【第18話】
飛び出したボールは勢い付いて向かい側の塀に当たり、バウンドして僕の足元に転がって来た。
どこにでもある野球ボールほどの大きさの、ゴムボールだった。
ふとボールが出てきた家を見ると、黒い門がしっかりと閉まっていて、格子の隙間を通り抜けたらしい事がわかった。
意外と広い敷地の奥に、車椅子の少女が見えた。
門を開けて入って行けばいいのだろうが、そうもいかなかった。
格子のすぐ向こうには、愛嬌満天で舌を出したラブラードールレトリバーがリードを着けずに座っている。
車椅子の彼女は、おそらくこの犬とキャッチボールでもしていたのだろう。他に人影は見当たらない。
そして、キャッチミスをしたボールが、運悪く門の格子を抜けてしまったのだろう。
僕はボールを拾ったはいいが、どうしたものかと庭の奥を見つめた。
「待って、あたしが取りに行くから」
彼女はそう言って、庭の奥から車椅子の車輪を回し始めた。
「投げようか?」
「ごめんなさい、あたしが行くまで待って下さい」
彼女の車椅子は、門まで15メートルはありそうな距離を、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かう。
左手だけで車輪を回しているのだから無理も無かった。
僕は彼女の一生懸命な顔を見て、そのまま待つことにした。
レトリバーは門と彼女の間を、何度か行ったり来たりする。まるで、彼女に声援を送っているようだ。
「ありがとう、待っててくれて」
門まで辿り着いた彼女は、犬に「待て」と言った後、門を少しだけ開けて笑った。
その額には汗が流れていて、キラキラと光っていた。
「出来るだけ、自分から動きたいの」
彼女の右半身は、全く動かないのだと、ひと目で判った。
「いいよ、どうせ暇だったから」
僕はそう言って、ボールを渡して微笑むと、ポケットから出したハンカチで、彼女の額の汗を拭いてあげた。
「暑いでしょ」
「うん。オネェさん、高校生?」
「うん。高校二年生。キミは?」
「六年生。でも、入院ばっかりで、あんまり学校に行けないんだ」
彼女は、そんな話でも、笑顔を絶やさなかった。
「キミ一人?」
「ううん。ロコがいる」
彼女は首を横に振って応えた。
「ロコ?」
彼女は、少し後ろで大人しく座っているレトリバーを、ぎこちなく指差した。
「ウチの六人目の家族だから六個目で、ロコ」
彼女はそう言った後、小さく合図をすると、ロコは彼女の横まで歩み寄り、再びお座りをした。
「向こうまで、押そうか?」
「大丈夫よ。一人で平気」
屈託の無い笑顔とはこう言う笑顔の事を言うのだと、僕は初めて理解した。
「そう、じぁね」
僕は、彼女の笑顔に負けないように笑って手を振った。「頑張って」とは言わなかった。
そんな事を言わなくても、彼女が頑張っているのが判ったから。
「うん。バイバイ!」
彼女は小さな手を大きく振った。
10メートルくらい走ってから、僕は一度だけ振り返った。
門は再び閉じられ、少女の姿はもうそこには無かった。