【第8話】
(KAZUYA MIURA)
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和弥とは幼稚園の送迎バスに乗り込む待合場で初めて顔を合わせた。
当時新しく引っ越してきたばかりの和弥を、僕はあちこちに引っ張りまわして遊び相手にしていた。
その頃は近くに空き地や林があって、子供の探検意欲をかき立てた。
小学校に入ってからも和弥とは殆ど毎日遊んでいたが、三年生くらいの頃から二人の身長に差が生じ始め、五年生の夏には十センチの差がついてしまった。
六年生になったばかりのある日曜日、空き地に積み上げられた工事用資材の上で遊んでいた時に、僕は誤って二メートル下に転落しまった。
幸い、右足を亀裂骨折しただけで済んだが、一緒にいた和弥は、女の子を危険な場所に連れて行ったと両親にひどく叱られたらしい。
僕が入院した病室に見舞いに来た和弥とその母親に、僕の母は何度も気にしないでくれと言っていた。
退院も近づいたある日の夕方、和弥が一人で見舞いに来た。
最初、少しだけ気まずい空気が流れたが、僕が誰かの置いていったクッキーの詰め合わせを差し出すと、和弥の顔に何時もの笑顔が戻った。
この時僕は、和弥に自分の真実を話す事を決意した。と言っても、一ヶ月前に診断を受けたばかりの小学生の自分にも、理屈はよく判らなかった。
「そうか、どうりで」
僕が、自分の言葉で性同一性障害の事を話終えた時、和弥は小さく笑ってそう言った。
「どうりで?」
僕は彼の笑顔を見つめた。
「マユと一緒にいると、女といる気がしないんだ。っていうより、そんな男とか女とかなんて感じさせない。だから、今でも平気で一緒に学校にも行くし、一緒に帰るのも何ともない」
小さい頃、男の子に混ざって男言葉を使う少女は必ずいるものだが、そう言った娘達とは何かが違うという事を和弥は気付いていたのだ。
「真夕」の中の同性に引かれた友情が、僕らの間には既に存在していたのかもしれない。
「変だと思わないのか?」
僕は、あまりにもあっさりと事実を受け止める和弥に尋ねた。
あまりのショックで今は平静を装っているが、次に会ったら今までの関係でいられなくなるのではないかと言う不安が頭の中に渦巻いていた。
「そりゃ変だよ」
彼は、さらりと言った。そして「でも、それがマユなんだからしょうがないじゃん」
僕は、和弥の言う「しょうがない」と言う言葉が、とても潔いものに思えた。
「そうなんだよ。しょがないんだよ」
僕は、正面の白い壁を見つめて呟いた。
この時和弥の言った言葉が、その後も僕のFtMに対してのストレスを和らげていたのは事実だ。
「俺は、マユの性格もその容姿も好きだ。心は強いが、身体は女だから弱い。それは俺が守ってやる」
和弥は少しだけ真剣な目をして僕を見た。
「別に、守ってくれなくて大丈夫だよ」
僕は、和弥の視線に少してれながら言った。
「いや、お袋が言ってた。大きくなればなるほど男と女の身体には差が生じる。女の弱い部分は男が守るんだ。って」
「俺は大丈夫だよ」
「うん。俺もそうは思ってる」
辻褄が合ってないと、僕は思わず吹き出してしまった。
「もしも、って事さ」
和弥はそう言って食事用のテーブルを僕のベッドの上に設置して、右腕を差し出した。
どうやら腕相撲をやろうと言うらしい。
昔何度かやったが、和弥には負けたことが無い。
僕も前屈みになって右手を差し出した。
今まで気に止めた事は無かったが、和弥の少し黒い腕と僕の白い腕の色の差が、あからさまに男女の差を表しているように感じた。
「何時でもスタートしていいよ」
和弥が自信に満ちた笑顔で言った。