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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『元神様の幼女、人間嫌いなので聖獣たちとスローライフはじめます!〜ぞんざいに扱われていたのに、なぜか公爵家ともふもふに溺愛されている件〜』

『元神様の幼女、人間嫌いなので聖獣たちとスローライフはじめます!〜ぞんざいに扱われていたのに、なぜか公爵家ともふもふに溺愛されている件〜』

掲載日:2026/07/24

第1話:人間嫌いの神様と、魔獣の森のトラップ



 神様という仕事は、思っている以上にブラックだった。


 かつて私は、とある世界で『生命を司る神・リリィファ』として降臨していた。


 人々の傷を癒やし、乾いた大地に緑を育み、生きとし生けるものへ祝福を与える日々。


だが、人間という生き物はどこまでも浅ましく、傲慢で、自分勝手だった。



『神様! もっと豊かな恵みをください!』


『どうしてあいつの病気は治して、私の病気は治してくれないんだ! 役立たずめ!』


『神なら我らに勝利をもたらすのが当然だろう!』



 感謝されるのは最初だけ。


慣れてしまえば当然となり、思い通りにならなければ罵詈雑言を叩きつけられる。


うんざりだった。人間なんて大嫌いだ。


そんな私に終焉をもたらしたのは、その世界で最も強い人間たち――勇者と魔王だった。


ふたりが私利私欲と意地を張り合って繰り広げた最終決戦。


その死闘の衝撃波は世界そのものを粉々に砕破し、巻き込まれた私の神格(核)もまた、あっけなく崩壊したのだった。



(……はあ。やっと終わった。これで静かに眠れる……)



そう思っていたのに。



「……ふあ?」



目が覚めると、視界がいやに高かった。


……いや、違う。視界が低いのだ。


自分が横たわっている地面がやけに近く、見上げる木々が恐ろしいほど巨大に見える。



(なに、これ……? 私、死んだんじゃ……?)


自分の手を見て息をのんだ。


白くて、小さくて、まるでクリームパンのように丸っこいおてて。


着せられているのは、上質なシルクで仕立てられたフリフリの可愛らしいドレスだ。



(転生……!? 嘘でしょ、よりによって人間に生まれ変わったっていうの!?)



頭の中に、ぶわっと記憶が流れ込んでくる。


今の私の名前は、ラリマー・ランドゥール。


コンコード帝国の守護を担う超名門・ランドゥール公爵家の末娘として生まれた、弱冠三歳の幼女である。


ランドゥール家は代々、スノーホワイトの髪かバイオレットの瞳を持って生まれてくる血筋なのだが、私は奇跡的にその「両方」を受け継いで生まれたらしい。


腰まで伸びる雪のような白い髪に、神秘的なバイオレットの瞳。


家族からは「天からの授かりもの」として異常なまでに可愛がられていた――はずだった。



(じゃあ、なんで私、こんな不気味な森に一人で転がってるの……!?)



記憶を遡ると、つい数分前の出来事に突き当たった。


私は自室のベッドでお昼寝をしていたはずだった。


ランドゥール公爵邸の警備は完璧だ。


ハエ一匹侵入できないはずの結界と護衛が敷かれていた。


しかし――かつてランドゥール家によって悪事を暴かれ、公爵から伯爵へと爵位を落とされた『ヴォイド伯爵家』が、数年前から用意周到に罠を仕掛けていたのだ。


ランドゥール公爵夫人が私を身籠った瞬間から、屋敷の地下にまで及ぶ大がかりな転移トラップの禁術陣を密かに構築。


そして今日、私が三歳を迎えた一瞬の隙を突いて術を発動させ、私をさらっていったのだ。



『ははは! ランドゥール公爵め、絶望するがいい! お前の愛しい娘は、人間が足を踏み入れられぬ【魔獣の森】の最深部で、魔獣どもの餌となるのだ!!』



不快な下衆笑いを浮かべた伯爵の顔と、空間の歪みに放り投げられた感触。


その恐怖とショックの衝撃で、眠っていた神としての記憶『リリィファ』が完全に覚醒したらしい。



(……ヴォイド伯爵とかいう人間、相変わらず胸糞悪いやつ。やっぱり人間なんて大嫌い。関わりたくない……!)


冷めた思考で溜め息をつく。


せっかく転生したというのに、生後三歳で魔獣の餌食になって死亡なんて冗談じゃない。



(いいわ。公爵家に戻るのも面倒だし、このまま神としての力を少し使って、この森の奥で一人でスローライフでも送ろうかしら。静かに暮らせるなら、それ最高じゃない)



よし、方針決定!


そう思って立ち上がろうとした、その時だった。



『――グシャアアアアッ!!!』



空気を震わせる狂暴な咆哮。


目の前の太い樹木が、ボキボキとへし折れる。


現れたのは、巨大な蛇の体に、雄鶏の頭と蜥蜴の足を持った巨大な魔獣――【バジリスク】だった。


口からは紫色の毒気を吐き出し、真っ赤な眼光で私を見下ろしている。その体長は十メートルを超えているだろう。



『ギシャアアア!!(小さき人間……喰らってやる!!)』



(ヒッ……!?)



前世は神様だったとはいえ、今の私の身体はちっぽけな三歳児だ。


見上げるような巨体と、放たれる殺気に、生物としての本能的な恐怖が背筋を駆け抜ける。



「ひ、ひえ……っ!」



逃げようとしても、幼い足がもつれて尻餅をついてしまった。


バジリスクが大きな口を開け、鋭い牙を剥き出しにして私へと飛びかかってくる!



(嫌! 食べられたくないっ!!)



恐怖が頂点に達した瞬間、私の中で眠っていた『神格』が弾けた。


全身の血が熱く逆流し、体の中から無制限の魔力――いや、生命を司る『神力』が溢れ出す。



「か、かんちがいにゃさるなーっ!!」



私は必死に、迫り来る巨大な魔獣に向かって小さなおててを突き出した。



「わ、わたしを害するものは……滅びなさーいっ!!!」



ドゴォォォォンッ!!!!


私から解き放たれたのは、眩いばかりのエメラルドグリーンの神聖な光。


『生命の波動』と呼ばれる私の固有魔法だ。


本来なら傷を癒やすための力だが、過剰な生命エネルギーは魔獣にとって致命的な毒となる。



『ギッ……!? ギシャアアアアアアッ――――!?』



光に包まれたバジリスクは、悲鳴をあげる暇すらなく、一瞬で純粋な魔力素粒子へと分解され、風に舞う光の塵となって消滅した。


静寂が、魔獣の森に戻ってくる。



「……ふぅ。やった……」



私はぺたんと地面に座り込んだ。


冷や汗びっしょりだ。助かった……。


……しかし、ふと我に返る。



(……待って? 今の私……なんて言った……?)



