【第13話】
そんな日の帰り、昇降口を出た所で携帯電話が鳴った。
「もっしー、元気!」
以前のバイト先で知り合った香織からだった。
相変わらず陽気でハイトーンな声に思わず笑いが込み上げる。
「元気だよ。どうしたの?」
「マユって、今どうしてんの」
「どうしてるって?」
「バイトとか」
「ああ、今探してるところなんだ」
校門を出るとき、部室へ向かう和弥が僕の横を通り、軽く手をあげる。僕も携帯に喋りながら彼に軽く手を上げた。
高校に入ってから、僕達は校内で必要以上に二人でいる事は殆ど無い。今朝のような事も稀である。
僕はまだしも、和弥には彼女が出来てもおかしくないからだ。
女同士の噂話で、和弥が他のクラスや後輩にまで人気があることは、随分前から把握している。
僕は、出来るだけ周りの連中と同じ、ただ仲の良い友達に見えていなければならない。
和弥はと言うと、そんな事考えているのかいないのか、ただフランクに接するよう心掛けているだけのようだが。
ただ、時々どちらかが映画へ行こうとか、買い物に行こうとか声を掛ければ、忽ち昔のように一緒に行動する。
お互い気が置けない間柄という事に変りは無かった。
「ねぇ、聞いてる?」
香織が忙しなく話し続ける。
「えっ」
「だから、いいバイトあるんだって」
「どんなバイト?」
香織がいいバイトと言う時点で、かなり怪しい…… 僕はダメ元で彼女と待ち合わせをした。
香織が通う女子高は、僕が何時も帰る道の途中、農道の突当たりT字路を大型スーパーと逆に曲がってしばらく行くと在る。
近くに駅もあり、少しだけ拓けた商店街も建ち並ぶ。その駅前にある、シャルルと言う喫茶店で待ち合わせた。
朝、バスで来た僕は、帰る方向が同じ適当な奴に声を掛けて二ケツしてもらう事にした。
「橘、途中まで乗っけて」
丁度、駐輪場から出てきた彼は、同じクラスだが二人きりで話したことはあまりない。が、他の連中と複数で雑談を交わした事はあった。
彼の家は、確か僕の向かう方向に在ったはずだ。
「ああ、別にいいけど」
僕に声を掛けられた橘は、少し驚いていたが、軽く了承してくれたので、彼の自転車の後ろに立ち乗りして軽く肩に手を掛けた。
「なに、今日はバスで来たの?」
橘の声は、少し緊張した様子だった。
「うん。だって雨が凄かったじゃん。橘は?朝、濡れなかった」
髪を風で靡かせながら、僕は後から彼に応えて訊き返した。
「朝は傘さして来たけど、びしょ濡れだったよ。昼までジャージを着ていた奴らはみんなそうさ」
「あ、そうか」
立ち乗りの高い目線は軽い優越感を感じて意外と心地よい。
雨は昼頃にあがって、暖かい太陽が顔を出した為、路面は既に乾き、水田も何時もの明るい緑に戻っていた。
「刑部って、変ってるよな」
彼は僕に意外な事を言った。
「何で?」
「だって、けっこう人気あるのに、誰にでも親しく話すから」
「人気?」
僕は、彼の顔を覗き込むようにして応えた。
「あ、いや。別にいいんだ」
橘はそう言って少し俯いて笑うと、自転車のスピードを上げた。
友達と待ち合わせの事を話すと橘は
「少しだけ遠回りになるけど、サービスだ」と言って、シャルルの前まで送ってくれた。
「ありがとう」
僕が笑って手を振ると、彼は少しだけ赤面しながら軽く手を上げて立ち去った。
シャルルに入って、香織を見つけて近づくと、彼女が笑って
「あんた、何気にアッシー持ってんの?」
「そんなんじゃないよ。今日はバスだったから」
「冗談だよ」
少し真顔で言い訳する僕に、彼女は笑って言った。
僕はアイスアップルティーを注文すると、早速香織に尋ねる。
「で、バイトってどんな」
「うん。実はあたしらの学校で、デート援交ってのが流行っててさ」
「援交……」
僕はヤッパリと思った。
「違うんだよ。普通のとは。ただオジサンとデートしてあげるだけ。食事とかドライブとか」
「エッチしないって事?」
「そうそう。いやらしい事は全部禁止」
「そんなんで、お金くれる人なんているの?」
「それが、けっこういるのよ。みんな女子高生と仲良くしたいらしくてさ」
香織は得意げな笑顔で話し続けた。
「危ない目にあった事とか無いの?」
僕はいちいち質問を投げかける。
「無いよ。あたしら四人で組んでるんだけど、今の所誰も」
僕は無言でアップルティーをストローで吸った。
「けっこう依頼が多くてさ。四人じゃ回らなくなったから。エッチな事が無ければマユも大丈夫かと思って」
「学校にばれない?」
「大丈夫、お客はみんな隣町や、もっと遠くから探してくるし、みんな口は堅いから」
僕は、考えておく。と言って、香織と別れ、駅前からバスに乗って帰宅した。