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【第14話】

(MtF‐GID)

 本革張りのダッシュボードにウッドのセンターパネル。

 HDDオーディオの八個在るスピーカーからはエアロスミスの曲が流れている。

 僕は濃紺に輝くBMWの、助手席の優美な本革シートに座っている。勿論、日曜だと言うのに、相手の希望で制服を着ている。

 映画をみて、食事をして、洋服まで買ってくれる。

 隣で運転する長岡理というこの男は、40代のやさおとこで、隣接する町で歯医者を開業しているそうだ。

 妻子持ちでありながら、何が不満で女子高生を連れ歩くのか、僕には理解し難い。

 二時間で1万円、延長一時間毎に5000円が追加される。

 半日一緒にいれば、だいたい3万円くらいになるのだ。

 まぁ、エッチな行為が無いとこんなものか。

 開始と終了の際、香織にメールを入れる。

 掲示版に書き込むリスク料として、香織が1割を徴収している。

 勿論、自己申告制だが。

 物は試しと、香織の誘いに乗ったが、車での移動は手を繋ぐ必要も無く、意外と楽だ。

「時々は、手とか繋いであげるんだよ。スキンシップだから」香織はそう言ってアドバイスしてくれたが、僕にはムリだ。が、長岡も別にそれを要求する事も無い。

 こんなに楽にお金を稼いでいいのかと、在る意味不安になる。

 この男と会うのは二回目だが、買い物というと僕がジーンズやTシャツばかり選ぶので少し不思議に思っているらしい。

「あたし、ボーイッシュな動き易い服が好きなんだ」

 そう言って誤魔化すと、彼の綺麗な目は優しく微笑む。

 彼は、ミニスカートやワンピースをしきりに勧めた。彼の気に入った服を買ったとしても、会う時は何時も制服だから、実際は関係ないのだが。



 ダークブラウンに染めた髪、少し切れ長の二重はシャープな印象だが、瞳は透き通るように綺麗だ。

 ハンドルを握る手は僕より遥かに大きいが、何となくしなやかな長岡の指先は歯科医だからだと思っていた。


「キミは何か、コンプレックスでも持っているのかい?いや、外見より、寧ろ心にコンプレックスを抱えている感じだ」

 5回目に会った時、少し離れたショッピングモールまで買い物に足を伸ばした帰り道、長岡が突然言った。

「どうして?」

 僕が訊き返すと、彼は少しだけ笑って「いや、何となく」

 高速道路の追い越し車線を、NSXが、甲高い音色を奏でながら猛スピードで走り抜けて行き、二人の視線は一瞬それを目で追った。

「僕は、男であって男じゃないんだ……」

 少しの沈黙の後、長岡は視線を正面に向けたまま、突然呟いた。

 僕はその言葉に思わず彼の横顔を見つめた。

「僕の本当の心は女性なんだ。僕は自分が何であるのかを知りたくて、歯科医を目指す側、心理学も勉強した。今でこそ誰でも聞いた事があるかと思うけど、僕は性同一性障害なんだ」

 MtF‐GID…… 僕は何のリアクションも出来なかった。

「なんで、そんな事、話すの……」

 僕は、高速を走るBMWのエンジンノイズと、室内に立体的に流れるビージーズの音色で掻き消されそうなほど小さな声で、長岡に尋ねた。

「僕は、こうして男の外観を貫き通す事によって、傍目には幸せな家庭を持つ事が出来た。でも…… 今でも男性を欲する事はあるよ。ただ、こんな風に、若い女の子と買い物をしたり、食事をしたりすると凄く気が紛れる」

「奥さんはその事、知ってるの?」

「まさか。妻は僕の心が女性だなんて知らないし、今更話す気もない。だって、メンタル的に見れば、レズ行為によって子供を産んだ事になってしまうからね」

 僕はその言葉に少しだけドキリとした。

そうだ、僕がもし好きな女性と抱き合ってキスをすれば、フィジカル的にはレズになってしまう。かと言って男と肉体的に繋がれば、メンタル的にホモ行為なのだ。


※注)GIDと同性愛者が混同される場合が多々あるが、根本的に違うものである。GIDの多くは、性自認する性別に対しての異性に心を引かれる。だから、身体的に見た場合同性に引かれているように見えるのだ。異性に引かれる場合を除いても、身体の性に反して自認する性別は、それ自体が個別のものなのだ。

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