『滅びなさーいっ!』……?


『かんちがいにゃさるな』……!?



(うそ……舌が短すぎて、全然格好がつかない……っ!)



前世の冷徹で荘厳な神のセリフを言ったつもりだったのに、三歳児の肉体というフィルターを通したせいで、ただのバブバブ言ってる幼女の叫び声になっていた。



恥ずかしさで顔がカーッと熱くなる。



(誰も見てないわよね!? 誰も聞いてないわよね!?)



焦って周囲を見回した、その時だった。


空気が、一瞬で凍りついた。


先ほどのバジリスクなど比較にならないほど、絶大で古風な【神気】が、森の東西から同時に押し寄せてきたのだ。



「……な、なに……?」



光の粒子が舞う森の奥から、悠然と歩み出てくる二つの巨大な影。


東からは、体長1.5メートルを超える、神秘的な白い毛並みと琥珀色の瞳を持った巨大な狼。


西からは、体長2メートルを超える、夜の闇を溶かし込んだような黒い毛並みに瑠璃色の瞳を持った巨大な黒豹。


魔獣の森の東と西を統べる最上位聖獣――【アストラ・ルプス】と【ラピス・パンテラ】だった。



(ひええっ……今度は聖獣!? 連続バトルは無理なんですけどー!!)



私が身構えた、次の瞬間。


二匹の恐ろしい聖獣は、私の前に来ると静かに前脚を折り曲げ――頭を垂れた。



『――おお、この崇高なる神聖な波動……間違いない』


『我らが主……生命を司る偉大なる神・リリィファ様……!』



「……え?」



聖獣たちは、感涙に震えるような声で、私の足元に膝をついていたのだった。




第2話:聖獣たちと、うっかり名付け



「……え? 神様って、わたしのこと……?」



思わず素の幼女ボイスで聞き返してしまった。


私の目の前で平伏しているのは、森の最上位聖獣たちだ。


東を守護する白狼【アストラ・ルプス】と、西を守護する黒豹【ラピス・パンテラ】。


どちらも神話に出てくるような存在で、圧倒的な威圧感を放っている……はずなのだが。



『おお、なんと尊きお姿……! 前世の神聖なるお姿もさることながら、人の子の肉体を得られた今のお姿もまた、愛らしさの極みにございます……!』



『まさかこの魔獣の森で、再び主(あるじ)のお力に触れられるとは……我らの毛並みも歓喜に震えております』



(……あれ? なんかめちゃくちゃ崇められてる??)



どうやら彼らは、私が先ほど放った『神力(生命の波動)』を感じ取って駆けつけてきたらしい。


前世の神時代、私は世界中のあらゆる聖獣や精霊からも愛されていた。


その記憶と魂の波長で、一瞬で私だと気づいたようだ。



「えっと……あのね? わたしはもう神様じゃなくて、ラリマーっていう人間の子供なの。だから、崇めなくてもいいんだよ?」



一生懸命、小さな手足をバタバタさせながら説明する。


だが、白狼と黒豹は顔を見合わせると、さらに深々と頭を下げた。



『どのようなお姿になられようと、我らにとっての主は貴方様ただお一人にございます』


『左様。偉大なるリリィファ様……いいえ、ラリマー様。我らにどうか、貴方様をお守りするお許しを!』



(うぅ……真面目すぎる……! でも、悪い気はしないかも)



前世の人間たちは、私を勝手に利用し、思い通りにならなければ罵倒してきた。


それに比べて、この聖獣たちの澄んだ瞳とまっすぐな忠誠心はどうだろう。



(人間は大嫌いだけど……この子たちは別。すごく良い子たちだわ!)



「ふむ……わかったわ! じゃあ、わたしの『しゅごしゃ(守護者)』にしてあげる!」



『『ははーっ! ありがたき幸せ!!』』



 二匹は感無量といった様子で咆哮をあげた。


……が、そこでふと白狼が首を傾げた。



『時にラリマー様。我らには種族名しかなく、主から賜る真の名(ネーム)がございません。どうか、貴方様のお手で名を与えてはいただけないでしょうか?』



「なまえ?」



(そういえば、聖獣に神が直接『名付け』をすると、主従の契約が補強されて強力な加護がつくって前世で聞いたような……)



「えっとね、じゃあ……」



私は白い狼の綺麗な毛並みを見つめた。


スノーホワイトの毛並みは、夜空で一番眩しく輝く星のようだ。



「白いおオオカミさんは……『シリウス』! 一番明るく光る星の名前だよ!」



『――ッ!?』



その瞬間、白狼の体に眩い金の光が巻きついた。


空気中の魔力が一激変し、彼の身体から溢れる神気が跳ね上がる。



『おお……お命じいただいた名が、魂に刻まれる……! 我はこれより『シリウス』として、ラリマー様のお命を守る盾となりましょう!』



(わ、本当に進化しちゃった……!?)



続いて、私は黒豹の瑠璃色の瞳を見つめた。


深みのある黒い毛並みと静謐な佇まいは、夕暮れから夜へと移り変わる一番星のようだ。



「黒いヒョウさんは……『ヴェスペル』! 夜の星の意味なんだよ!」



『――――ッ!!』



今度は紫と瑠璃色の光が黒豹を包み込む。


ヴェスペルもまた、格段に高い次元の存在へと「神獣化」を果たしたのだった。



『感謝いたします、ラリマー様。このヴェスペル、命に代えても貴方様をお護りいたします』



「ふふ、二人ともかっこいい! ……ん?」



光が収まった瞬間、異変が起きた。


体長1.5メートル以上あったシリウス(白狼)と、2メートル以上あったヴェスペル(黒豹)の体が、見る見るうちに縮んでいくではないか。


ポンッ、ポンッ!


可愛らしい効果音とともに現れたのは――


なんと、手のひら〜子猫サイズのモコモコな赤ちゃん姿になった二人(二匹)だった。



「ふぁ!? ち、小さくなっちゃった!?」



『ふふ……ラリマー様に気兼ねなく抱きしめていただけるよう、サイズを自由に変化できるように進化いたしました』

(※子犬のようなソプラノボイス)



『いつでもお膝の上にお乗りできますぞ、主よ』

(※子猫のような愛くるしい声)



トコトコと幼い足取りで寄ってくると、シリウスは私の膝に頭をすりすりさせ、ヴェスペルは私の胸元に飛び込んで丸くなった。



「……ッ!!??(可愛すぎるーーーーーーー!!!!!)」



何この極上のモフモフ感!!


白狼の毛並みはまるで上質なシルクと綿あめを混ぜたような柔らかさだし、黒豹の毛並みはなめらかなベルベットのよう!


