【第21話】
(Break Out)
火曜日に古書店の早川さんから連絡があった。
カートは現状のまま、タダでくれるそうだ。
僕は早速、カート場へ行き、千夏さんと佐々木さんに話した。佐々木さんが軽トラでカートを家まで運んでくれて、必要な部品を手配してくれた。
純粋な競技用カートの為、エンジンはヤマハ製の100CCを積んでいるらしい。小さいシートもあると聞いて、入れ替える事にした。新しいスリックタイヤも含めて八万円くらいだそうだ。
その他にも、新しいカウルやステアリング、コースにあったスプロケット(駆動ギヤ)。現状でも走るそうだが、きちんとメンテナンスをして走らせた方が良いとの事だ。
これで、援助デートで稼いだお金は殆どなくなってしまった。
濡れたようにしっとりと輝く紺色のボンネットに映りこむ街路灯の光が、ゆっくりと流れていくのを、僕はフロントウインドウ越に眺めていた。
「本当に大丈夫かい?」
長岡が優しく微笑む。
今日、僕は長岡の携帯に自分から電話をした。
彼とセックスをする為に。
彼はお金を払うと言ったが、僕は要らないと言った。
これは援交ではない。かと言って長岡に惚れたわけでもない。
レンガの壁に囲まれた入り口からシティーホテルの駐車場に入る。瀟洒なロビーとフロントは家族連れにも対応した清楚な造りになっていた。
僕が今日何故、彼、いや彼女と寝る気になったのか。
ただ単に、和弥の初体験に触発されただけなのかも知れない。
しかし、東京ならいざ知らず、地方都市で再びMtFの人間と出会えるチャンスは無いだろう。
一度は経験しておくのもいい。処女で死ぬのは「彼女」の体が可愛そうだ。
そうやって僕は無理やりに言い訳を考える。
かといって和弥と寝る訳にもいかないし……
色々考えた挙句、やはり長岡が一番の適任者のような気がしたのだ。
僕は車の中でもずっと考えていた。
これから行う行為の際、僕は男に徹した方がイイのか、それともお互い身体の性を演じるのがいいのか…… ここまで来て頭がこんがらがって、イライラしていた。
シャワーを浴びている間、この時間が何時までも続けばいい。この先の時間へ進まなければいいと、心の戸惑いが僕の決意を揺るがす。
しかし時間は僕の思いとは無関係に、いつも通りに過ぎてゆく。
彼の指使いはとてもしなやかで、真夏の炎天下の元に放置したアイスクリームのように身体がとろけていく。
真っ暗な深海をただゆっくりと漂うような、上も下も無く浮遊しているような錯覚。それは、男とか女とか、そう言った外見の性を越えたもののように思えた。
やけに熱いものが体内へと押し込まれる。
少量の出血はあったが、さほど痛みは無かった。
下腹部の奥に、ジンとした生温い快感が微かに響いて、閉じた瞼の奥には赤と黒の背景がチカチカと交互に点滅した。
よく雑誌に載っているような、裂けるような激しい痛みが無くてホッとしたのは事実だ。
帰りの車中から空を見上げると、久しぶりの星空が僕のバージン・ブレイクを祝っているかのように瞬いていた。
自転車を置いてきたファミレスで食事をした後、長岡に手を振って別れる。
おそらく、今度こそ本当に永遠の別れになるのだろう。
僕はチョットだけ、僕の処女を呉れてやった長岡を愛しく思って瞼の奥が熱くなるのを感じた。
これも、自分の中に潜む女性自認の悪戯なのだろうか。
自転車に跨った時、何時もとは違った違和感が股間に纏わり着いている事に気付く。
まるで、まだ何かが入っているような錯覚。
構わず、何時ものようにトップギヤまで入れる勢いでペダルを踏んだ。
田んぼに面した県道は街灯が少ないが、歩道の工事をやっている為に赤い点滅等が連なっていて、何時もより走りやすかった。
夕飯時をとっくに終えた住宅街は閑散と静まり返って、時折何処かの茶の間から、スポーツニュース番組の音声が聞こえてくる。
「何処行ってたんだ」
家の前まで来た時、小さな街灯に照らされている誰かが声を掛けて来た。