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5 標的に自覚はない

 臨海の説教はかなり堪えた、精神的に。二次元のキャラを愛するかのような状態だったことを諭されて、愛利も気を引き締める。相手はリアルの人だ、迷惑と言われたらすっぱり諦めようと決めた。腐っても善良なことが美徳だと思っている。

 そして、次の手掛かりを手に入れる事ができた。定時制であれば、入学式の時間も違う。バイト先に現れたのが二十一時前後なのも符合する。あの後、姿を見せないことの理由はよくわからないが。


「まぁ、頑張って。なにかあったらまた相談に乗るよ。若いっていいねぇ……面白い話が聞けて楽しかったよ」

「いいえ、すみません。時間を取って貰った上、有り難いお話を……」

「あはは、ごめんね。説教臭かったかな、ちなみに経験則だから役に立つと思うよ。じゃあまた」

「肝に銘じときます、ありがとうございました」

 そうして、なんとなくすっきりとした気分で臨海と別れた。


 いつも休日にシフトを入れてしまうので、通帳の記帳だとか、コンビニにない雑誌や日用品を買ったりしていたら、すっかり日が傾いていた。大型のドラッグストアや本屋があるのは、国道沿い。寮や学校は駅を挟んで反対側だ。

 いつもは使わない道を通る。少し迂回になるが、あまり人通りのない道で、荷物を持って人を避けながら歩く分には丁度いい。

 路地を通りかかると、話声がする。場違い過ぎるアニメ声だった。

「うそっ!こんなところにいるなんて!!」

「彼に会えたのは、精霊の導き……かな」

「ううん、私は感じてたよ。こうなる宿命だったって」


 会話の内容がイタい。思わず二度見してしまった。


 路地の奥にいたのは、想像に難くない女が三人だ。愛利がバイトを入れない土日によく見るお嬢さん方だ。

 最初に声の聞こえたキャスケットにスウェット地のパーカーのふくよか。二番目が、メッシュが入った短髪の痩身、最後のが無化粧で残念なゴスロリ。

「あ、見失っちゃう……追いかけましょ」

「そうねっ!それがいいわ」

 三人組は路地の奥へと消えた。


 愛利は何も見なかった、と思い直して先を急ぐ。駅を抜けるには、駅の構内を通るか、南北の線路下の高架を潜るとがあるが、この道で行くなら南線路下が適している。

 線路を越えると住宅街になり、道が細く曲がりくねった道になる。公園を通り抜け、道を一本変える。しばらく進むとコインランドリーの駐車場に屯す七人の男女に思わず歩を止めた。



「増え、てる?」

 誰にも聞こえない程度のつぶやきを漏らす。それは、先ほどの、イタいセリフの三人組に明らかなニューフェイスが加わっていた、いずれも格好は普通だ。成人男性が一人、義務教育卒業程度の男女三人。

 住宅街でも、もちろん浮いていた。会話の聞こえる距離ではないが、ワイワイ言いながらも、誰かの後を追いかけて行動している。見ている傍から、集団で移動を始めた。

 何かこう関わりたくないのは山々だが、愛利は見つけてしまった。彼らの視線の先には、オレンジと群青の混じる空を背景に後ろ姿、最近よく会う赤い頭。


 在川の後ろ三十メートルぐらいを、七人の一団その後ろを愛利が歩いている。追いかけたい訳じゃないが、帰りの順路が同じ道なのだ。だから、カーブミラーのある角を在川が曲がった時に少し迷う。放置するか、否か。広角のミラーは在川を映すが、いつもの不敵とも言える様子が見られない。一言で言うなら、目に見えて、ぎこちない。

 愛利は得心した。在川は尾行に気づいて困っていると見ていいだろう、捨て置くという選択肢はなくなった。おそらく、寮の夕飯には間に合うまい。


「すみません!!」

 例の集団に駆け寄った。それぞれ困惑と、不快感をあらわにした表情を作る。特に、最初の三人は、それどころじゃない、と目が血走っていた。

「な、なんでしょう?」

 新たに加わったまともな格好の女が作り笑いで答える。

「あの、交番ってこの近くにありませんか?」

 愛利は交番という言葉を強調して訊いた。にかわに動きが止まり、動揺が走る。何度か顔を見合わせる。

「実は知り合いの家に行きたいんですけど、道に迷ってしまって。地図アプリを見てたんですが、携帯の電池も切れて、もうどうしようかと……あぁ、そうだ!どなたかバッテリー持ってませんか?そうしたら、目的の家に電話で迎えに来て貰えますし。三パーセントあれば、持つと思います。お時間取らせないんで、お願いします!!」

