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【第35話】

 幸い急所が外れていたらしく、秀雄は命に別状が無いと医師から説明を受けた。病院に運び込まれてしばらくした頃、警察が来て犯人を確保した事を告げられた。

 秀雄の容体が回復した頃に事情調書を取りたいので、再び来訪するとの事で、彼のわき腹から抜かれたナイフは、証拠品の凶器として警察が回収していった。

 その後、秀雄の母親が病室に来たので、僕は一端家に帰った。彼の携帯のメモリーから自宅を探して連絡したのだ。

 母親は、何で息子が…… と言ったような困惑した顔で僕の説明する事情をただ黙って聞いていた。



「アイツ、すぐに捕まったらしいよ」

 翌日病院へ行くと、秀雄は顔色も良くなってベッドに横たわったまま雑誌を読んでいた。まだ、起き上がれはしないようだ。

「今朝、警察が来て聞いたよ。あんな危ない奴、当然だ」

 秀雄を刺した男は、屋台の並ぶ駅前通りで僕達を見かけて、ずっとつけて来たらしい。他の二人連れも共謀で捕まったが、秀雄を刺した男は、障害では無く殺人未遂で起訴されるようだ。

 僕は、買ってきた花を、窓際のワゴン式ラックの上に置いて

「でも、よかった。秀雄が死ななくて」

 秀雄は笑って「このぐらいで死んでたまるか」

 病室のドアが再び開く音がして、僕達は同時に振り向いた。

「とりあえず病院の駐車場に停めて来たよ」

 和弥がそう言って病室に入って来た。

「ありがとう」

 僕はそう言って少しだけ微笑んだ。

「バイクの移動、頼んだんだ」

 和弥の顔を見て少し驚いていた秀雄に僕が言った。

 秀雄のバイクを駅前に置きっぱなしには出来ないので、和弥の友人で二輪免許を持っている智弘に移動を頼んだのだ。

「智弘は?お礼言おうと思ったのに」

「ああ、帰ったよ。別に礼なんていいよ。アイツ、CBRに乗れたんで喜んでたから」

 和弥はそう言って笑いながら、バイクのキーを僕に手渡し、それを僕から秀雄に渡した。

「ありがとう」

 秀雄は和弥の方を見て笑った。二人の視線が絡み合うその空間は、他の景色を遮絶したかのように、異様な空気を醸し出す。

「あ、あたし花瓶の水替えてくるから」

 僕は、もっとも手頃な台詞を呟いて、その居た堪れない空間から離脱した。



 流し場で花瓶の水を一端捨てて、水道の蛇口をひねる。ふと、前方の鏡を見ると、そこにいるのは女子高生の刑部真夕だった。

 僕はニッと笑って見せるが、ピンクのリップを塗った唇から覗く白い犬歯と、ビューラーでカールした長めの黒い睫毛に、つい深い溜息をつく。

 別に女になりたくて化粧をするわけではない。この顔をベストの状態にしたいと思うと、つい塗ってしまうのだ。何も塗らないからと言って、この顔が男に見えるわけでもなく、それならいっその事、という具合だ。

 社会適合がどうのと言うよりも、単純にそう思ってしまうのだから仕方が無い。そのくせ、鏡を見て溜息をつく自分がいるのだから、まったく世話がやける。

 両手で花瓶を抱えて病室に入ろうとした時、中から彼らの話し声が聞こえて、僕は思わず足を止めた。まさか喧嘩しているのではと思い、立ち止まって部屋の中から聞こえる声に聞き入る。

「この前、海で会ったよね」

「ああ」

「あのかわいい彼女は元気?」

「まぁ。何とかね」

 なぁんだ、彼女とは上手くいってるのか。

「幻影をいくら追っかけても、抱きしめる事は出来ないと思うよ。彼女は彼女であって、彼女じゃないんだから」

 和弥が少し冷静な声で話している。幻影と呼ぶ彼女とは、どう考えても僕の事だろう。

「なあ和弥、マユの胸って、柔らかくて暖かいんだぜ」

 秀雄の声だ。僕は持っていた花瓶を危うく落っことしそうになった。昨夜、彼の頭を胸に抱かかえた時の事だろう。何もわざわざ和弥に言わなくても…… 僕は一人で頬を紅潮させた。

「ああ、知ってる」

 和弥の少し優越感のある声。

 そして、フッと笑う秀雄の声。

「やっぱりキミも知ってたのか」

「ああ、昔ね」

 奇妙な間はあったが、二人が同時に笑い出した。僕は一瞬その場に立ち竦んだが、笑い声が終わらないうちに病室のドアを開けた。

「ずいぶん仲良しになったんじゃない」

 僕は、そう言いながら、今日買ってきた花を花瓶に生けた。

 ふと手を止めて、青空の向こうに浮かぶ雲の波間に目をやると、手前の窓ガラスに映る3人の姿が見えた。

 ここにいるのは男三人のはずなのに、そこに映っているのはどう見ても二人の男と紅一点……

「まさか、俺達はライバルなんだぜ」

 秀雄の言葉に僕は思わず振り返る。

「ま、そんなとこかもな」

 和弥が笑ってそう言うと「じゃあ、俺は帰るよ」

 と、片手を上げて病室のドアを開けた。

 和弥とまともに会って言葉を交わしたのは、夏休みに入って初めての事だった。僕は何故か少しだけ名残惜しい気持ちで、病室を出て行く彼の背中を見つめた。



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