表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/47

【第18話】

 飛び出したボールは勢い付いて向かい側の塀に当たり、バウンドして僕の足元に転がって来た。

 どこにでもある野球ボールほどの大きさの、ゴムボールだった。

 ふとボールが出てきた家を見ると、黒い門がしっかりと閉まっていて、格子の隙間を通り抜けたらしい事がわかった。

 意外と広い敷地の奥に、車椅子の少女が見えた。

 門を開けて入って行けばいいのだろうが、そうもいかなかった。

 格子のすぐ向こうには、愛嬌満天で舌を出したラブラードールレトリバーがリードを着けずに座っている。

 車椅子の彼女は、おそらくこの犬とキャッチボールでもしていたのだろう。他に人影は見当たらない。

 そして、キャッチミスをしたボールが、運悪く門の格子を抜けてしまったのだろう。

 僕はボールを拾ったはいいが、どうしたものかと庭の奥を見つめた。

「待って、あたしが取りに行くから」

 彼女はそう言って、庭の奥から車椅子の車輪を回し始めた。

「投げようか?」

「ごめんなさい、あたしが行くまで待って下さい」

 彼女の車椅子は、門まで15メートルはありそうな距離を、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かう。

 左手だけで車輪を回しているのだから無理も無かった。

 僕は彼女の一生懸命な顔を見て、そのまま待つことにした。

 レトリバーは門と彼女の間を、何度か行ったり来たりする。まるで、彼女に声援を送っているようだ。

「ありがとう、待っててくれて」

 門まで辿り着いた彼女は、犬に「待て」と言った後、門を少しだけ開けて笑った。

 その額には汗が流れていて、キラキラと光っていた。

「出来るだけ、自分から動きたいの」

 彼女の右半身は、全く動かないのだと、ひと目で判った。

「いいよ、どうせ暇だったから」

 僕はそう言って、ボールを渡して微笑むと、ポケットから出したハンカチで、彼女の額の汗を拭いてあげた。

「暑いでしょ」

「うん。オネェさん、高校生?」

「うん。高校二年生。キミは?」

「六年生。でも、入院ばっかりで、あんまり学校に行けないんだ」

 彼女は、そんな話でも、笑顔を絶やさなかった。

「キミ一人?」

「ううん。ロコがいる」

 彼女は首を横に振って応えた。

「ロコ?」

 彼女は、少し後ろで大人しく座っているレトリバーを、ぎこちなく指差した。

「ウチの六人目の家族だから六個目で、ロコ」

 彼女はそう言った後、小さく合図をすると、ロコは彼女の横まで歩み寄り、再びお座りをした。

「向こうまで、押そうか?」

「大丈夫よ。一人で平気」

 屈託の無い笑顔とはこう言う笑顔の事を言うのだと、僕は初めて理解した。

「そう、じぁね」

 僕は、彼女の笑顔に負けないように笑って手を振った。「頑張って」とは言わなかった。

 そんな事を言わなくても、彼女が頑張っているのが判ったから。

「うん。バイバイ!」

 彼女は小さな手を大きく振った。

 10メートルくらい走ってから、僕は一度だけ振り返った。

 門は再び閉じられ、少女の姿はもうそこには無かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「Dear Girl」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