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6 結局のところ自己満足

 愛利は連休前半を実家で、自身の男色説否定プレゼンに浪費した。父や誠人は、一応は納得したようだが、実物を見るまでは疑いの目を向けられるのは避けられないようだ。こんなことを言われた。

「兄ちゃん、夏休みには会わせてくれるよね?」

「父さん楽しみだなぁ、脚の綺麗な子だといいな」

「あなたの趣味は聞いてないわよ、愛利が連れて来るなら大丈夫よ。しっかりしているもの」

 何か、ハードルを上げられた気がする。愛利自身もその娘の事を知らないというのに。



 五月二日、名目上の学校行事である放生会(ほうじょうえ)だ。その実質は、河川清掃のボランティアだ。ゴールデンウィークの真ん中に好き好んで参加する生徒は少ない。ほとんどが生徒会、学級委員、内申加点が欲しい生徒、これは愛利も含まれる。総勢三十人程度だった。生徒会主催行事なので、先生の引率はないが地域の大人が一緒に行う。元々寺の行事だから、臨海含む、お坊さんたちも居る。


 大半の生徒の分担は、大人が草刈り機で刈った草を集める作業か、ゴミ拾いだ。その中にあいつは居た、なぜか。ゴミ袋片手に安土や矢裂と談笑していた。

「あ、トシ!帰省中って聞いたけど?」

 さも当たり前のように混じっているが、分かるように説明して欲しい。そのつもりで、安土を見るが、人の悪い笑顔を浮かべるだけだ。

「……在川、何でここに居るんだ?」

「えー、言わなかったっけ?うちも龍善の生徒だよ」

「生徒会になにも言われないのか、その恰好」

 ちなみ格好は、他が学校指定ジャージ、タオルを頭に巻くなどの中、在川は黒のツナギ、ワークキャップだ。

「定時制の生徒会には何も言われないよ?いつも似たような作業服で来るし」

「…………え。今なんて」

 今、とても個人的に重大なこと在川が言わなかっただろうか。定時制、と。

「ん?作業服で来るって」

「そうじゃなくて、在川は定時制だったのか?」

「うん。ふっふ、これでも社会人なんだー。国民健康保険も払ってるし、どうだっ!大人だろ!」

「バンドの人か何かかと思ってた、ごめん。誤解してた。自立しているんだな、国民健康保険はともかく」

 国保は誰でも入れる、在川の就職先は保険組合とか入っていないというと、従業員少なそうだ。まったく業種が予測できない。

「な、なんかバカにされた気がするーっ!ザッキー、代わりに言い返してくんない?!」

「いや、うーん。俺からすれば二人とも大人だよね」

 矢裂はフォローしつつ、一番大人の対応を見せた。在川はブツブツ文句を垂れた。

 こういうやりとりが小学生並みだから、親でもないのに務まっているのか心配になってしまう。大丈夫なのか、親はこんな子いきなり社会に出して。

 コピー取りは子供でも出来そうだと思うが、脳内の在川のイメージにやらせてみた所、ポップな動きをするコピー機が大量に紙を吐きだして横で在川は爆笑している。

「なんかトシ今失礼なこと考えたな」

「なにーエロい事?」

 安土が急にぶっ込んで来た。何をいいだすのだ、と。

「安土先輩、熱中症ですか?それとも先輩が考えたんですか?リコさんの」

「甘いな皆上、そんなこといつも考えているさ。そして、リコ本人に会うとリミットブレイクだよ。羨ましかったら、作ってみなよー、リア充ツラー」

「そうだ、そうだー、なんなら一押しが居るんだけど」

「……懲りてない、だと?!」

 話を聞かない奴だとは思っていたが、文香を巻き込むなと口を酸っぱくしたつもりだった。なぜ幼馴染の恋人候補として自分に固執するんだろうか。「友人の○○ちゃんが××くんのこと好きなんだってー」は九割九部失敗するのに。現実として小学生女子社会の牽制の意味合いのが強い。

「ああ、あれ?好きな人とかいう奴?」

「そうだよ」

「なぁ、トシ。現実見ようよ、ちょっと妄想が入ってんじゃない?遠くの親戚より近くの他人っていうじゃん」

「すまない、なにがいいたいのか、さっぱりわからない」

 用法がおかしくて。高根の花より身近な野の花とか言いたかったんだろうが、黙殺しよう決めた。

 言った本人は本人で、どこが間違っているのか分かっていない。あれ?と言いながら左右見まわしている。安土も矢裂も、犬が自分のしっぽでじゃれている姿を見るような微笑ましい目をしていた。

「な、なんだよ!えーっと、そう!あれだ、絵に描いた餅!」

 まともな用法だった。しかも、的を得ていた。ついでに、愛利の精神的急所を射抜いた。実現性が薄いことが一番のアキレス腱である。


「……はぁ、もう僕の話はいいだろ。それより、ちゃんと合宿調べて読んだ?その後、変なことはないか?」

 これ以上、その話題を在川と話すのは堪える。少々強引な話題転換をした。

「あ、なんだよ!肉般若って?!マジ怖かった!あんなのが押し寄せて来るの?!」

「なにそれ、こわー。和製バイオハザード?」

「先輩、ゲームのバイオは日本発祥です」

 ゾンビほど押し寄せては来ないと思う。バイオ談義を始める安土と矢裂は置いてといた。

「般若本人がくるわけじゃないけど、自宅に強引に押し入ろうとしたり、なんかしらの方法を使って入った場合、居座ったり私物を物色されるかもしれない。郵便物は毎日回収してる?」