ふんわり甘い森の香りがして、小さく「キューン」「にゃーん」と鳴いている。



「ふにゃ〜〜……っ(抗えない……このもふもふの誘惑……!)」



さっきまでの「人間嫌い」の警戒心も、前世の達観した神様のプライドも、すべてがモフモフの前に脆くも崩れ去っていく。



『ラリマー様、お腹は空いておられませんか?』



『木の実や清らかなお水をお持ちいたしましょう!』



「う、うん……! 二人とも、ありがとう……っ」



こうして、人間界から捨てられた三歳児の私は、最上級の神獣二匹に甲斐甲斐しく甘やかされる「もふもふスローライフ」をスタートさせたのだった。


――だが、その頃。


私がのんきにもふもふに埋もれてキャッキャしていたその時。


私を失った【ランドゥール公爵邸】では、この世の終わりような地獄の光景が広がっていたのだった。




第3話:公爵家の狂乱と、十二時間の粛清



同時刻――コンコード帝国・ランドゥール公爵邸。


豪奢な調度品で飾られた執務室に、突如として氷点下数十度を下回るような、肌を刺す冷気が吹き荒れた。


ペーパーナイフで弄っていた重要書類を不穏な音とともに握りつぶし、ゆっくりと立ち上がったのはランドゥール公爵家当主、イージス・ランドゥールである。


世間からは『粛清者(リレントレス・ガーディアン)』と恐れられる男だ。


絶対零度の氷魔法を操り、帝国の敵を冷徹無比に討ち破ってきた百戦錬磨の守護者。

普段は感情を一切表に出さない鉄の仮面を貼り付けている彼だったが、今その深紅の瞳には、狂気すら孕んだ熾烈な殺意が揺らめいていた。



「……ラリマーが、いない?」



低く響く声は、まるで地獄の底から這い上がってきたかのようだった。


部屋の空気が凍りつき、窓ガラスに美しい氷の結晶が瞬時に広がっていく。



「屋敷の結界が破られた形跡はない。我がランドゥール家の警備はハエ一匹通さぬはずだ。……だが、ラリマーの部屋に、微かな空間歪曲の残り香がある。古代の禁術……空間転移トラップだ」



「イージス……我が愛しい、天使のようなラリマーを奪った虫ケラは、一体どこ……?」



イージスの隣で静かに立ち上がったのは、妻のグレイスだった。


『粛清の聖母(ネメシス・マテル)』の異名を持つ彼女の周囲では、揺らめく灼熱の炎が渦を巻き、最高級のペルシャ絨毯をじりじりと焼き焦がしていた。


白金のウェーブ髪を逆立て、マゼンダの瞳には滾るような怒りが宿っている。



「情報網を総動員して調べさせたわ。3年前、悪事を暴かれて公爵から伯爵へと叩き落とされた『ヴォイド伯爵』……あのドブネズミが、私がラリマーを身籠った瞬間から、屋敷の地下深くに大がかりな転移トラップの陣を仕込んでいたのよ」



「ヴォイド……だと?」



イージスが静かに拳を握りしめると、執務室の重厚なオーク材のデスクが一瞬で砕け散り、吹雪となって舞い散った。



「あやつらは……我が愛娘をどこへ送った」



「……【魔獣の森】の最深部よ。あそこなら、幼いラリマーが魔獣の餌になると踏んだのでしょうね」



その言葉が落ちた瞬間、ランドゥール公爵邸全体が激しい地鳴りのような振動に見舞われた。


イージスとグレイスの二人が放つ殺気が合致し、公爵邸の上空には氷雪と炎が入り混じる異常気象が発生する。



「「我が娘を害した罪……死して償いなさい!!!」」



世間には知られていないが、ランドゥール夫妻の「我が子に対する溺愛」は常軌を逸している。


普段は可愛すぎるラリマーを見るたびにキュートアグレッションを起こし、抱きしめたい衝動を必死に抑え込んでいる二人なのだ。


その宝物を奪われた怒りは、一国の軍隊を容易に滅ぼすほどに膨れ上がっていた。


――そこからの展開は、文字通り『爆速』だった。


わずか一時間後。


王都から遠く離れたヴォイド伯爵家の隠れ家。


高括りを決め込み、祝杯をあげてワインを飲んでいたヴォイド伯爵のもとに、信じられない事態が訪れる。



「ははは! ざまあみろランドゥールめ! 今頃、愛娘が魔獣に喰い殺されて絶望していることだろう――」


ドガアアアアンッ!!!!


頑丈な隠れ家の天井と壁が、一瞬にして爆発した。


降り注ぐのは、絶対零度の巨大な氷塊と、すべてを灰に変える地獄の劫火。



「ひ、ひいにっ!? な、なにが起きた……!? 結界も隠密魔法も完璧だったはず――」



「我が娘の匂いは、世界のどこにいようと判別できる」



煙の中から現れたのは、悪魔のような冷笑を浮かべたイージスとグレイスだった。


イージスの放った氷の刃がヴォイド伯爵の四肢を身動きが取れないよう地面に縫い付け、グレイスの地獄の火炎が逃げ道を完璧に塞ぐ。


さらに、夫妻の後ろからは二人の兄が足音もなく歩み出てきた。


「ラリマーをどこへやった。言わねば、爪を一枚ずつ剥ぐぞ」


長男のグラシアル(15歳)。学園で『雪幻の王子』と呼ばれる氷の美貌を持つ青年だが、今の彼の瞳には一切の光が宿っていない。


冷徹な水魔法の刃をちらつかせ、ヴォイド伯爵の側近たちを順番に肉塊へと変えていく。


「お兄ちゃんたちに逆らうなんて、いい度胸だねぇ。ねえ、ラリマーを害するとどうなるのか、君の体でじっくり教えてあげようか?」


次男のシュバート(12歳)。


母譲りの甘いフェイスに無邪気な笑みを浮かべているが、その手には暴風の刃が渦巻いていた。


逆らう気が完全に失せるまで、敵を精神的にも肉体的にも徹底的に追い詰め、潰していく。



「ひ、ひぃぃぃっ! た、助けてくれ! 魔獣の森だ! 魔獣の森の東側に転移させただけだぁぁぁっ!」



ヴォイド伯爵が恐怖のあまりすべてを白状した瞬間、イージスの冷徹な声が響いた。



「聞き出せたな。……消せ」



悲鳴すら残らなかった。


国家を揺るがす陰謀を企てたヴォイド伯爵家は、言い訳をする猶予すら与えられず、誘拐発生からわずか十二時間で、帝国から「物理的かつ歴史的に」爆速で完全消去されたのである。


