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勇者は魔王に負けました

作者: 茅野

その世界には人々の平和を脅かす魔族という種族が存在していた。

魔族は例外なく好戦的だと言われている。

しかも魔族には鍛えられた兵士でも歯が立たない。

万が一魔族達が街に襲いかかってきたら、人々はなすすべもなく怯え逃げ惑うしかなかった。


魔族達に対抗する各国が疲弊しきったそんな時、一人の勇者が立ち上がった。

勇者の剣術は何百もの魔族を凪ぎ払う力を、勇者の魔法は何千もの魔族を消し去る力を持っていた。

人々は皆、彼に期待した。彼ならこの状況を打開し、魔族の王「魔王」を倒してくれるだろうと。




「さすがは魔王、ですね。」


床に片方の膝をつき、勇者は薄く笑う。身体からは魔力も殆ど感じられない。

紆余曲折を経て魔王の城にたどり着いた勇者は魔王に戦いを挑んだ。勇者と魔王の戦いは三日三晩続いた。


その勇者の視線の先には黒髪の愛らしい少女が立っていた。少女は勇者を無表情に見下ろす。


「人間にしてはなかなかやるな。だが、もう手は尽きたと見える。」


しかしその幼い容姿に油断してはいけない。

彼女は勇者を追い詰めた張本人の魔王なのだ。

魔王の背丈よりも大きな重斧を先程まで軽々と振り回していたとは思えない華奢な容姿だが、間違いなく『魔王』の位を持つ魔族だった。


もう大した反撃が出来そうもない勇者に魔王の興味は既に失われていた。

代わりに、勇者との激戦で破壊された城の修復にかかる予算と勇者に半殺しにされた側近達への言い訳を考え始めていた。


「そうでしょうか。私の目的は貴女を倒すことではありませんよ?」


「ほう…ならばどうするのだ。」


しかしここで出た意外な勇者の言葉に、側近達の小言を如何にしてかわすかシミュレートしていた魔王はもう一度意識を勇者に向けた。


瞬間、勇者は魔王との距離を縮める。

魔王はそれを目で捉えていたが、勇者から殺気や悪意を感じなかったため、彼の行動を止めなかった。何より、魔王は彼が何をするつもりなのか少々興味を持った。

魔王の前に膝まずき、魔王の手を握った勇者は言った。


「魔王様好きです。俺と結婚してください。」


こうして、三日三晩続いた激しい闘いは勇者が魔王にプロポーズすることで終わりを迎えた。


勇者は元々魔王や魔族と争う気はなかった。

魔王にプロポーズするほどだから当然だろう。

それなら何故彼が勇者を名乗っていたのかと言うと『その方が旅をする上で都合が良いから』だ。

勇者を名乗ると各国から資金援助がされ、国境を越えることも容易になる。利用できるものは利用し、目的を達成するというのが勇者の考えだった。


魔王城から遠く離れた各国が勇者に騙されていたことを知るのはまだ先になりそうだが、知ったとしても、自分達より格上の勇者に報復することは難しいだろう。

何より天下の魔王のお膝元にいるのだから直接文句を言うことも叶わない。大人しく泣き寝入りするか、精々新たに勇者を仕立て担ぎ上げるぐらいしか方法はない。


そもそも魔族達が人々を襲うことは極稀で、各国が魔族の仕業としていたものは本当は人間同士の争いであることが殆どだった。

自分達と違う種族の仕業にすることで各国は国民の非難の眼を反らすよう仕向けていたのだ。


どちらにせよ魔王のことが好きな勇者には関係のないことだが。




魔王にプロポーズした勇者はというと毎日足しげく魔王城に通っていた。

勇者に太刀打ちできる肝心の魔王は、勇者の行動を言っても聞かないのだから仕方ないと半ば諦めていた。


最初は勇者と衝突していた魔族達も城は破壊されるばかりで勇者が城内に侵入するのは阻止できないため、勇者の入城は早々に黙認されるようになった。一人の魔族を除いては。


「いい加減にしろ!魔王様はお前と違ってご多忙なのだぞ!」


魔王の執務室に居座る勇者に側近が怒鳴る。

執務室の家具は基本的に先代の魔王から譲り受けたものだ。

小柄な魔王には大きすぎるものもあるが、致し方ない。踏み台などを利用して使用していた。魔王の椅子にも高さを重増しするためのクッションがあるのだが、勇者の膝に乗せられた今は不要だった。