「え?えぇと……」

 受け答えした女は、一気にまくし立てられて、更に混乱をしたらしく、鞄を探している。他の連中は、協力的とは言い難いが、一応荷物を探すそぶりをみせた。

 普通通りすがりの他人にバッテリーなんか借りようと思わない。そもそも、道を尋ねるのに、交番が駄目ならコンビニで聞いてしまうのが早い。時間稼ぎだ。

「あー電池のあったけど、ガラケー?」

 義務教育卒業程度男性がボディバッグから、充電器を引っ張り出して言った。

「すみません、スマホです。USBのやつはないですか?」

「悪ぃ、自分のしか持ってないや」

「そうですか、すみません。……ああ、日も暮れて来たし、うわぁ、どうしよう……。あんまり遅くなったら機嫌悪くなるなぁ」

 さりげなく時計を見つつ、慌てた様子を見せた。人間、不思議なもので、慌てると相手もそれが感染する。冷静さを欠くと普通の発想が出来なくなる。

「ご、ごめんねぇ。私も持ってないわ」

 私も、と全員がいうと、愛利はわざとらしく肩を落とす。

「どうも、すみません。お時間取らせて……駅に戻れるかなぁ?はぁ……」

「……ってか、さっきコンビニ見たような」

 ぽつりと誰かが言った。そろそろこちらも引き留めるボキャブラリーが苦しくなってきた所だった。

「ホントですか?!どこですか?」

「その角左に曲がって、自販機のある丁字路を右に行って、掲示板のある所の斜めに入る道を行くと大きな道にでるから、それ真っ直ぐの道沿いにあったよ」

「え、と……その角を左で、自販機を斜め……」

「違っ、自販機は右!掲示板を斜め!大きな道に合流して真っ直ぐ」

「ああ、はい、わかりました!角を右で、次が左で、斜めで、真っ直ぐ……合ってます?」

「違うって!左からだっつーの!」

 まるでコントのようだ。わざと間違えるのも難しい。そんなやり取りをして、五分は稼げたと思う。在川早く行け!と念じながら、順序と左右を頭の中で入れ替える。

 最後には、成人男性が根を上げた。

「もう俺帰るし、駅まで行くからコンビニまで連れてってやる。お前、一生辿り着ける気がしねぇ」

 粘り勝ちだ。意図せず笑顔になっている。

「あ、ありがとうございます!!」

 後から加わった男女も、頷きあって帰ると言いだした。例の三人は、しぶった様子だが、観念して後ろについて歩いた。すでに、目的の人物は見失っていたからだ。


 一番話の通じそうな成人男性に純粋な興味から訊いてみた。

「皆さんはどんな集まりなんですか?」

「ん?……オフ会?いや、なんか違うな。まーちょっと、クラスタで来れる人いたら行こうぜってなって」

 集団でストーキングをしていた、と。

「そうだったんですか、折角の集まりなのにお邪魔してすみませんでした」

 すまないとは微塵も思っていない。理由はどうあれ、ネットのノリで迷惑行為をしていたのだから、褒められたものじゃない。今は少し頭が冷えて自分の行動を振り返り、罪悪感が芽生えたらしい。気まずそうに視線を泳がせている。

 そうこうしているうちに、コンビニが見えて来た。

「御親切に案内までしていただいて――」

「もう、礼はいいから。……こっちこそ助かった」

 後半の台詞は、かすかな声だった。成人男性はさっさと駅の方角へ歩いて行ってしまう。そのあとを、そそくさと後から組の男女がついていく。数歩遅れて最初に居た三人がついて行くが、道のカーブで見えるか見えないかのぐらいに、メッシュ痩身が振り返って、こちらを睨んだ気がする。

 車道をヘッドランプが眩しい自動車が通って見えなかった。自動車が通過すると、一行は見えなくなっていた。


 やれやれ、と思いながら力を抜く。スマホを再起動させる。闘条に、夕飯は間に合わない旨のメールを打ち、送信する。メールを見なくとも、愛利の分の夕飯は確実に闘条の胃に収まる気はする。寮の冷蔵庫に食料が残っていれば良いが。

