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【第27話】

 もめている2人のうち女性の方は理子だった。

 男の方は彼氏だろうか、車から降りた男性と口論になっているようだ。

 幸い他の客が途切れているが、まずい状況だ。店先で誰かと揉める様子をもし店長にでも見つかったら大変な事になる。

「あれ、平井の彼氏だよ」

 近くにいた坂本が言った。彼もアルバイトだが高校の時から五年もここで働いているので社員並みの仕事をこなす。

「まずいなぁ、あんな男の何処がいいのかね」

 彼は顔を顰めて理子と男の様子を伺っている。

 理子の彼氏は濁ったような色の金髪で、ガッチリした体型の日に焼けた肌を露わに黒いタンクトップを着ていた。どちらかと言うと清楚なリコには不釣合いな男だなと、僕は思った。

 ふと横に止まっているアメ車の大きなバンを見ると、中には派手な化粧をした白いキャミソールの女性がタバコを吸っている。

 目の周りが真っ黒で、睫毛と黒目の境目がここからではよくわからない。

 トラブルの原因はアレらしい。

「止めなくていいんですか」

 僕は坂本に言った。

「止めるって言ってもなぁ……」

 坂本は少し困った顔をした。

 確かに、背丈はあるが何処か弱々しい体つきの坂本が、あの男を相手には出来ないだろう。

「お前、アトピーだからめんどくせぇんだよ」

 濁った金髪の男が大きな声でそう言い放った時、車内の女が「アハハ」と口を大きく開けて笑うのが見え、理子は悲痛な顔で立ち尽くしていた。

 僕はその瞬間、男に走りよって、そのタンクトップに掴みかかった。

 何故だか男の行為に無性に腹が立った。

 いや、本当はあの白いキャミソールの女の方にこそ腹を立てたのかもしれない。

 生まれながらのディスアドバンテージを、誰が好き好んで背負うだろうか。

 それらは本人自身が、日常のどんな時でも一番苦痛に感じているはずだ。

 いきなり僕が掴みかかった男は、熊のように後ろに大きくよろめいた。僕はそのまま小さな拳で男の左頬を殴る。

 低く積んであった古タイヤに足を取られ男は後ろに倒れた。

 僕も一緒に倒れこんで、男に覆い被さるように殴り掛かるが、強い力で後に突き飛ばされた。

 簡単に飛ばされる僕の軽い体と男の力強さに一瞬驚く。

「なんだ、お前!」

 男が立ち上がりながら言った。

「やめて!」

 理子は尻餅をついた僕に掛けより、男との間に入って制した。

「その女がいきなり飛び掛って来たんだろうが」

 男は低い声ですごんで見せた。

 理子は詰め寄る男から僕を守ろうと、僕に覆い被さるように抱える。

 おそらく彼がキレた時の怖さを知っているのかもしれない。

「どけ、おら。俺は男女差別しない主義だから」

 理子を僕から引き剥がすようにして、僕の襟首を男が掴んで引き上げた時、その男の顔は、もはや人間ではなかった。

 日に焼けた黒い顔は、野獣のようにシワを寄せて、開いた瞳孔がギラついていた。

「この女、どういうつもりだ」

 男は必要以上に僕に顔を近づけて言った。

 異様なタバコの臭いがした。

 その時、誰かが横から男に飛び掛って、いきなり手を離された僕は再び尻餅を着く。

 僕は最初、坂本が見かねて助けてくれたのかと思ったが、その飛び掛った後ろ姿はスタンドの制服では無い。

「秀雄!」

 それは、紛れも無く秀雄だった。

 男に馬乗りになって何度も左右の拳を繰り出す。

「てめぇ、女相手に何やってんだ」

 秀雄の怒鳴り声が聞こえる。

 秀雄のあまりの勢いに、僕は立ち上がって彼を止めた。

「もう、いいよ。もう大丈夫だから」

 まるで、吠え盛る犬を宥めるように、僕は秀雄に声を掛ける。

 僕に強く肩を引っ張られて、ようやく秀雄の手が止まる。彼の肩は筋肉の固まりのように硬かった。

「ごめんね、マユ」

 理子が僕に言った。

「こんな男、やめた方がいいよ」

 僕は彼女にそう言って、秀雄の腕を掴んでロビーまで引っ張って言った。ちらりと坂本を見ると、青い顔をしてただ呆然と立ち尽くしていた。

 その時、丁度一般のお客の車が入ってきたのが見えたので、僕は小さく合図して「お客が来たよ」と彼に知らせた。

「何があったんだ」

 秀雄はロビーの椅子に腰掛けると僕に問い掛けた。彼の息は、まだ少しだけ荒く胸を動かしている。

「知らないで、飛び掛ったの?」

 僕は驚いて彼に訊き返す。

「いやぁ、マユのピンチだと思って」

 彼は、乱れた髪をかきあげて笑った。

「スタンドに寄ろうか迷いながらこの道を通ったら、何か揉めてるみたいだったから」

 彼はそう言って、僕の差し出した紙コップのコーヒーを啜った。

 外を見ると、彼のバイクは道路脇に停めたままで、秀雄はあそこから走って来て、そのままあの男に飛び掛ったらしい。

 ロビーの窓からその後の様子を見ていると、理子に助け起こされた金髪の男は、彼女の手を振り払ってアメ車のバンに乗り込むと、大きな音を立ててスタンドの敷地から出て行った。その間、あの助手席にいた白いキャミソールの女は一度も車から降りる事は無かった。

「刑部」

 坂本が僕を呼ぶ声が聞こえて、振り返ると給油レーンが満車になっていた。いくら給油以外のサービスが無いとは言え、一人で駆け回る彼を助けに僕も外へ出て行った。


「お前、喧嘩っぱやいんだな」

 彼のバイクに給油する僕に、秀雄が言った。

「だってさぁ」

「さっきいた、リコさんて人に聞いたよ」

 秀雄は笑って言った。

 彼の視線に、少し照れた僕は思わず、しなくてもいいのにタオルで彼のバイクのミラーを拭いた。

「なぁ、秀雄の学校も試験終わり?」

「いや、明日で終わりだけど」

 さすが、県下一の進学校は試験日も長いのか?

「じゃぁ、明後日海に行かない?」

 僕は、何故秀雄を誘う気になったのか判らない。さっき助けてもらったお礼のつもりなのかもしれない。

 千夏が誰か友達を連れて来ていいと言っていたが、和弥は年下の彼女と上手くいっているみたいだし、特に誘う友達なんていない。

 和弥以外とは、いままで全て上辺だけの付き合いで過ごしてきた気がする。結局、学校内では、男子にも女子にも本気で属する事が出来ないのだ。

「あっ、今日はあたしのおごりにしておくよ。今日のヒーローって事で」

 僕は、財布を出した秀雄にそう言って、掛売りのキーを押した。

 あの男の力で顔を殴られたらどうなっていたのだろう。少しは加減してくれただろうか…… 

 そう思うと、今更ながら、あの野獣の顔が目に浮かんで恐怖が沸き起こり、膝が震えた。



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