魔王は腰に巻き付く腕に多少の動きにくさを感じつつも勇者の存在を無視するように黙々と書類を捌いていく。

しかし、その様子が魔王を崇拝する側近には我慢ならないらしい。


「魔王様との逢瀬を邪魔する気ですか?消しますよ?」


「貴様こそ魔王様の視界から金輪際消してくれるわ。」


魔王を挟んで勇者と側近が言い争う姿は最早日常の光景になっていた。そして、魔王がその間で書類を捌くのも。


「二人共邪魔をするなら出ていって良いぞ。」


遂に暴力的な手段を取ろうとした二人を魔王が冷静に収める。冷静になった二人は気まずそうに口をつぐむ。

二人が物理的な争いは起こすと城がまた破壊され、決済前の書類が飛び、魔王の仕事がもっと増えてしまうからである。

魔王に迷惑をかけることは二人の本望ではなかった。


大人しくなった二人を魔王はチラリと見る。


「この書類を終えたら休憩しようと思うが、勇者よ、大人しく待てるか?」


「全く自信がありません。」


「ならば帰れ。」


「冗談ですよ。お茶とお菓子の用意を頼んできましょうか。」


「ああ、頼む。」


魔王とお茶ができると機嫌を直した勇者はそう言って部屋から出ていった。いつの間にか魔王のお茶の準備は勇者がするようになっていた。しかも魔王の好みを把握している優秀っぷりである。