黒幕を瞬殺したランドゥール公爵家は、休む間もなく動き出した。


イージスは公爵家の全騎士団を緊急招集し、皇帝への報告すら後回しにして宣戦布告のような命令を下す。



「全軍に通達! これより【魔獣の森】を捜索する!」



「我が愛娘を傷つける恐れのある魔獣はすべて焼き払いなさい! 樹木の一本すら邪魔なら更地にしろ!」



『『『ハッ!!!!』』』



過保護すぎる最強家族と騎士団は、ラリマーを取り戻すため、魔獣の森を物理的に踏み荒らしながら爆進を開始したのだった。


――一方その頃。


当のラリマーはというと、魔獣の森の奥深く、日当たりの良いポカポカとした広場にいた。



「ふにゃ〜〜……もふもふ……あたたかいぁ……」



ラリマーは、子猫サイズになった黒豹ヴェスペルのなめらかな背中に顔をうずめ、白狼シリウスのモコモコな尻尾を抱き枕にしながら、スヤスヤとお昼寝を満喫していた。



『ラリマー様、木の実を絞った甘いジュースをお持ちしましたぞ』



『日差しが強くなってまいりましたので、大きな葉っぱで日陰を作りました。お寒くはございませんか?』



「ふあ……ふたりとも、ありがと……」



前世の神様時代には味わえなかった、至高の甘やかし&癒やしタイム。


人間たちの身勝手さに疲れ果てていたラリマーにとって、言葉が通じ、どこまでも忠実で愛くるしい聖獣たちとの暮らしはまさに天国だった。



(人間は大嫌いだけど……この子たちと一緒なら、この森で一生スローライフを送るのも悪くないわね。神様の力もちょっとだけ使って、安全なマイホームでも作ろうかしら)



外の世界で、実の家族が森を更地にしながら爆進してきているとは夢にも思わず、ラリマーは「スローライフ最高……」と心の中で満面の笑みを浮かべていたのだった。




第4話:森を更地にする家族と、冷や汗の再会



魔獣の森――そこは古来より、人類の立ち入りを拒んできた絶望の秘境であった。


無数の凶悪な魔獣が跋扈し、毒の霧が漂い、足を踏み入れた者は生きて戻れぬと言われた死の領域。


……だったはずなのだが。


ドガアアアアンッ!!!



「邪魔だ、退けい!!」



「我が愛しのラリマーの髪の毛一本でも傷ついていたら、この森ごと灰に変えてやるわ!!」



現在、魔獣の森の東側領域は、かつてないほどの未曾有の危機に瀕していた。


襲いかかってくるはずの巨大魔獣たちが、悲鳴をあげながら脱兎のごとく逃げ惑っている。


それもそのはず。


森を進撃しているのは、帝国最強の武力と魔法を誇る【ランドゥール公爵家】の精鋭騎士団。


そして、その先頭に立つ四人の狂乱した悪魔たち――もとい、過保護すぎる家族だったからだ。


イージスが片手を振るえば、目の前の巨木もろとも体長十メートルの大蛇が氷漬けになり、粉々に砕け散る。


グレイスが指を鳴らせば、立ち込める毒霧が一瞬で灼熱の劫火に蒸発し、一面が青空へと変わる。



「父上、母上。前方にラリマー様の魔力の痕跡……そして、強大な神気の残滓を感知しました」



長男のグラシアルが、手に持った魔導コンパスを見つめながら報告する。


彼の周囲には、鋭い氷の結晶が幾重にも展開され、忍び寄る魔獣を自動で切り刻んでいた。



「よし……! 待っていてくれ、ラリマー! 今、パパとママが助けに行くからねえええっ!!」



「急ぐわよ! 一秒でも早くラリマーを抱きしめないと、私の心が爆発してしまうわ!」



冷徹な粛清者と恐れられる公爵夫妻の仮面は、どこにもなかった。


そこにあるのは、愛娘を奪われてなりふり構っていられない、ただの「重度の親バカ」の姿である。


彼らは樹木をなぎ倒し、地響きを立てながら、一直線にラリマーの元へと突進していった。


一方その頃。


森の奥深くにある、陽だまりの美しい広場。



「むにゃ……もふもふ……あたたかい……」



ラリマーは、子猫サイズになった黒豹ヴェスペルの毛並みに顔をうずめ、白狼シリウスの尻尾を抱きしめたまま、至福の二度寝を満喫していた。


聖獣たちの体温は心地よく、まるで高級な羽毛布団と極上のムートンラグに包まれているかのようだ。前世の神様時代、冷たい神殿で独り寂しく祈りを捧げていた日々が嘘のように感じられる。



(ふふ……やっぱり、人間と関わらないスローライフは最高ね。この子たちは私の言うことをなんでも聞いてくれるし、甘えさせてくれるし……もう一生、ここで暮らしたいわ)



ラリマーは満足気に「ふふん」と小さな鼻を鳴らした。


すると、シリウスが愛くるしいソプラノボイスで話しかけてくる。



『ラリマー様、ご気分はいかがですか? お喉が乾いておられましたら、先ほど摘んできた甘い木の実の果汁をお口にお運びいたしますが』



『ラリマー様、毛並みのブラシがわりとして、私の背中をお使いください。いつでもすりすりしていただいて構いませんぞ』



「シリウスもヴェスペルも、やさしいなぁ。だいすき!」


ラリマーが小さな手で二匹の頭をなでなですると、神獣としての威厳などどこへやら、二匹は「きゅ〜ん」「にゃ〜ん」とうっとりした声をあげて顔をほころばせた。



(よし、決めたわ。この森の真ん中に、神力を使って小さなお家を作ろう。お花畑も作って、毎日もふもふたちと遊んで暮らすのよ。人間たちの勝手な都合に振り回されるのは、前世でコリゴリだもの!)



幼い心に固い決意を抱いた、その瞬間だった。


ズズズズズ……ッ!


遠くから、何か地鳴りのような重低音が響いてきた。


鳥たちが一斉に空へと飛び立ち、森の小動物たちが怯えたように逃げ出していく。



「……ん? なにか聴こえる……?」



ラリマーが首を傾げると、シリウスとヴェスペルの耳がピクンと跳ね上がった。



『ラリマー様、お戯れをおやめください。……人間どもが、凄まじい殺気を放ちながらこちらへ近づいてきております』



『フシューッ! 主を害しようとする愚か者め……返り討ちにしてくれましょうぞ!』



二匹は瞬時にラリマーをかばうように前に立ち、子猫サイズから元の巨大な聖獣の姿へと変化した。


体長数メートルを超える伝説の白狼と黒豹。その神聖な圧迫感が広場を満たす。


しかし、近づいてくる「それ」の圧力は、聖獣たちの殺気すら上回っていた。


ドガーンッ!!!


