もっともあの怨霊の場合、あのまま時間が経ってたら人質を盾に、なんて回りくどい事はせず、そのまま確実に僕たち二人とも殺めていただろうけど。
「妖精たちのほうはどうなっている?」
真兵衛は早苗に顔を向けて尋ねる。
「そちらは神奈子様と諏訪子様がすでに」
「かたじけないな。二柱にも感謝せねば」
「永遠亭と病景様が大変でしょうけど・・・」
早苗が苦笑しながら言う。
前にも大量に負傷者が運ばれたからなあ。・・・どうやらまた呼び出しを食らったようだな、あの癒しの神様は。
「みなさーん、立て籠もり事件と聞いて飛んできましたー」
遙か遠くから聞き覚えのある声がする。・・・うわぁまいったな。一難去ってまた一難か。
「むぅ、天狗連中のお出ましか」
「やだな、流石の私も今日の取材は勘弁してほしいぜ・・・」
魔理沙が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「まあ、いつものことですけどね」
早苗も苦笑いを浮かべている。・・・まったく、こっちの事情も考えてほしいな。
「某はお暇させてもらう。手柄は全て其方に譲るぞ、風祝」
真兵衛は早口で早苗に告げる。
「ええっ、それはいくらなんでも・・・」
早苗は困惑した表情を見せるが、真兵衛は構わず背を向けた。
「待ってくださいよ、ちょっと・・・」
「天狗はどうにも苦手だ」
真兵衛は足早に去っていく。・・・よっぽど嫌なんだな。あの事件の影響もあるんだろうけど。
香霖堂立て籠もり事件から日が経ち、僕たち自身の足の傷が癒えてきたところで、ようやく永遠亭ににとりをお見舞いに行ける事が可能になった。
「ひゅい・・・二人とも、ありがとう。感謝してもしきれないよ」
ベッドに横たわったにとりは、疲れた顔で僕たちに言う。怨霊の攻撃を食らった影響は大きいらしく、もうしばらくは入院が必要だという。
「良かったな、本当に。一時はどうなる事かと思ったぜ」
「ああ、本当に良かった」
後で永琳から聞いたことだが、あれは河童―というより妖怪―であったから良かったものの、人間がもろに直撃を受けていたら助からなかったらしい。それを聞いて魔理沙は顔を白くしていた。ちなみに、妖怪と人間のハーフの僕の場合は助かるそうだ。こういう場合はやはり、妖怪の血の影響が強く出るのだろう。
永遠亭からの帰り道、僕と魔理沙は奇妙な会話をしていた。
「なあ魔理沙」
「ん?何だ?」
「あの時・・・」
そう、まさしくあの時。怨霊が苦しみ出す直前、魔理沙が何か言いかけていたような・・・
「あの時って、どの時だ?」
「・・・」
「香霖!」
「・・・あ、ごめん」
「何だよ、質問しておいてボーっとして。何の話だよ?」
「いや・・・何でもない」
これ以上あの嫌な事件の事は、なるべく思い出したくは無かった。あの迷惑な客のせいで、店内の修理にいくらかかったか・・・幸い道具に被害があまり無かったのは助かったけど。
「なあ香霖」
「ん?何だい?」
「あの時・・・」
「あの時って、どの時だい?」
「・・・メチャクチャ格好良かったぜ」
「はい?」
「あの立て籠もりの時だよ」
「・・・そう」
「何だよそれ!その態度は!」
魔理沙が声を荒げる。
「少しは喜ぶなり、感謝するなりしろよ!」
「ごめん、あんまり思い出したくないよ、もうこりごりだ。あの事件」
「あーそうかよ。ったくもう」
魔理沙はぷいっと横を向いてしまった。しまった、もう少し気を遣ってやるべきだったか・・・
香霖堂には様々なお客さんが訪れる。常連さんもいれば、中には二度と来てほしくない者も訪れる。それでも僕は、この店でずっと店主を続けていくことだろう。たとえどんな事が起きようとも、だ。ここに来るのを楽しみにしている人たちは大勢いる。僕はそんな人たちの笑顔を見るのが大好きだからだ。