「トシー!サンキューな!!」

「うわっ?!」

 不意に背後から声がした。変な声が出た上に、慌てて飛び退いてしまった。

「ああ、ゴメン。脅ろかす気はなかったんだよー。いやー、ホント助かったわ。トシ、ありがとな」

 在川だった。

「おまっ……まだその辺ウロウロしてるかも知れないのに、ノコノコ出て来るなよ!折角僕が引き留めた意味がないだろ?」

「えー、もうあきらめたんじゃない?だいたいさ、なんでうちのことつけ回すのかな?カツアゲにしたって、今札一枚もないのにさ」

 在川はヘラヘラと笑いながら、饒舌に話した。

「あの人数だし、ボコボコにされたらと思うと流石に怖いわー。人違いだって言っただけなんだどなー」


 愛利はとある事件のことを思い出していた。その昔、犯人少女が放った言葉があまりにも衝撃的で、ネットで話題になり歌まで出来るほどに有名になった奇妙な事件だ。


――S県○宮。おにいちゃんどいて!そいつ殺せない。


 今は話題に上がることも久しい。しかし、その類いが一切消えたという保証はどこにもない。むしろ、ネットの普及割合から言えばもっと温床が広くなったような気さえする。


 あの三人はその類いの可能性が高い、と愛利は踏んでいる。妙な言動と、無駄な行動力が理由だ。

「在川、ネット使えるよな?」

「はぁ?!バカにしてる?」

「そうじゃない、インフラの話。PCかスマホ、ネットに繋がるよな?免許以外の『合宿所』って検索してよく読んでおいた方がいい」

 愛利は真っ直ぐ在川を見て、深刻さが伝わるように落ち着いた声で言ったつもりだ。

「……え?なんのこと?合宿?」

 在川は、ぽかん、として要領を得ていない。無理もない。話の脈絡が分かり辛いのは承知の上だが、詳細は覚えていなので説明し難い。どういう状況に置かれているのか理解させるには、事例を上げるのが手っ取り早いはず。

「たぶんだけど、あれはまた来ると思う。その対策になるから、調べといて」

「うえー……マジで?わかった、調べる」

 在川は神妙な顔で頷く。

「その頭、どうにかすれば或いは来ないかもしれないけど」

 バンドマンの様なその赤い髪は目立つ。顔も整っているのでサマになる。視界に入ればつい目で追う。つまり、人目を引くのだ。

「……!これはうちのポリシーがあってやってるから、戻さないぞ」

 やっぱりな、と思う。こだわりがなくてその恰好をする理由がない。

「モデルがあるのか、それは?」

「ふふふ、秘密」

 ようやくいつもの在川になった。

「じゃあせめてこれ被って隠しとけ」

 自分のフードの付いたジャケットを在川に被せる。

「ふぎゃ!」

 サイズが大きいらしく、鼻まで隠れて口元しか出ていない。

「意外と小さいな、まぁ良いか。在川の家どこ?九時には寮に帰りたいんだけど……」

「へ?あ、ああ。うん、こっち」

 在川はぶかぶかの上着が落ち着かないのか、フードを掴んだり襟をパタパタさせたりして先を歩きだした。なんだか、弟みたいだ。うっかりすると誠人って言いそうだと思う。

「あ、おい!電柱気をつけなよ、ま……」

 考えている傍から言い間違えた。

「ま?」

「なんでもない」

 程なく、壁面がタイル張りの二階建てアパートに到着した。ドア間隔でワンルームというのが分かる。

「隣のデッカイ家がフーコん家なんだー、遊びに来てもいいぞ。むしろ来い、トシはナイト候補なので許可する」

 前から思っていたが、在川は文香と愛利をくっつけようとしている節がある、というよりあからさま過ぎた。そういうのはさり気なくやってくれ、と思っていた。

「文香さんのことを在川が決めるなっての!あと、僕は脈なしでも好きな人いるから」

「えっ」

「じゃあ、戸締りちゃんとしなよ」


 愛利が去ったあと、アパートの階段で立ち尽くす在川と、それを路上の死角から見つめる目があった。

おにどけ、S県月宮、家は宿でも合宿所でもねえぞ!など、ご存じない方もいらっしゃるかと思うのですが、ググると詳細が分かります。ざっくり言うと「常識のない若者が、赤の他人の所に断りもなく押しかけて狼藉を働く」ことのネットスラングですかね。

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