3 情報があれば勝つる
発起人のスタンスがやってみたかっただけ、というなんともゆる~い合コンは、やはりゆる~い結果をもたらした。
「顔見知りのメル友が増えただけと」
高校生による合コンごっこ、そんな認識だ。
「そんなに焦っているわけでもないし。あの娘を諦めきれてないんだよ、実は……。また現れるのを待つ間、別の人を好きになるのか。慌てて方向決めてしまうのは、なんだかもったいないような気がして。この間の件でそう思った」
結局この件の相談を闘条にしてしまうのは、なんだかんだで解決に向かった実績だろう。山と盛られた廃棄のおにぎりを食う姿をみると、感謝する気がしぼんでいく。
「お前、純愛モノ好きだしな。らしいと思う」
男のキャラ同士の、という事は口を慎んだらしい。教室には他の生徒もいる。会話に入ってくる様子はない。
「それとこれは分けたいんだけどね」
「そうでなければ、友達なんてやってられん。しかし、いつ現れるかわからない相手をいつまでも待てるのか?」
「まぁ、ずっと手を拱いているつもりはないよ」
手元のスマホを少し操作して、写真を表示させる。それを闘条に見せる。
「写真あったのか」
映った姿は、斜め上からの角度で、あまり鮮明とは言えない。見知った人なら本人だと気づく程度の解像度だった。
「うん、店長に無理を言って」
「防犯カメラか。それで、知ってる人はいないかと聞いて回る気か?」
「それこそ、いつになるか分からないよ。あの子が着ていた制服が何かのヒントになると思う。この辺じゃ見掛けない制服だし、学校が分かればかなり絞り込める」
闘条はそうか頑張れと言って、おにぎりの包装を破いた。八つ目だ。愛利は手伝ってくれる気がないのを確認すると、ため息をついた。そこまで手伝って貰うのは虫が良過ぎるかもしれない。学生はいろいろと忙しい。
「皆上~、なんか食べ物ある?」
ガラッと教室の戸が開いて、矢裂が入って来た。
「日切れのおにぎりで良いなら」
明太子を投げると、矢裂は綺麗にキャッチした。何個か聞くと、指三本立てた。高菜とおかかを投げようかと思ったが近づいてきたので、やめる。
「ありがとう!やっぱ、持つべきものはコンビニ店員の友達だね!」
表向き、本当は廃棄を持ち帰ってはいけない。しかし、ゴミを出すのにもお金がかかるため、持ち帰ってくれた方が店自体は得なのである。暗黙の了解だった。
「ホームレスみたいな発言だな」
「酷!ってお前も食ってんじゃん」
矢裂は高菜をそっと戻して、カルビと取り換える。隣の空席から椅子を引いてきて、横に座る。
「次移動だから食べちゃってく」
「C組午後は何だっけ?」
「情報」
PC室は特別教室棟の三階の端で、結構遠い。
「いいね、眠くならなくて」
「寝る奴は寝るって、五林とか。そーいえば、この間の、進展あった?」
明太子を平らげて聞いてくる。
「元よりその気がない」
元より炭水化物にしか興味がない。
「メールするぐらいだよ。今、バイト先の客の娘を探してみようかなって話してたとこ」
「あぁ、なんか先輩が言ってたね」
スマホのホールドを解除して、矢裂に画面を見せる。
「こういう娘なんだけど、心当たりないかな?」
「んー、わかんないわ。……けどさ、こういうの探すんだったらネットとかでやった方が速くね?掲示板とかSNSでこの人探してますって写真付きで書き込んで。まぁ嘘情報とかもあるだろうけど」
腕を組んで片手を顎に添える。考える時はついやっている癖だ。
「ネットで探すのは考えてたんだけどね。写真は拙いんじゃないかと思ってる。肖像権とかはもちろん。勝手に撮られた写真をネットにアップして赤の他人が探してますってのは、やられたら不愉快だよね?」
「そっか、言われてみりゃそーだわ」
「毎度思うが、よくそこまで気が回るな」
「印象にも残らなかった所為かな、悪い印象残したくないんだよ」
苦い経験を思い出し、ぎこちない笑顔になった。
「で、制服から学校を割り出そうという話らしい」
「うん。なんか、偉そうにごめんな。そこまでやり方徹底してるんだったら、出る幕ないわ。でも、力になれる事あったら言えよな」
矢裂もそうだが、アウトドア部の気質はこうなのである。自主的に協力を申し出て、必要以上の事はしない。一言で言うと懐が深い。
「ありがとう、なんかあったら頼むと思う。高菜が余ったら取っておくよ」
「うん、やめてくれ」
「安心しろ、他は全部俺が食う」
ふざけていると、予鈴が鳴った。
早速、学校の特定をするべく、それらしいWEBページをローラー作戦で巡回してみたが、似たような制服は全国各地にある。だが、微妙に違うのだ。
彼女の着ていた制服は、胸に校章ある紺のブレザー、臙脂色の地に白のストライプが入ったリボンタイ、ブルーのタータンチェックのボックスプリーツ。校章は写真では判別できなかった。科捜研とかなら解析出来たりするのだろうが、あいにくそんな伝手はない。
かわいい制服なので、人気があってもいいような気がするのだが、今のところ当たりはなしである。
制服の一部を取り換えていた可能性もある。前世で覚えがあるのだが、あまりにも制服のタイがダサかった場合、放課後など市販のタイに取り換えるのである。しかし、彼女を見たのが入学式の日。新入生ならまずそんな事をしないだろうし、上級生で愛利のように役があるなら尚更きちんと制服を着て来るものだ。