広場の手前にあった巨大な樹木が、まるでマッチ棒のように木っ端微塵に砕け散る。


舞い散る木屑と煙の中から現れたのは――



「「「「ラリマーーーーーッ!!!!」」」」



狂乱した顔の、ランドゥール公爵家ご一行様であった。



「……え?」



ラリマーは、開いた口が塞がらなかった。


そこにいたのは、血と返り血(魔獣の)で泥だらけになりながらも、常軌を逸した目力で自分を見つめてくる四人の人間。


先頭に立つスノーホワイトの髪の男性――父・イージスは、目から鱗のような涙をポロポロと流している。


隣の白金髪の女性――母・グレイスは、胸を押さえて「ああああっ!」と歓喜の悲鳴をあげていた。



「無事だった……! 我が愛しい天使が、無事だったぞおおおっ!!」



「ラリマー! パパよ! ママよ! 会いたかった……! 会いたかったわああああっ!」



(……な、なにこの人たち……!? 恐怖なんですけど……!?)



前世の記憶を取り戻したばかりのラリマーにとって、人間の愛憎はトラウマの対象でしかない。


特に、この猛烈すぎる圧力を放つ四人は、関わってはいけないタイプの人間だと本能が告げていた。



「ひえ……っ! こ、来ないでぇ……っ!」



ラリマーは思わず、シリウスの巨大なもふもふの足の裏へと隠れた。


すると、シリウスとヴェスペルが低い唸り声をあげて公爵家を牽制する。



『控えよ、人間ども! このお方は我らが崇高なる主・ラリマー様であられる! 無礼な接近は許さぬ!』



『下がりなさい! 主が怯えておられるではないか!』



伝説の聖獣二匹による、山をも揺るがす圧巻の威嚇。


普通の人間なら、恐怖で失禁して平伏するレベルの圧であった。


――しかし。


相手が悪すぎた。



「……なんだ、その泥犬とドブネコは」



イージスの深紅の瞳から、スッと感情が消えた。


次の瞬間、絶対零度の吹雪が広場全体を包み込む。



「我が娘と私の感動の再会を邪魔する気か? 聖獣だろうが何だろうが、我が娘の『壁』になるというなら……叩き潰すまで」



「ええ、そうねイージス。ラリマーが怯えているのは、あなたたちのせいよ! どきなさい、この害獣ども!」



グレイスの手から、太陽のような巨大な火の玉が錬成される。


さらに、後ろからは長男グラシアルと次男シュバートが、殺気全開で武器を構えた。



「ラリマーに触れるな、獣め。細切れにするぞ」



「ねえねえ、どっちが先にあの大きなモフモフを剥ぎ取れるか勝負しようか、兄さん?」



『『――――ッ!?!?』』



シリウスとヴェスペルの背中に、冷や汗が吹き出た。


目の前にいる人間たちは、狂っている。


聖獣としての威厳も、神獣としての力も、この「愛娘を奪われて暴走している親兄弟」の前には何の意味もなさないことを、彼らは本能で理解してしまったのだ。



(あ、ダメだわこれ。この人たち、本気でシリウスたちを殺しにかかってる……!)



ラリマーは焦った。


人間は大嫌いだが、自分を大切にしてくれた聖獣たちが傷つくのは絶対に嫌だ。



「や、やめてぇぇぇっ!!」



ラリマーは意を決して、シリウスの影からトコトコと走り出ると、イージスとグレイスの目の前に立ちはだかり、小さなおててを大きく広げた。



「シリウスとヴェスペルを、いじめちゃダメぇっ!!」



「「「「……ッ!!!!!」」」」



ドゴォォォォンッ!!!


静寂。


イージスとグレイス、そして二人の兄たちの胸に、目に見えない巨大な衝撃波が突き刺さった。


両手を広げて、必死に聖獣たちをかばう三歳児の姿。


スノーホワイトの髪をなびかせ、バイオレットの大きな瞳を潤ませながら、舌足らずな声で「ダメぇっ!」と叫ぶ愛くるしさ。


ドサッ、ドサッ!!



「ぐはっ……! 天使……我が娘は、やはり天使であったか……!」



「ああ……っ! ラリマーが……ラリマーが喋ったわ……! 私たちのために(違います)お手手を広げているわ……っ!」



イージスとグレイスは、その場に膝をつき、胸を押さえて吐血せんばかりの勢いで悶絶し始めた。


長男のグラシアルは鼻を押さえて天を仰ぎ、次男のシュバートは「かわいすぎる……無理……」と地面に突伏している。



(な、なに……!? 魔法攻撃をしたわけじゃないのに、なんで勝手に倒れてるの……!?)



ラリマーはドン引きした。


前世の神時代にも、色々な人間を見てきたが、こんな奇妙な反応をする人間は見たことがない。


困惑するラリマーのもとへ、イージスが膝立ちのまま、にじり寄ってきた。


その顔は涙と鼻水(?)でグシャグシャだったが、その瞳にはどこまでも純粋で、深く、温かい「愛」が宿っていた。



「ラリマー……怖かったろう。寂しかったろう……。遅くなって済まなかった……! パパを許しておくれ……!」



 ギュッ……!



「ふあ……っ!?」



イージスの大きくて温かい腕が、優しく、けれどしっかりとラリマーの小さな体を包み込んだ。


続いて、グレイスも涙を流しながら、二人を包み込むように抱きしめてくる。



「よかった……無事でよかったわ、ラリマー……! もう絶対に、あなたを離さないから……っ!」



「あ……」



ラリマーの思考が停止した。


人間の肌の温もり。


自分を心から心配し、無事を喜んで涙を流してくれる温かい雫。


前世の人間たちは、誰もこんな風に自分を抱きしめてはくれなかった。神としての利用価値しか見ていなかった。



(あたたかい……。これが……家族……?)



人間なんて大嫌い。


そう思っていたはずなのに、公爵夫妻の力強い抱擁と、自分を慈しむ大きな手つきに、ラリマーの心の中の「冷たい氷」が、ほんの少しだけ溶かされていくような気がした。



「……うぅ」



幼い肉体の感情が溢れ出し、ラリマーの目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。



「パパ……ママ……」



「「ラリマぁぁぁあッ!!」」



娘から「パパ」「ママ」と呼ばれた瞬間、公爵夫妻の涙腺は崩壊した。


二人はラリマーを抱きしめたまま、森の真ん中で大号泣を始めたのだった。


こうして、魔獣の森での失踪事件は、爆速かつ感動(?)の再会によって幕を閉じた。


しかし、人間嫌いの元神様幼女・ラリマーにとって、これは本当の試練の始まりに過ぎなかった。


なぜなら――公爵邸に連れ戻された後、待っていたのは過保護すぎる家族による「怒涛の溺愛攻撃」だったからである。




第5話:公爵邸への帰還と、終わらない溺愛戦争魔獣の森での騒動から数日。



無事に救出(※実際は魔獣の森で神獣と優雅なお茶会からの回収)された私は、生まれ育ったランドゥール公爵邸の自分の部屋へと連れ戻されていた。



「――ふぅ。やっぱり、お家のお布団はふかふかね……」



私は天蓋付きの超巨大なベッドの上で、ぽてんと短足座りをしながら呟いた。


前世は『生命を司る神・リリィファ』。


人々の身勝手さに疲れ果て、勇者と魔王の激突に巻き込まれて命を落とした私は、三歳の幼女ラリマーとして転生した。


悪徳伯爵の罠で魔獣の森に捨てられた時には「よし、このまま森で静かにスローライフを送ろう!」と決意したはずだったのだが……。



(まさか、家族があそこまで狂乱して森を更地にしながら殴り込んでくるなんて、予想できるわけないじゃない……!)