「え?う、うん。なんで?」

「ああいうのは一種のストーカーだからね。郵便物は個人情報の宝庫。空けたあととか、不自然はなかった?」

「今のトコはないや。なんでトシそんなこと知ってんの?ストーカーやったことあるとか?まさかなー」

 思わぬところから、不意打ちで切り掛られた気がする。

「……」

 限りなく近いところまでしていた。

 ストーカーとは申告罪、被害者の訴えありき。とはいえ、愛利は複雑だ。嫌がる素振りがあれば引こうと思っているものの、人が良過ぎるとそれすら表に出さないことも考えられる。その懸念はしている。

「え、なんで黙るの?」

 言い返せばいいものを、と思う。しかし、在川は的確に現実を突き付けた。

「……在川くんはすごいね、皆上が撃沈させられてる……肉般若十体位は撃退できそう」

「なんでだ?!いや、肉般若は無理だよ!てか、トシはなんで撃沈してんだよ」

「……結構ズタボロに言ってくれるよな、お前」

「えぇ?うそ、ごめん。よくKYって言われるんだけど、そんなだった?」

 悪気はないんだろうし、素直なので、憎めないところがある。

「正直というか、ストレートというか……。在川だったらどう思う?よく知らない他人に身元調べられたら」

「キモい」

 即答。最も、想定の範囲内だ。

「…………そうだね」

 在川に反対意見を言われたからとて、やめようとは思わない。否定的な言葉も聞いておきたかった。暴走しそうになったらブレーキになってくれると思う。だが、キモいは酷い。

「あっ……いや、でもうち、探偵ごっこしようと思って、同じ駅に降りた人の尾行はしたことあるよ!五分で飽きたけど」

 それはフォローのつもりか。

「いや、大丈夫だって!ちょっとぐらいストーカーの気があったって友達やめないから。むしろ更生の機会だと思って、フーコとかどう?」

「結局そこに戻ってくるのか」


 しゃべりながら、実は清掃作業していた。話に集中していたので、清掃する範囲を大分越えていたのだが、誰も指摘してはくれなかった。気が付いたら、他の生徒の姿が小さい。

 河川清掃が一段落し、ホタルの幼虫、カワニナの放流になる。バケツに入った巻貝を撒くだけなのだが。見た目は円錐の小石のようなので、感慨も何もない。

「放生会って思ってたより地味だな」

「昔は池に亀とか放してたらしいよー、でも亀ばっか多くてもねぇ?」

「ホタルもどうよ、てか、ホタルって小さいとき貝なの?」

 現代っ子の発想である。水族館で刺身や切り身の魚が泳いでいるのを想像しそうだ。

「それはホタルの餌。ホタルの幼虫はこっち」

 矢裂がプラスチックの昆虫の飼育ケースを持って来た。中には刺々しい黒い芋虫がいた。

「え、デカくない?ホタルってこんなもんじゃない?」

 在川が親指と人差し指でCを作って聞いた。

「そうだね、成虫になると消化器官がなくなるから、小さい方が燃費がいいんじゃない?成虫したら寿命が短いし」

 矢裂が答えた。

「そっか。それ放してもいい?」

「いいよ、そ~っとね」

「ほーい」

 ケースを受け取ると、蓋を開けてダイレクトに手掴みした。しばらくじっと見た後、川底へ放した。

「火垂るの恩返し……!」

 在川はニヤリとほくそ笑んで、幼虫を放ったあたりを見つめた。

「ジブリか?それ、混ぜちゃだめだろ。泣き所が全然違う作品なのに……」

「成虫したホタルに恩返しする余裕ないと思うよー」

「それよりも、人工繁殖でぬくぬく育ったホタルが急に自然環境に放たれて、恩を感じるかな」

「言ってみただけなのに、総ツッコミされた……夢のない奴らだな、もー。いいよいいよ、うちは勝手に恩返しに来るの期待するもん」


 放すものが無くなったので、道具を片して終了になった。草刈り機やゴミ袋を満載した軽トラが、愛利達の横にゆったりと停まる。運転席から臨海が顔を出した。

「やぁ、御苦労さま」

「臨海さん、お疲れ様です」

 愛利と矢裂、安土が答える。

「どうも。……で、誰?」

「おや?」

 しばし在川を見た臨海は、一旦矢裂にアイコンタクトを送った。すると、矢裂は小さく首を左右に振り、NO、あるいは分からないというジェスチャーをした。

「ええと、こちらは龍善寺のお坊さんで臨海さん。で、こちらは定時一年の在川くん」

 臨海は再び、在川をまじまじと見た。様子が変だ。

「ちょ、和尚さん見過ぎ。うちの顔なんかついてる?」

 さすがに居た溜まれなくなったようだ。

「あ、ああいやぁ、ごめんね。このとおり頭剃らないといけないから、髪型がうらやましくてね」

 我に返った臨海はこう言ったが、髪ではなく顔をよく見ていた。

「なんだ、こういう頭の和尚さんてファンキーで良いと思うよ」

「一応戒律だからねぇ、思うだけにしておくよ。在川、さんだね。よろしく」

「よろしく。うち在川弥尋」


「ごめん、俺ちょっと臨海さんと話したい事あるから、先に行ってて」

 矢裂が言った。またネット動画の相談だろうか、この組み合わせは。

「あ、俺もちょっと聞きたいー、皆上達は先に行ってなよ」

 安土も残るようだ。

「じゃあ先に行ってます」

 昼食抜きのまま昼下がりまで無料奉仕は、育ち盛りには厳しい。

「あ、皆上君」

 臨海が引き留めた。この人、実は話好きらしい。

「はい?」

「この間は脅かしたけど、きっとうまく行くと思うよ」

「はぁ、ありがとうございます……?」

 臨海は引き留めた詫びを言って、今度こそ寮に足を向けた。


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