次に魔王は側近の名を呼ぶ。


「そなたも一度休んでくるといい。」


「はい。」


魔王が勇者と側近ができるだけ争わないよう気を遣っていることは側近にもわかった。

同時に、本来魔王を助ける立場の自分がと申し訳なく思う。

側近は勇者が戻って来るまでに執務室を退室する。


側近は思う。魔王から勇者を何としても引き離さなくてはと。




「で、私に勇者を誘惑しろって?」


そうして側近が声をかけたのは、同じく側近の女だった。

豊満な体、それを引き立てる露出度の高い服装は妖艶な雰囲気を醸し出す。彼女の種族は異性を拐かすことに長けており、皆その習性に見合った容姿を持っていた。


女は机に頬杖を付いて側近の話を聞いていたのだが、何故だかそれが行儀悪く見えず様になっていた。

彼女が頬杖を付く机には先程彼女付きのメイドが用意した紅茶と菓子があった。


「勇者の矛先がお前に向けば、自ずと奴は魔王様から離れるだろう。」


「無理だと思うけどねぇ。」


側近の言葉に女はいまいち乗り気ではないようだった。

女は勇者と魔王が戦った直後から勇者を城に出入りすることを黙認していた。

その理由を問い質したこともあったが、いつもはぐらかされ答えを聴くことができたことはない。


「何故だ。あの勇者の好みが若い女だからか?」


魔王は人間界では子供と認識されるだろう幼い容姿をしていた。

勇者が幼女趣味なのではないかと側近は疑っている。

それが本当ならば尚更、一刻も早く魔王から勇者を引き離さなければならない。


「なにその言い方!私がオバサンみたいじゃない!」


しかし女の琴線に触れたのは若いという言葉だった。

実際、女は魔王よりも年上だった。

しかし、女の容姿は充分若く、側近はそこまで敏感に反応する必要はないと思っている。


「事実だろう。」


「言ったわね。」


女に年齢の話は禁句だというのにこの男は悪びれることなく平然とそれをやってのける。

側近としては優秀なのだが、こういった感情の機微には疎いのは難点だ。

女の視線は側近を射殺さんばかりにきついものだったが、側近はどこ吹く風である。


「わかったわ。彼を惹き付けてあげる。」


暫し睨み合った後、目を閉じた女は椅子にもたれ掛かり深く息を吐く。

プライドを刺激された女は側近の策に乗っても良いかもしれないと意見を改めた。


「ただし、それでどんな結果になっても文句は言わないでよ。それで、責任と後始末は貴方がやること。」


「今の状況以上に最悪なことなどないだろう。」


側近は鼻で笑い、女の提案に肯定の意志を示した。




「勇者さん少し良いかしら?」


側近の女は魔王の元へ行こうとする勇者を引き留めた。


「すみません。今忙しいので。」


勇者は立ち止まることなく、女に視線を向けることなく女に冷たくそう言った。

勇者にとって魔王以上に優先すべき事柄はない。

例えそれが魔王自ら選んだ側近だったとしても。


「あらそう?魔王様に関わることなんだけど。」


「伺いましょう。」


魔王という言葉に素早く反応し、向き直った勇者に『貴方のそういうところ嫌いじゃないわ』と女は笑った。




その後も勇者は相変わらず魔王の元に通い、魔王を構い、側近と争い過ごしていた。

ところが同時に側近の女と一緒にいたという目撃情報も出てくるようになった。

女が計画通り勇者の気を引いていることは明白だった。


「今日は二人で庭園で茶会をしているそうですよ。」


「そうか。」


人間達にとって魔王城はおどろおどろしいイメージがあるようだが、構造は人間の城とそう変わらず、花が植えられていたり、城内に光を取り込めるよう工夫されていたりする。

庭園は茶会の場所として特に人気が高く、誰かしらが茶会を開いていることも多い。


「これで奴が此処に来ることも止めたら、静かになって良いのですけどね。」


「そうだな。」


側近の女に注意を向けている割に、魔王と勇者の一緒にいる時間は以前と変わらない。

早く魔王から離れれば良いのにと思うが、それももう暫くで実現されることになるだろう。

もう少しの我慢である。


「散歩をしてくる。」


書類が一段落したところで、魔王は椅子から立ち上がった。

相変わらずの無表情だが、朝からずっと事務作業を続けていたので、疲労も溜まっているだろう。

側近も反対する理由はなく、頷いた。


「同行しましょうか?」


「いや、構わない。そなたも休め。」


「かしこまりました。」


人間達が新たな勇者を見つけたという情報はなく、魔王を襲う危険分子はいない。

城内の散歩程度にわざわざ護衛は必要ないだろう。

万一襲ってきたとしても魔王なら難なく一人で返り討ちにするだろうが。




特に目的を決めるでもなくフラフラと渡り廊下を歩いていると、中庭を挟んだ向こう側に勇者とメイドの姿を見つける。

あのメイドは確か側近の女付きだ。

細やかなところまでしっかりとやる仕事振りは側近の女からの評価も高く、可憐な容姿から密かに彼女を狙っている男も多いと聞く。


メイドは勇者に包みを渡すと足早に去っていった。

勇者はその包みを大事そうに持っていた。


魔王の姿を見つけた勇者は蕩けるような笑顔になって魔王に駆け寄った。

一方の魔王は随分前から足が止まっていた。


「あの娘が好きなのか?」


勇者が傍に来るなり、魔王は勇者に訊ねた。


「魔王様?」


「妾にはもう飽きたのか?」


いつもと変わらない無表情の魔王だが、口振りから様子の違う彼女に勇者は目を丸くする。


先程のメイドや側近の女は容姿も美しく、勇者と並ぶととてもお似合いに見えた。

勇者と魔王ではどう頑張っても大人と子供のようにしかならない。


勇者が他の女といるという話を側近から聞く度に、仕方がないという諦めと、あの告白はそんな軽いものだったのかという怒りが入り交じりなんとも言えない気分になった。

しかし、そんなことを側近に打ち明ける訳にもいかず、悶々とする日々が続いていた。


「魔王様、俺が好きなのは魔王様だけです。他の人なんてどうでも良いんです。」


小柄な魔王に目線を合わせるため屈んだ勇者は微笑みながら言った。


「だが、今日は茶会に誘われたのだろう?」

「彼女が昔の魔王様のことを教えてくれると言ったので。このお菓子は魔王様が好きそうだったので、余った分をいただいたんです。」


そう言って勇者は先程メイドから受け取った包みを魔王に見せた。

包みの中には魔王が好きな果物を使った焼き菓子が入っていた。


そこで、魔王は全て自分の勘違いだったことを知った。


「さて、魔王様、今日のお仕事はもう御済みですか。」


勇者は魔王をひょいと抱き上げると、訊ねた。


魔王は残っている仕事について思い出す。近々締め切りの書類は全て終わらせており、今日はこのまま仕事を切り上げても何ら問題はなかった。


「ああ」


「ではお部屋でお茶でも如何でしょうか?」


「貰った菓子も付くか?」


「勿論。」


「ならばその誘い、受けよう。」


ふと執務室で待っているだろう側近に連絡が必要かと思ったが、まあいいかと諦める。

今は側近よりも勇者を優先したい気分だった。

魔王の答えに満足した勇者は魔王を抱き上げたまま、魔王の私室へと迷うことなく歩いていった。




側近の計画は勇者の想いが魔王へ一方通行だということを前提にしたものだった。

しかし側近の予想は外れており、実は魔王も勇者を少なからず想っていた。

魔王が勇者の好きなようにさせていたのは諦めもあったが、好きなようにさせても嫌悪を抱かなかったことも大きい。


側近の女に事のあらましを聞いた側近はショックで三日間寝込んでしまった。

その間も魔王の執務室で甲斐甲斐しく魔王の世話焼く勇者の姿が目撃されていた。

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