プロローグ 本の世界
私はあまり本が好きではない。
理由など考える必要もないくらい、理解するのは容易かった。視界を囲む沢山の本棚。点々と本棚の間に埋め込まれた色とりどりの扉。塔を成すように上へと伸びるこの世界は、無数の本棚と扉の国だったからだ。
私は本棚から取り出した数冊の本を机に降ろした。慣れた重さから腕が解放される。埃っぽく、嗅ぎ慣れた紙の古びた匂いが鼻を擽る。
記憶にない位ずっと前からこの匂いに囲まれて育ってきたはずなのに、未だに不満に思えるのが不思議な程に。
本のページに空いた僅かな隙間に指を滑り入れ、重いページの束を持ち上げた。繊細な手付きで描かれた一輪の薄紅色の花の栞を本から引き抜いて、柔らかい長椅子に寝転がる。少しの間、丁度良い体勢を探した後、栞を抜いた本を手に取り文章を読み進めた。
この世界にある本は、自伝のような本が多い。
ある時は病弱な王子の物語。
またある時は誇り高い老練騎士の物語。
そしてまたある時は、しがない村娘の物語。
どの本の世界も、此処とは全く違うものだった。
水の世界、洞窟の世界。
様々な物や人が、宙に浮く世界。
眩い光の世界もあれば、漆黒の闇に閉ざされた世界もあった。
私は新しい本を読む度に、憧憬と羨望の念に駆られた。
新しい刺激。
移り変わる風景。
人々の楽しそうな生活。
幾日と時間が流れようと何も変わらないこの世界に比べれば、酷く魅力的に思えた。
本から目を離し、高い高い本の羅列を見上げた。視界に映るのはいつもの本の世界だった。
うんざりした気持ちで長椅子から身体を持ち上げて周りを見回したものの、まだ先生は帰ってきていないようだ。長いため息をついた後、もう一度長椅子に寝転がり、宙を仰いだ。
「ああ、退屈ですね」
私はいつものように一人、そう呟いた。
初めての投稿です。多分これだけだと意味不明だと思います。
ちょっとずつ更新していく予定なので、興味があれば目を通してくれると幸いです。