【第10話】
和弥は急に僕の手を握ると、いきなりカーペットの上に押し倒してきた。
僕はあまりの突然の彼の行動に声が出なかった。
困惑した僕の顔は、おそらく普通の少女だったと思う。
和弥は僕の唇に、自分の唇を重ねようとしたが、僕は顔を背けてかろうじで難を逃れた。
しかし、彼は我を忘れたように僕の胸をまさぐり、股間に手を伸ばした。
僕は訳が判らず和弥の頭を抱えて自分の胸に強く押し当てた。
「したいの?」
僕が彼の耳元で呟くと、彼の手の動きが止まった。
「……和弥がどうしてもしたいなら…………べつに、いいよ……」
その時言った僕の言葉は、なぜか本心だったと思う。
和弥は僕の声に我を取り戻したかのように起き上がると
「ごめん、ごめん。本当にごめん」
そう言って、床に頭をガンガンぶつけて誤った。
「いいよ。俺も、うかつだったんだ」
「違う。俺は…… 最近どんどん女らしくなっていくマユの外見に、惑わされそうになるんだ。外側ばっかり見てしまうんだ。俺達は、メンタルで…… 男同士で付き合う間柄のはずなのに……」
和弥は涙を流しながら、抑えきれない自分の欲情する気持ちを恥じるように話した。
「違う、それは正常な事なんだよ。俺は、周囲に隠して女子として生きているし、学校ではお前と話す時も女の言葉を使う。だから、和弥が感じる感覚はきっと正常なんだよ」
僕は座り込んだまま和弥の頭を自分の胸に引き付け、両腕で抱え込んで言った。
彼の息遣いが心臓に直接掛かりそうなほどに熱く、僕の鼓動が大きく胸を震わせ、彼の頭蓋骨に響いていた。
「いや、やっぱり違うよ」
彼は僕の胸から頭を離して、僕に向き直った。
「俺だけは、マユのフィジカルな部分にとらわれてはいけないと思う。その外見を通して、あくまで男である真夕を見なくてはいけないんだ」
彼は、両腕で涙を拭いながら言った。
GIDの苦悩は心身の成長と共に次第に増え、膨れ上がるのだと実感した日だった。
その夜僕は、明日からも今まで通り和弥と仲良くやって行けるかと言う不安で殆ど眠れなかった。
何故なら、今のところ彼だけが、同世代で僕を理解してくれている、たった一人の親友だからだ。
和弥の手の感触が身体に残っている。
勿論、他人に触られたのは初めての経験だった。
いっその事、この身体で彼の男としての性欲を包んであげればよかったのかとも思う。
それが、「彼女」の身体を持った僕にできる、特別な手段のような気持ちさえ沸き起こるのだ。
「あなたは、心は男でも身体はれっきとした女性なんだから、これからはセックスをしたら子供もできる身体なんだからね」
初めて生理がきた日、母が僕に言った言葉を思い出した。
そしてこの日、ホルモン治療や外科的治療まで施して、自分の本当の姿になろうとする性同一性障害者達の気持ちが、ほんの少しだけ判ったような気がした。