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【第42話】

「よう!」

 歩道から和弥が声を掛けて片手を上げた。

 今日は夏休みを取った社員の代わりに午前中からスタンドのバイトに入っていた。

 そこへ、和弥が自転車に乗ってやって来たのだ。

「久しぶりだね。部活は?」

「二日間休みなんだ」

「そう。デートでもすればいいのに」

 僕がそう言うと、和弥は少し俯いて笑った。

「お父さん、亡くなったって」

「誰に聞いたの」

「秀雄が電話くれた」

 僕は少し驚いたが、その様子は見せずに「なぁんだ。やっぱり仲良しなんだ」

 そう言って笑うと、和弥もつられるように笑った。

「元気みたいで、安心したよ」

 彼はどうやら、僕の父が亡くなったと聞いて、僕の様子を見にきてくれたらしかった。

「もうすぐお昼休みだから、何処かで食べない」

 僕がそう言うと、彼は笑って肯き、近くにある本屋で待っていると言って、スタンドから立ち去った。

「この前の彼と違うのね」

 理子が何気に声を掛けて笑う。

 彼女は、元カレのあの男が、殺人未遂で捕まった事を知っている。新聞でも、ニュースでもやっていたから。ただ、その刺された相手が秀雄だという事は知らないし、僕はあえて知らせるつもりも無かった。彼女は、もう十分に辛い思いを味わっているから。

「そんなんじゃないから」

 僕はそう言って笑いながらその場を離れると

「いらっしゃいませ」と叫んで、入ってきたお客の給油に駆けつけた。



「お父さんって、会った事無かったんだろ」

 スタンドの近くの洋風レストランに入った僕達は、久しぶりに一緒の食事をした。相変わらず和弥の豪快な食いっぷりは、思わず笑みが零れる。

 彼は、僕の家が母子家庭という事も、父とは会った事が無いことも知っている。いつか僕が話したのだろう。

「まぁね。だから、別に涙は出なかった。ああ、この人が僕のお父さんかって感じで思っただけ」

「ふぅん」

 和弥はその感覚にピンと来ないという顔付きで肯いた。

「彼女とは、どうなの?」

 僕は、話題を変えたくて彼に訊いた。

「まぁ、ぼちぼち」

 和弥はそう言ってアイスコーヒーのストローに口をつける。

「マユの方は?」

「んん、まぁ、ぼちぼち」

 僕は、和弥の真似をして応えた。

「秀雄?それともオープンカーの彼?」

 和弥はさりげなく言ったが、その瞬間は少しだけ、顔が強張っていた。

「まさか…… どっちも男じゃん」

「えっ、じゃぁ…… まさか、女性と?」

「まぁ、そんなとこ。この先どうなるか判んないけど」

 僕はアイスティーの中の氷をストローで転がす。

「へぇー。まぁ、先が判んないのはみんな一緒だろ」

 彼はそう言って笑いながら、タバコを咥えた。

 レストランを出ると、僕はバイトに戻る為に彼の自転車の後に立ち乗りした。

 来る時は歩いたのだから、ほんのすぐ近くなのだが、なんだかそうしたかったのだ。

 スタンドの前で自転車から飛び降りると、僕は和弥に手を振る。

「ありがとう。心配で様子を見に来てくれたんだろ」

 そう言った僕に、彼は少しテレ笑いを浮かべて軽く手を上げると

「暇だったしな」とだけ言って、そのまま自転車で去って行った。


 僕は双子だった事を和弥に話そうと思ったが、とりあえず止めた。なんだか、また彼に寄添ってしまいそうな感じがして、気が引けたのだ。

 もし、誰かに話すとすれば、千夏に話すべきなのかも知れない。しかし…… おそらく彼女には話さないだろう。

 今でも僕は、和弥や秀雄、それと千夏、どちらが同性でどちらが異性なのか混乱してしまう。

 誰もが、同性だから相談できる事、異性だから話せる事、と言うように自分の性別を基準に考える事があると思う。

 しかし僕の場合、メンタルとフィジカルでどちらを基準にするか迷ってしまうのだ。

 学校にいる時は、女子生徒という群れの中の一人として存在している為、そう言う迷いは生じない。

 自然に見た目の違いが性別の違いを意味するからだ。しかし、自由な空間に放たれると、周りと自分の属する位置関係が判らなくなって、迷いが生じる。

 この迷いは、一生消える事は無いだろう。

 それでも、性転換の治療をすると、少しは楽になるのだろうか。




「特に問題はないよ。と言っても、GIDの症状はあるけどね」

 精神分析結果の書類を見て医師は微笑んだ。

 僕は一時間電車に揺られ、以前通った事のあるクリニックを訪れていた。

 父の葬儀から帰って来て間も無く、五年振りでここを訪れた僕は、精神分析テストを受け直したのだ。

「魂が二つ入ってる事とかって、無いですか?」

 僕は診察室で医師に訊いた。自分でも馬鹿げた質問だと思った。

「魂が二つ?」

 彼は怪訝な顔を浮かべて、それでも柔らかな笑顔は崩さない。

「多重人格症状の事を言っているのかな?」

「ええ、まぁ…… そんな感じですかね」

 魂が二つも三つも一人の人間に宿るわけが無い。それ以前に、医学的見解では魂は存在しないのだ。

「検査結果を見る限り、解離性の症状は見られないようだけど、何か心あたりがあるのかい」

 彼は、バインダーで閉じた僕の分析結果のページをパラパラと捲りながら言った。

「あ、いえ。そう言うわけじゃなんです」

 双子の魂が、二人分僕の中にいるのでは…… とは、どうしても訊けなかった。

「本当に、治療を受けなくていいのかい」

 診察室を出るとき、医師が僕に尋ねた。

「ええ、今のところは考えていません。でも、ほんと言うと、自分でも判りません……」

 僕はそう言って笑顔を返した。

「じゃぁ、正式な検査報告書は後で郵送するから」

「はい、お願いします」

 僕は診察室を後にした。

 結局、以前検査した時とあまり変らない結果しか得る事は出来なかった。やはり、医学に頼っても、僕が生まれる事の出来なかった兄の魂かどうかなんて、解るはずがないのだ。そんな事は判っていた。 しかし、どうしても検査を受けておきたかった。

 その結果を聞くことによって、僕が間違いなく正常な一人の個別の人間として存在する事を確認したかったのだ。

 それが、せめてもの、気休めになると思ったから。



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