【第2話】
中学二年の冬に初めてラブレターというものを貰った。
6組の、話をした事もない島田典之と言う奴らしい。6組に仲の良い友達がいる、ミクが手渡しを頼まれて来たのだ。
「彼って、剣道部で次期部長らしいよ」
ミクが言った。
僕にはそんな事はどうでもいいのだが、とりあえずは考える振りをするのが礼儀だと思い、その旨を書いたメモをミクに託した。
すると島田は、少しは脈ありと思ったのか、翌日、今度は「アンケート」なるメモが廻ってきた。
好きな食べ物・嫌いな食べ物・好きな芸能人・趣味・好きな男性のタイプ・嫌いな男性のタイプ……
「これって、本当に島田くんからなの」
僕は、なんだか、からかわれているような気がしてミクに尋ねた。
「そうだよ。ほら、書き方は千恵美が教えたらしいけど、字は島田君本人のだよ」
「ふーん」
僕は何となく胡散臭いその手書きのアンケートなる用紙を眺めた。
そんな怪訝そうな僕の様子を見ていたミクが言った。
「マユ、あんたけっこう人気あるんだよ」
はっきり言って、僕はその言葉に驚愕した。と、言うか正直恐ろしかった。
放課後よく見かける光景のように、自分が誰か男の子と手でも繋いで一緒に歩く姿を想像しただけで眩暈がしそうだった。
それは、十二歳の夏に、初めて月のものが来た時以来のショックだった。
母が炊いてくれたお赤飯を、複雑な気持ちで食べたっけ。
「サッカー部の山田も気があるって、前に聞いたよ。コクる勇気はないらしいけど」
ミクは笑いながら、続けざまに言った。
サッカー部の山田と言えば、ガ体もよく、身長が180センチはあるようなニキビ顔のあいつか…… そう言えば和弥と一緒にいる時、何度か話をした事がある。
もうそれ以上言わないでくれ。
僕はそれ以上聞きたくは無かった。
そう言う事は、できる事なら知らないまま卒業したい……
さすがに男との恋愛は、考えられないと思った。
何故なら、僕は「彼女」という身体を纏った「彼」なのだから。
高校は、共学に進んだ。女子しかいない空間で毎日を過ごすのは耐えられそうも無かった。
しかし、後で聞いた噂によると、女子高という空間では、まるで宝塚のように頻繁に男役が出現する事が日常で、架空の男性が同性のみの空間を、少しだけ中和するのだという。
ほんとうにそうだとしたら、あからさまに僕の心をオープンに出来る場が合ったのではないか、などと空しい妄想に駆られたりしたが、それは、あくまでも男っぽい女性の受けがいいだけで、男として受け入れられる訳ではない。
高校に入ると、社会的に見ても完全な「彼女」として生きなければならない事を実感した。
世間的にカミングアウトをして、ホルモン治療などを受け、頑張って本当の自分を取り戻そうとしている人をテレビで観た。
しかし、僕にはアレだけの努力をする自信も覚悟もない。
今まで、女として一緒に過ごして来た娘達はどう思うだろうか……
それを考えるだけでも、不特定多数の人に今更自分の正体を打ち明ける勇気は無かった。
小学六年生の時に僕は性同一性障害と診断された。
ただ、思春期を迎える頃には次第に症状が緩和して、女性の性自認ができる可能性もあると言われた。が、しかし、今の所そういった都合の良い傾向は見当たらない。
高校に入った頃から僕はナチュラルに化粧をするようになった。
薄くファンデーションを乗せ、楽天市場で買ったホットビューラーで、元々長めの睫毛を上向きにカールし、マスカラでなぞる。
眉はカットで整え、気が向けば眉ライナーを引いたりする。
ちょっとだけアイラインを引くと、目の周りが別人のように輝く。
そして、薄いピンク系のグロスを塗る。
グロスは色の出が強いので、普段は色着きリップの方が使いやすい。
まるで実物大のフィギュアに自分好みの塗装を施しているようで、意外と楽しい事に気付いたのだ。
自分の顔に合った色を探すのも、まさしくモデラーと共通する部分がある。
以前ガンプラにハマッていた時、戦闘で着いた自然なヨゴレを丹念に塗装で表現した事を思い出して、すこし可笑しな気持ちになる。
中学の時、隣のクラスにいた美少女フィギュアオタクの鈴村高貴に言ったらどんな顔をするだろう。
卵型の小さい顔に、笑うと目立つ白い犬歯。
ほんのり水色掛かった白目に、ダークブラウンに輝く虹彩の瞳…… これで男を表現しろと言われても正直困ってしまう。
何時しか、鏡を見るのが少しだけ楽しくなっていたが、それは二面性を強調させる手段でもあった。
「彼」の心と「彼女」の身体はあくまでも表裏一体で存在している。
だから、「僕」という存在を強調するには、あえて他人の目に映る彼女も強調してやる必要があるような気がした。
男である僕が、わざと彼女の振りをする。
そうする事で、僕はFtM‐GIDという事のストレスから開放されているのかもしれない。
何とか男らしい装いをして、自分の性自認を表現する人が大半らしいが、そう考えると僕は少し違っている。
しかし、丸みを帯びた小さな顔とつぶらな瞳を男らしくモディファイするよりも、より女っぽい外見を演出させる方が楽だし、気分的にも楽しい。
それに、この柔らかい女々した声は、高校生の少年を演じるにはどうしても違和感があるのだ。
社会適応を容易にする為に、性自認とは逆の、身体の性に適合した行動様式をとる場合があるそうだが、僕の場合はそれに当てはまるのかもしれない。
勿論、社会適合と言うより、僕的に楽な方を選んだ結果にすぎないが。
しかし、もし僕が心と身体の同調が取れた健全な男性だったなら、きっとカッコ着けのナルシストか、変身願望を持ったコスプレマニアになっていたかもしれない。