次の手を考える。
「あとは、ネット上の不特定多数に訊くか」
質問系のサイトに特徴を書いてどこの学校か訊ねる。偽装の為に、制服がかわいかったから受験を考えている中学生を演じた。良心が痛んだ。
それから、矢裂の言っていたSNSも試してみようと思い、公開範囲が友人の友人までしか閲覧できない設定にした上で、人探しの旨を添えて制服に見覚えがないか尋ねるコメントを流した。
「今打てる手は全部打ったよな……」
流石に普段やらない方向のネットサーフィンは堪える。
履歴を他人に見られた場合、変な噂が立ちそうで、正直後ろめたい気分だった。なにかこう、精神的に何かを削られる感じが余計に疲れさせる。
検索履歴、キャッシュなどをすべて消去した。そして、お気に入りの作家のHPなどを巡回して、癒された。何か違うだろ、と自覚はあった。
翌朝確認すると、これと言った反応はなく、自作の制服説が浮上した。バラバラに揃えれば同じものになりそうなのだ。
「収穫はあった?」
HR前に矢裂が来て、様子を見に来た。SNSで相互フォローなので、昨夜早速行動したのを知っているのだろう。
「まさか、白昼の往来でコスプレなんてことはない、と信じたいよ」
「それだとなんか残念な娘だなぁ」
「まだ憶測の域を出てないし、根気強く待つよ」
「青春だねぇ」
その日の夕方からバイトが入っていたので、チェックは帰ってからになる。三人のシフトなので、気が楽である。余裕があり来客の少ない時間、ダスターで棚の埃を落としていた。来店のブザーが鳴る。
「いらっしゃいませー」
レジに居るバイトが言ったので鸚鵡返しして、客を見ると在川と文香だった。
「よ、トシ」
「こんばんわっ」
「ああ、いらっしゃい。あれ、バイト先教えたっけ、偶々?」
一年ぐらい勤めているが、二人とも店に来たことはないように思う。
「わたしはこっちの方には来た事がないんですけど、ヤッちゃんが行こうって……」
文香俯いて、耳まで真っ赤になってしまった。
「うちは結構寄るよ。どっかで見たなぁって思ったらさぁ、ここだった!!って思って。ついでにメンタリスト(笑)を冷やかしに行こうぜってフーコ誘ってみた」
「在川、文香さん巻き込むなよ。可哀そうに」
内心、在川が来店してたらすぐ気付きそうなものだが。あんな赤い頭していれば。バンドでもやっていそうだ。
「まぁ、ごゆっくりお買いものをお楽しみください。仕事中だから、あんまりしゃべれないんだ。またメールするよ」
と、話を区切る。二人は各々レジに行くのを見計らい、レジの子に替わって貰う。二人が別々に会計しようとするが、愛利はまとめて自分の携帯の電子マネーで支払ってしまう。二人は驚いた顔をした。
「ポイント貯めてるから気にしないで」
と言って、強引に引き下がらせた。文香は素直に礼を言ったが、在川は文句を言いたげだった。自動ドアが開く所まで行って、後ろを向いたまま小さく礼を言った。
「ツンデレか、お前。またおこしくださいませー」
そのうち、あの合コンごっこの参加者が他にも来るような気がする。
バイトを終え寮に帰宅。廃棄を公共スペースの冷蔵庫に押し込んで、必要分にはマジックで名前を書いておく。名前の入ってないものに関しては、誰かが食べるだろう。余程ハズレじゃなければ残らない。
早々にシャワーを済まして、細々した事をするとすぐに消灯になる。フロアーの公共スペースに全員が並ぶ。ひとりひとり顔を見て点呼する。顔色や表情で体調や悩みがあるようならフォローするのも寮兄の役割だ。
「松代……歯医者予約取ったか?」
さっと松代が青褪める。食事もあんまり取らず、同室の小出が夜中に痛がってると報告があったので、かまを掛けてみた。
「スポーツ特待だろ?歯が悪いと影響あると思うから早めにな」
点呼を終えると、寮長、寮兄が階段に集合して報告、解散となる。月周りで日誌が回って来て報告をまとめる形となる。
寮長が話好きな事もあって雑談が入ると、二三時半になる。もう今日は寝てしまうことにした。ネットの情報収集が気になりはするものの、嫌な方向に憶測が行ってしまったらと気が滅入る。
次の朝、待ち望んでいた反応が返ってきた。質問系サイトは空振りだったが、SNSの方が当たりだった。『NozomiTB』という、文面から察するに男性で、矢裂の友達に登録されていた人物だ。在住も近隣なので、情報が本物である可能性が高い。心当たりがあるとのことだ。すぐに、返事を非公開のメッセージで送る。
『はじめまして、先日質問を投げかけた件にレスいただいてありがとうございます。大変不躾を承知でお願いします。その件に関して詳しいお話を伺いたいと存じますが、直接会ってお話することは可能でしょうか?また、時間帯、場所などご希望がなければこちらで指定させていただきたいと存じます。お返事の程、よろしくお願い致します』
ビジネスメールのようである。相手は社会人かもしれないし、貴重な時間を割いて貰おうとしているので、失礼があってはいけないと考えた。高校生らしくて丁寧さが伝わる文章を打ちなおす方が、面倒だったので、そのまま送信した。