【第33話】
(HANABI)
夜空に伸び上がる閃光の帯びが上空で炸裂すると、鮮やかな光の花が咲き乱れる。一瞬遅れて爆音が空気を震わせ、身体のシンに響き渡る。運河の水面に映り込んだ空と同じ光の花は、緩やかな流れの波間に消える。
僕は、あまり花火が好きではない。
あの、鮮やかな光のオブジェが夜空を染めて、一瞬で消え入る際の果かなさが、まるで、消えるために光り輝くようで、見ていて切なくなるのだ。
何時もは閑散とした駅周辺の商店街も、屋台の出店が連なり、大勢の人の頭でごった返す。
「花火大会なんて久しぶりに来たよ」
人込みで肩がぶつからないように、右に左に身体を捩りながら歩いた。
今朝、秀雄に誘われて、何となく来た夜のお祭りである、河川の花火大会は何故かとても懐かしい。
僕は、何時から花火が好きではなくなっていたのだろうか。
小さい頃、母親が連れて来てくれた時、既に今と同じ事を感じながら、次々に打ち上がる花火を見つめていたのかもしれない。
「俺も高校に入ってからは初めて来たな。昼間は来た事あるけど」
秀雄は僕の姿が人込みで消えてしまわないか、心配そうにこちらをチラチラと見下ろしながら歩く。 彼と僕の身長差は二十センチくらいあるのだ。
小学生の頃以来で金魚すくいをやってみた。
「お姉ちゃんうまいね」
二匹連続ですくった僕に、テキヤのオヤジが笑った。
秀雄も負けじと金魚をすくう。
「なんか、メダカみたいなのばっかりだな」
そう言って、秀雄は自分の捕獲したオレンジ色の貧弱な金魚を眺めると
「ほら」
そう言って、何気に僕に押し付けた。
金魚の入った小さなビニール袋を二つぶら下げて歩く上空からは、相変わらず花火の炸裂する音が、真夏の星空に響き渡っていた。
「ここからじゃ、ほとんど花火は見えないね」
駅前商店街は、歩道部分がアーケードになっている為、空はあまり見えなかった。もちろん、僕の視界には、それ意外にも人ごみという障害物が立ちはだかる。
「河川沿いに行ってみようか」
秀雄が僕を促した。
僕達は人込みを掻き分けて、屋台が連なる大通りから小道に入って河川に出る。
河川沿いの細い旧道には、花火見物の人垣が出来ていたが、メインの観覧会場に比べれば空いているのだろう。
僕達のいた場所には、小さな古い灯台があった。
昔、商業用航路として盛んに使われたこの運河を照らして、行き交う船を導いていたのだそうだ。
次々に打ち上がった花火の炸裂光は、上空と水面の両方から辺り一面を照らし出して、朽ち果てた古い灯台が、まるでカクテルライトを浴びたように輝く。
「おい、おまえ」
突然、左の後方からドスのきいた低い声が聞こえた。
何かと思い僕達は振り向く。それが僕達に関係のある事だなんて、微塵も思わずに。
男が三人立っているのが見えた。
他の二人の顔は暗がりでよく見えなかったが、真ん中の男の顔は一瞬だったがはっきりと見えた。それは、秀雄に向かって突進するように駆け寄って来たからだ。
その野獣のような顔には見覚えがあった。
「あっ」
僕は声を上げた。
男の右手に、微かに光る刃を確認したからだった。その刃は真っ直ぐ秀雄に向かっているのが判ったが、彼を突き飛ばす暇はなかった。
秀雄の視界からはナイフが見えなかったのか、彼は慌てて避けようとはしなかった。
「ザッ」っと鈍く乾いた音が微かに聞こえた。
「うっ」
秀雄が一瞬うめき声をだす。
男が後退りで秀雄から離れると、彼のわき腹にはナイフが呑みこまれ、柄だけが突き出ていた。