思い出しても顔が熱くなる。


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら自分を抱きしめて泣いた父・イージスと、母・グレイス。


そして、必死で涙をこらえながら私の小さな手を握りしめていた二人の兄。


前世で人間に利用され、冷遇されてきた私にとって、彼らが注いでくれる無償の愛はあまりにも眩しく、そしてあたたかかった。



(人間は大嫌い。……だけど、ランドゥールの家族だけは、ちょっとだけ特別……かも)



素直にそう思える程度には、私の頑なだった心は解け始めていた。


 ……が。



「ラリマー様! あのような人間どものお布団などより、私のモフモフな毛並みのほうが心地よいはずですぞ!」



「左様です! さあラリマー様、私の背中へお乗りください! 最高のクッションとなりましょう!」



 ポコンッ、と心地よい効果音とともに、ベッドの上に二匹の小さな影が現れた。


子猫サイズに小さくなった白狼【シリウス】と、黒豹【ヴェスペル】である。


森の最上位聖獣であり、私に名付けられたことで神獣へと進化を遂げた二匹は、なんとちゃっかり公爵邸まで一緒についてきてしまったのだ。



「シリウス、ヴェスペル……! ふたりとも、お部屋に入って大丈夫なの? パパたちに見つかったら、またお怒りになられるんじゃ……」



「ご安心ください。あのような人間どもの警備など、我らの神気をもってすれば容易くすり抜けられます」



「さあ主よ! まずは私のお耳を心ゆくまでお触りください!」



シリウスが「きゅ〜ん」と可愛らしい声をあげて、白い耳をピコピコと動かす。


ヴェスペルも負けじと、なめらかな黒いしっぽを私の手にすりすりと巻きつけてきた。



「あぅ……っ! ダメ……そんなの、抗えない……っ!」



もふもふの誘惑にプライドが一瞬で爆散した私は、両手を伸ばして二匹をぎゅ〜っと抱きしめた。



「ふにゃ〜〜……っ! 極上……極上の毛皮……っ!」



「おお、ラリマー様のお手手が……お心が……温かい……!」



「ふふ、これでこそ我らの愛する主……」



三歳児の肉体を得た私にとって、神獣たちのモフモフは最高のヒーリングである。


前世の神様時代のストレスなんて、一瞬で吹き飛んでいくかのようだ。


――しかし。


そんな至福のモフモフタイムは、突如として破られた。


バァァァンッ!!!!


豪快な音を立てて、部屋の重厚なオーク材のドアが押し開かれたのだ。



「ラリマーーーッ!! パパが作った特製のいちごタルトをお持ちしたよおおおっ!!」



「イージス、押し通るのはおやめなさい! ラリマー、ママが最高級のシルクで縫い上げた新しいドレスよ! さあ、着替えましょうね!」



「「「「……ッ!?」」」」



入ってきたのは、トレーに山盛りのスイーツを載せた父・イージスと、色鮮やかなフリフリドレスを抱えた母・グレイス。


そしてその後ろには、長男のグラシアルと次男のシュバートまで控えている。


公爵家ご一行様の視線が、ベッドの上で二匹の神獣を抱きしめている私へと注がれた。


静寂。


次の瞬間、部屋の温度が目に見えて急降下し、同時に空気がメラメラと熱を帯び始めた。



「……また出たな、泥犬とドブネコ」



イージスの深紅の瞳から、スッと光が消える。


粛清者の冷徹な威圧感が爆発し、部屋の天井にツララが生成され始めた。



「我が娘の聖域である寝室に不法侵入とはいい度胸だ。ラリマーに馴々しく触れるなと言ったはずだぞ」



「ええ、そうねイージス。害獣は害獣らしく、庭の小屋で震えていればいいものを……。ラリマー、その汚い毛玉たちから離れなさい。ママが抱っこしてあげるから!」



グレイスの手元で、小さな火の玉がバチバチと火花を散らす。


対するシリウスとヴェスペルも、私の前で毛を逆立て、低い唸り声をあげた。



『控えよ、人間ども! 我らはラリマー様から真の名を賜りし神獣であられるぞ!』



『主のお膝元は我らの定位置! いくら親であれど、この場所を譲る気は毛頭ない!』



「ほう……言わせておけば」



後ろから一歩前へ出たのは、長男のグラシアル(15歳)だ。


学園で『雪幻の王子』と称される美貌の顔立ちに、一切の容赦がない冷酷な笑みを浮かべている。



「たかが獣の分せいで、僕たちの妹に触れていいと思っているのか? 水魔法で凍らせて、庭の飾りにでもしてやろうか」



「兄さん兄さん、凍らせたらラリマーが悲しむよ。僕の風魔法で、毛を一本残らずむしり取って遠くに飛ばしてあげるのが一番じゃないかな?」



次男のシュバート(12歳)も、母譲りの甘いフェイスで悪魔のような提案をしている。



(ひ、ひえぇぇぇぇ……っ!? また始まったわ……!)



私は頭を抱えた。


公爵邸に戻ってきてからというもの、毎日がこの調子なのだ。


家族は私を溺愛するあまり、私にベッタリなシリウスとヴェスペルを敵視し、シリウスたちもまた「主を独占しようとする不敬な人間ども」として家族に対抗している。


最強の公爵家 ✕ 最強の神獣による、私を巡る「終わらない溺愛戦争」が絶賛開幕中なのである。



「み、みんな……けんかはダメぇ……っ!」



私はベッドからピョコンと飛び降りると、トコトコと短足で走り、家族と神獣の間に割り込んだ。


そして、必死で短くて丸っこい両手を広げる。



「みんな仲良くしなしゃいっ!」



「「「「「……っ!!!!!」」」」」



ドゴォォォォンッ!!!


目に見えないキュートの波動が、部屋にいた全員の胸をぶち抜いた。


両手を広げて必死に仲裁しようとする、三歳の私。


スノーホワイトの長い髪を揺らし、バイオレットの大きな目を潤ませ、舌足らずに「しなしゃいっ!」と叫ぶ愛くるしさ。


ドサッ! ドサッ! ドサッ!



