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【第24話】

(Happening)

 期末考査も間近と言うのに、僕はガソリンスタンドでアルバイトを始めた。

 ガソリンとオイルの匂いは何故か落ち着く。それはきっと、エンジンが剥き出しのカートもこんな匂いがするからだ。

 裾の広がったキュロットパンツが少々不満ではあるが、ハンバーガーショップよりはマシかもしれない。

 ここは、給油以外のサービスをセルフにしている為、窓拭きや灰皿交換がない。ただガソリンを入れることに集中すればいいのだ。

「刑部さん、洗車手伝って」

 しかし、有料のサービスは他にも色々あるので、当然洗車作業などもこなすが、屋外で働くのも意外と心地いい。

 僕は「ハイ」と笑顔で応えて、洗車作業に加わる。

 僕は週に5日、夕方から夜の9時までバイトに入る。

 土日は日中になる事もあるが、出来るだけ入りたいと店長には伝えてあった。

 土曜日の夕方、この日のシフトがもうすぐ終わる頃、一台のバイクがスタンドに入ってきた。

 真っ赤なカウルに覆われた厳つい猫のような顔をしている。

 バイクのメカニカルな雰囲気は、走る為の意欲を剥き出しにしていて、カートに似ている。

 僕は、「いらっしゃいませ」と大きく叫んでバイクを迎い入れた。

「レギュラー満タン」

 彼の声に大きく笑顔で復唱し、給油口にノズルを差し込んで給油を開始する。

「マユ」

 バイクの彼は、派手な色合いのヘルメットの、スモークシールドを開けて微笑んだ。

 僕は誰なのか判らず、フルフェイスから覗く瞳の笑顔を見つめた。

 明らかに見覚えのあるその瞳。

「ここでバイトしてるんだ」

 秀雄だった。

「うん」

 秀雄に訊かれるまま僕は肯いた。

「あ、もうすぐあがりなんだけど、これから用事?」

 精算をしながら僕は秀雄に言った。



 どうして秀雄を引き止めたのか、自分でもよく判らない。

 ただ、お互いに携帯番号も知らないまま別れるのがとても惜しいように感じたのは確かだ。

「ビックリしたよ。バイクっていうから、原付だと思ってた」

「中古だけどね」

「それでも凄いよ。ピカピカじゃん」

 僕達は近くのコンビニでアイスを買い、その駐車場の隅に腰掛けていた。

「学校には内緒だけどね」

 秀雄はガリガリくんを齧りながら笑って言った。

 空は真夏のような陽射しが照りつけて、腰掛けた駐車場の縁せきが熱かった。

「なあ、明日、ツーリング行かない」

 少しの沈黙が流れた後、彼が言った。

「ツーリング?」

「ああ、二ケツで何処か気晴らしに、走ろうよ」

「いいよ」

 何故か僕は二つ返事でOKした。

 何も考えなかった。

 心が男とか、身体が女とか、そんな事は何も考えずに返事をした。

 そうなんだ。いままでだって、ずっとそうして来た。

 これからも、このまま行こう。

 二人は携帯の番号を交換して別れた。そして僕は、バイト休めるかな…… と考えた。



 幾つかの小さな山を抜けるワインディングコースを小気味良く走る。

 バイクのタンデムシートは目線が高く、座っているのに、自転車で立ち乗りしているようだ。

 カーブが迫ると、秀雄は軽くブレーキを掛けて、シフトダウンする。

 二つの手と二本の足が、エギゾーストの奏でる音のリズムに乗って、バラバラに、しかも正確にそれぞれの仕事をこなす。

 車体をバンクさせてコーナリングするこの乗り物は、遠心力を腰で感じる。

 松島マリンタワーの横を通って国道へ出ると、間も無くお土産屋の軒が連ねる松島海岸へ出る。

 道路を挟んだ反対側の観光桟橋付近では、バスガイドが小さな三角旗を靡かせて観光客を案内している姿や、ひな壇に列をなして記念写真を撮っている集団が見えた。

 交番前のS字カーブを抜けると右手にはJRの駅。左手には寂びれた水族館がある。ここは幼稚園の遠足で来た事がある。

 自由時間で保護者と過ごす時間にも拘らず、うめ組の先生の後を何時までもついて歩いたっけ。

 あんなに大きく見えた水族館の敷地が、やたらと小さく見える。

稼動していないモノレールが、朽ち果てた古時計のように時間を止めていた。



 象牙色の岩肌に力強い松ノ木が茂る孤島の合間を縫うように、遊覧船が水面を掻き分けて進んでいく。

 僕達は海浜公園の海岸に腰を下ろして、青い空の映る水面を眺めていた。

「晴れてよかったね」

 秀雄が自販機で買ってきたアクエリアスを差し出して微笑んだ。

 目の前を、ミニチュアダックスを連れた女性が通り過ぎていく。

 最近僕がつけている、ムスク系の香に反応したのか、犬の鼻がしきりにこちらを向いていた。

「気持ちいいね」

 僕は、受け取ったアクエリアスを飲んで彼に言った。

「マユを後に乗せると走り易いな」

「そう」

「バイクに乗った事あるの?」

 彼の問いに僕はNOと応えた。

 おそらくカートに乗っている為、カーブの進入時にどういう動作がバイクにとって最適なのかが、早い段階で判ったせいだと思う。

「それに、女の子は軽いから楽だよ」

 秀雄はマイルドセブンに火を着けながら、目を細めて言った。

 教習所で教官を乗せて走る時は、後の重量が負担になって操作し難いのだそうだ。それだけ二人乗りは難しい。と言う事を教えられるらしい。

 教官の体重が60キロ以上はあるとして、僕は何を隠そう43キロ。

 それだけ違えば随分感じは違うのだろうと思った。

 僕は、秀雄がくゆらせたタバコの煙を目で追いながら微笑んだ。



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