【第15話】
「長岡さんは、女性とそういう事をするのに抵抗はなかったの?」
「最初は悩んだよ。男性とも何度か経験した。でも世間的に普通の家庭を持つ為には、結局僕が我慢するしかないんだと気付いたんだ。だから、今でも妻とはセックスをする」
僕は、この人の覚悟に驚いた。そんなに割り切れるものなのだろうか。
僕に、かわいいワンピースやスカートを勧めるのは、若い頃、自分が身に着けたくても出来なかった事への執着の現れだったのだ。
「じゃぁ、奥さんと一緒にいるのと、あたしを連れまわす事の違いって、何なの」
僕は、手っ取り早く少年を買った方がいいのではと思い、彼に尋ねた。
「何て言うのかな…… 高校の頃を思い出す。そして、自分の身体も女性だったら、当時、自分はどんな事をしたんだろうって。同級生の女の子達が普段どうしているのか、男兄弟しかいない僕には謎だったからね」
「僕って変かな」と彼は最後に付け加えた。
僕は、無言で小さく首を振ってそれを否定した。
言われてみれば、僕は小さい頃から和弥が側にいる為、日常の、同世代の男の生態を常に身近に感じてきた。
僕の反射的な男としての行動は、周りの情報もあるが、和弥の影響も大きいはずだ。
もし近くに和弥がいなかったら、一人っ子の僕も、近づきたくても近づけない性自認する同性達にあこがれてしまっていたのだろうか。
「マユは……」
長岡が突然そう言って言葉を呑み込んだ。
「何?」
僕はその先の言葉が、何故か無性に聞きたかった。
「キミは、実は男の子じゃないのかい」
長岡は一瞬僕に笑顔で振り向いて、再び運転する視線に戻った。
「何故、そう思うの」
僕は出来るだけ、自然な笑みで応える。
おそらく長岡は自分と同じ臭いみたいなモノを感じたか、それとも心理学的見解から勘ぐったのか・・・僕はそう思った。
「マユが選ぶ服もそうだけど、時々一瞬見せる仕草でなんとなく。確信はないけど」
彼は、僕の事を僕が思っている以上に見て、考えているらしい。
「もしそうなら、キミはかなり頑張っているんだと思ってさ」
「頑張ってる?」
「だって、普通の人から見れば、どう見たってかわいい普通の女子高生だ。化粧も上手だし。言葉使いだって、全然普通の女の子だし。それって、僕が男を演じるよりも、ずっと大変なんじゃないかと思ってね」
長岡はチラチラと僕に笑みを投げかけながら話した。
「普通なら、もっと男っぽい女になって自認する性をアピールする。それなのにキミは、女らしさをあえて楽しんでいるようにも見える」
当たっている。僕はいっその事、女らしい女を演じてやろうと日頃思っている。そしてそれを楽しんでいる。
だからストレスが少ないのだ。
「女の子になり切るのが楽しい…… のかもね」
僕はそれだけ言って微笑んで見せた。
それ以上ハッキリとは応えなかった。
こんなに自分を理解してくれる人に会ったのは初めてだった。
和弥は、確かに理解はしてくれるが、同じような境遇で生きている訳ではない。
しかし、長岡はきっと、僕の今までの辛い体験や、切ない気持ちを理解してくれる。
彼も同じような体験を乗り越えて今に至るのだから。
僕は、なんだか目の奥が熱くなって、本当の事を喋り出したら止まらなくなってしまいそうで、そして泣いてしまいそうで、全てを呑み込んだ。
インターチェンジ周辺に連立するゲルマニウム灯のオレンジ色の光が、後へ飛んでいくのを、僕はただじっと眺めていた。
その夜、長岡から携帯にメールが届いた。
『どちらの性で生きるかはキミしだいだ。がんばって。 NAGAOKA』
その後、彼からの援助デートの依頼は無くなった。
僕自身も、こんな事を続けていたら、人間がダメになってしまいそうで、そろそろ足を洗おうかと思っていた所だった。
だから、他の客を取る事はしなかった。
結局僕の部屋のクローゼットには、一度も履かないであろうスカート類が、5着もハンギングされている。
そのうち和弥にでも見せてびっくりさせてやろうか。
それにしても驚いたのは、自分の心の性を偽って結婚している人がいるとは思わなかった。
もしかして誰にも相談できずに、こっそりと結婚している人が意外といるのかもしれない。
長岡のように、女性の心を持った男性「MtF」の数は、僕の「FtM」に比べて圧倒的に多いと聞いたことがある。
MtFとFtM同士が惹かれあえば、理論的には著尻が合うと言うが、果たして男の姿をした女性を愛する事ができるか、それが問題になる。
その後も、香織は相変わらず援助デートを続ける事を進めてきたが、彼氏が出来たからと言って断った。