「ぐはっ……! 『しなしゃい』……! ラリマーが、またしても天使のような口調でお説教を……っ!」



「ああああっ! 胸が……胸が苦しいわイージス! かわいすぎて心臓が止まりそうよ!」



父と母はその場に倒れ込み、胸を押さえて悶絶し始めた。


長男のグラシアルはスッと壁に手をついて天を仰ぎ、「……尊い」と一言呟いて静かに眼を閉じている。


次男のシュバートに至っては、「無理……かわいすぎて息ができない……」と絨毯の上で転がっていた。



『おのれ……人間どもめ、ラリマー様の可愛さに当てられて自滅するとは……!』



『ラリマー様、あのような者たちは放っておいて、私をお撫でください!』



シリウスとヴェスペルが、勝ち誇ったように私の足元に擦り寄ってくる。



(あ、ダメだわこの人たち……全然反省してない……)



私は深々と溜め息をついた。


前世の神時代、幾多の試練や邪神の降臨とも戦ってきた私だったが、この「過保護すぎる家族と神獣たちの溺愛」という暴風雨の前には、神の威厳など何の役にも立たないことを痛感していた。


その日の午後。


なんとか全員を宥めすかした私は、公爵邸の広大な庭園でお茶会をひらくことになった。


緑豊かな庭園には、色とりどりの花々が咲き誇り、中央のガゼボ(東屋)には高級感あふれる白磁のティーセットが並べられている。


テーブルの上には、シェフが腕によりをかけて作った色鮮やかなお菓子や、摘みたてのフルーツがずらりと並んでいた。



「さあラリマー、パパ特製のいちごタルトだよ。あーんしておくれ」



「イージス、ずるいわ! ラリマー、ママが作った絞りたてのジュースを先に飲みましょうね!」



イージスとグレイスが、左右から猛烈なアピールをしてくる。


私は苦笑いしながら、ふたりの差し出すタルトとジュースを「あーん」と口に含んだ。



「ん……おいしい!」



一口食べた瞬間、お口の中に広がる甘酸っぱいいちごと、サクサクのパイ生地。


前世の神時代、私は信仰の供物として捧げられた冷え切った果物くらいしか口にしたことがなかった。


こんなに温かく、心のこもった美味しい食べ物を味わったのは、人生(神生?)で初めてのことだった。



「ふふ……ラリマーは、本当に美味しそうに食べるね」



隣に座っていた長男のグラシアルが、優しく私の頭を撫でてくれた。


学園では『氷の王子』として誰にも笑顔を見せないという彼だが、今の顔はまるで陽だまりのように柔らかい。



「ねえラリマー、学園のお休みが終わったら、お兄ちゃんが魔法の基礎を教えてあげるね。ラリマーはどんな魔法が好き?」



次男のシュバートが、身を乗り出すようにして聞いてくる。



「えっとね……わたしは、『おはなを元気にする魔法』がすき!」



「お花を……?」



そう言うと、私は足元に咲いていた、少し萎れかかっていた小さな一輪のバラに短いてをかざした。



(ほんの少しだけ……神力(生命操作)を使っちゃおうかしら)



私は誰にも気づかれない程度の、ほんのわずかな『生命の波動』を手に宿し、萎れたバラへと注ぎ込んだ。


すると――


キィン……


一瞬、小さな光が弾けたかと思うと、萎れていたバラが一瞬でみずみずしさを取り戻し、大輪の美しい赤い花を咲かせたのだ。


それどころか、周囲のつぼみまでが一斉に花開き、ガゼボの周りが鮮やかな花々で満たされていく。



「「「「……ッ!?」」」」



家族全員が、目を見開いて息をのんだ。



「い、今のは……ユニーク魔法……!? いや、詠唱も魔方陣もなしで、植物の生命力を一瞬で活性化させたというのか!?」



グラシアルが立ち上がり、驚愕の声をあげる。



魔法の首席である彼だからこそ、今の現象がどれほど異常で、どれほど高レベルなものかが分かってしまうのだ。



「すごい……! ラリマー、君は一体……!」



シュバートも目を輝かせている。



(あ、やば……ちょっとやりすぎちゃったかしら!?)



焦った私は、あわてて短いてをパタパタと振って、とぼけたフリをした。



「えへへ……おはなさん、『元気になあれ』ってしたら、元気になったの!」



「「「「〜〜〜〜っっっっ!!!!」」」」



ドバアアアアッ!!!



「おおお……っ! 我が娘は天才……いや、奇跡の愛の天使だあああっ!」



「『元気になあれ』だなんて……なんて優しくて可愛い子なの……っ! 世界中の花畑をラリマーのために買い占めましょう!」



懸念していた怪しまれる展開どころか、家族の親バカフィルターによって「ただの可愛い奇跡」として処理されてしまった。



(ふぅ……助かったわ。神様の力だってバレたら、大騒ぎになっちゃうものね)



私がホッと胸を撫で下ろしていると、足元で丸くなっていたシリウスとヴェスペルが、呆れたように念話を送ってきた。



『ラリマー様……あのような手加減された神力でも、人間どもにとっては天地がひっくり返るほどの奇跡にございますぞ』



『ふふ、しかしラリマー様が楽しそうにされているなら、我らは何も申しません』



(もう、ふたりとも黙っててよ……)



私は二匹の頭をつんつんと軽く小突いた。


美味しいスイーツ、温かい紅茶、過保護でちょっと騒がしい家族、そして愛くるしい神獣たち。


前世で人間を嫌い、絶望の中で死んでいった私が、今こうして人間の温もりに包まれて笑っている。



(人間なんて大嫌い……そう思っていたけれど。この家の子になれて、ちょっとだけ良かったのかもしれないわね)



