絵描き少年と恋する彼
なぜ僕の部屋は汚いと言われるのか。
疑問に思い見回してみるが、埃どころか家具も布団しかない。ただ、かつては白く滑らかだった壁に、色とりどりの絵画が描かれているだけだ。この部屋の何が汚いのか、さっぱりわからない。壁に触れても絵の具が指につくことはないし、この絵画だってまともな風景画しか描いていないのだ。
白く神々しく光る山々や、どこまでも広がる草原をいきいきと走る動物たちや、ゆくゆく変幻してゆく夜明け空や、冷たく怪しく神秘的な海底や……。
なにか汚いだろうか?
僕は必死に考えても答えを見つけられず、仕方なく目の前の彼に訊ねる。「なにが汚いんだい?」
「決まっているじゃないか。」彼はぐるりと部屋を一瞥すると、言い放った。「君のこの素晴らしい絵が、羨ましい。君の感じる美しい風景が羨ましい。こんなに羨ましがらせて、この部屋は僕の心を汚すんだ! 汚いじゃないか!」
彼は、ガタンと音を立てて、星空が描かれた扉を開いて出ていって、バタンと勢いよく閉めた。僕はただそれを、呆然と見送るだけだ。
そして、寂しげな声が、扉の向こうから聞こえてくる。
「綺麗すぎるんだ。僕には、これはただの汚物なんだ。勘弁しておくれよ……でも、ずっと見ていたくなる。ずっとずっと眺めて、その絵たちに浸りたくなる。それで、また羨ましくなるんだ。汚れていくんだ。ねぇ、君はどうしてそんなに醜い絵を描くんだい?」
僕は、扉をそっと開けて、彼をまた招き入れる。そうして、「そうだね……君の心を汚すためだよ。僕は、もっと素晴らしい絵を描きたいんだ。そして君に羨ましがってほしい。どうだい?」と、問いかけた。
彼は目を白黒させて、顔を青白くさせて、とうとう怒り出した。壁をじっと見つめてから、僕をキッと睨んで答える。「もう嫌だ。君とはやっていられないよ! ……他の絵も見せておくれ。」
部屋の中に溢れかえった沢山の色彩を、こぼさないよう大切に救い上げているみたいに、彼はじっくりと飽きもせずに部屋中を見回している。僕は、彼に嫌われていると知りながら、静かに笑みをこぼした。
「気に入ってくれて、ありがとう」
「君に感謝される筋合いはないよっ!」
むきになっているように言い返す彼を、穢すため。そして、なによりも、僕がしたいことだから。
僕は今日も、彼にきつく睨まれながら、嬉しさに震える手で筆を取った。