心がポカポカと温かくなっていくのを感じながら、私は幸せそうにいちごタルトを頬張るのだった。


――だが。


そんな平和で幸せな日常に、新たな「波乱の予感」が迫っていた。


数日後。


ランドゥール公爵邸に、一通の豪華な金箔押しの手紙が届けられたのだ。


差出人は――コンコード帝国王家【バシレウス家】。



「イージス、王家からの緊急招集状よ。……皇帝陛下が、魔獣の森の騒動の真相と、我が家に新しく生まれた『奇跡の申し子』……ラリマーに会いたいとおっしゃっているわ」



グレイスが手紙を読み上げると、イージスの顔が再び氷のように冷たく引き締まった。



「インテグラルめ……余計な嗅ぎ回りをするなと言っておいたものを。我が愛娘を社交界のドブネズミどもの前に晒す気か」



「でも、拒否はできないわ。……ラリマーも一緒に、王宮へ向かいましょう」



王宮への進出。


それは、コンコード帝国のトップが集う大舞台であり、そして後に私の『運命の相手』となる人物――第3王子【ディアレスト】との出会いを意味していたのだった。




第6話:王宮の小さな天使と、運命の一目惚れ



コンコード帝国の中心にそびえ立つ、純白の城壁と蒼穹に輝く尖塔――コンコード王宮。


産業と兵力の頂点に立つ大帝国の象徴たるその場所は、本日、異常な緊張感に包まれていた。


王宮の大廊下を進むのは、帝国守護の要である【ランドゥール公爵家】の一行。


先頭を歩くのは、冷酷無比な氷の粛清者・当主イージス。


その隣には、劫火を纏う美しき聖母・夫人グレイス。


さらに後ろには、学園で頭角を現す美形兄弟、グラシアルとシュバートが控えている。


だが、王宮の騎士や侍女たちの視線が集中していたのは、その重々しい公爵夫妻の間を、短足でトコトコと一生懸命歩いている一人の小さな幼女だった。



「……ふああ、おっきなお城ねぇ」



つぶやいたのは、私――ラリマー・ランドゥール(3歳)。


本日は王家からの緊急招集により、初めて王宮へと足を踏み入れていた。


今日の私の衣装は、母・グレイスが夜なべして仕立てた、白と薄紫を基調とした最高級シルクのドレスだ。


スノーホワイトの長い髪には可愛らしい紫のフリルリボンが結ばれ、歩くたびにバイオレットの瞳がくりくりと動く。


さらに、私の左右には、子猫サイズに小さくなった神獣シリウス(白狼)とヴェスペル(黒豹)が、護衛のようにぴったりと寄り添って歩いていた。



(……それにしても、周りの視線がすごいのだけれど)



すれ違う近衛騎士たちが、私を見た瞬間に「ッ……!?」と息をのんで硬直している。


侍女たちに至っては、胸を押さえて「可愛すぎる……」「あのお方が噂の公爵家の天使様……!?」とヒソヒソ声で悶絶していた。



「ラリマー、疲れてはいないかい? パパが抱っこしようか?」



「イージス、あなたばかりずるいわ! ラリマー、ママの抱っこがいいわよね?」



イージスとグレイスが、廊下の真ん中で一瞬即発の視線を交わし始める。



「ふたりとも、だいじょうぶ! わたし、あるけるもん!」



私がフンスと鼻を鳴らして短いて手を振ると、公爵夫妻は「おお……自立心まで天使……!」と胸を押さえて倒れそうになっていた。



『ラリマー様、不敬な人間どもが群がってきておりますな。いつでも噛みちぎる準備はできておりますぞ』



『落ち着きなさいシリウス。主のお召し物を汚すわけにはいきません。……首を絞める程度にしておきなさい』



足元で不穏すぎる念話を取り交わすシリウスとヴェスペルに、私は苦笑いを浮かべた。



(相変わらず物騒な二匹だけど……まあ、前世の冷たい神殿に比べたら、賑やかで悪くないわね)



やがて、重厚な金箔装飾の施された謁見の間の大門が開かれた。



「ランドゥール公爵家、お見えになりました!」



兵士の威厳ある声が響き渡る。


広い謁見の間の奥、一段高い玉座に座っていたのは、コンコード帝国の頂点に立つ皇帝【インテグラル・バシレウス】。


王家の象徴である白金の髪と、吸い込まれるようなサファイアの瞳を持つ、豪快で男気あふれる33歳の男性だ。


その隣には、ピンク色の髪に水色の瞳を持つお茶目で可愛らしい王妃【アイリス】(30歳)が笑顔で座っていた。



「おお! 来たなイージス! 久しぶり――」



皇帝インテグラルが豪快に声をかけようとした、その瞬間だった。


イージスとグレイスの間の後ろから、トコトコと前に出てきた私の姿が、皇帝夫妻の視界に入った。



「「……ッ!?」」



皇帝と王妃の動きが、ピタリと止まった。


スノーホワイトの髪に、神秘的なバイオレットの瞳。


三歳児ならではのフニフニとした丸い頬と、小さな手足。


そして何より、その全身から漂う、穢れなき神聖で愛くるしいオーラ。



「……な、なんだあの可愛らしい生き物は……!?」



「インテグラル……! あれが噂の……イージスたちの末娘ちゃみなの……!? 可愛すぎるわ、どうしましょう……っ!」



皇帝夫妻の威厳は、わずか一秒で崩壊した。


王妃アイリスに至っては、ドレスの裾をまくり上げて玉座から駆け下りてくると、私の目の前にしゃがみ込んだ。



「初めまして、可愛らしい天使ちゃん! 私はアイリスよ。……あああっ、お肌がもちもち! 目が綺麗! お持ち帰りしたいわ!」



「こらアイリス、王妃の威厳はどうした……と言いたいところだが、うむ、確かに言葉を失う可愛さだな」



皇帝インテグラルもまた、大きな体を丸めて私の目線に合わせて屈んできた。



「失礼だなインテグラル。我が愛娘を『生き物』などと呼ぶな。ラリマーは天からの授かりものだ」



イージスが冷たい声で割り込むと、インテグラルはガハハと笑って彼の肩を叩いた。



「相変わらず堅物だなイージス! だが、お前が親バカになる気持ちも分かるぞ。……ところで、その足元にいる小さなモフモフたちは何だ?」



『控えよ人間。我らは魔獣の森の聖獣……ラリマー様のお世話係であられる』



シリウスが念話で堂々と威嚇すると、インテグラルは「なんと! 聖獣を従えているのか!?」と目を丸くした。



「すごいわ、ラリマーちゃん! まるで絵本に出てくるお姫様みたい!」



王妃アイリスが私の手を優しく包み込んでくれる。


前世の記憶がある私だが、アイリスの温かい手の温もりに、悪い気はしなかった。



(王家の人たちって、もっと身勝手で威張っているのかと思ったけれど……案外、良い人たちなのかしら?)



私が首をかしげていると、謁見の間の脇にある扉から、パタパタと小さな足音が近づいてきた。



「父上、母上! 急に呼び出したりして、一体何事ですか――」



現れたのは、三人の少年たちだった。


一人目は、白金髪に水色の瞳を持つ、15歳の第1王子【ルクス】。


儚げで可愛らしい顔立ちだが、素顔は豪快な青年で、長男グラシアルの親友だ。


二人目は、ピンク髪にサファイアの瞳を持つ、13歳の第2王子【ルート】。


やんちゃなイケメン顔で、次男シュバートの悪友である。


そして――最後に入ってきた、三人目の少年。



「……?」



その男の子を見た瞬間、私の中で何かが『ピクッ』と反応した。


年齢は、おそらく五歳ほど。


王家の象徴であるスノーホワイトに近い美しい白金の髪と、吸い込まれそうな深いサファイアの瞳。


母・アイリス譲りの甘く可愛らしい顔立ちをしているが、その背筋はピシッと伸びており、幼いながらも高貴な気品を漂わせている。


コンコード帝国第3王子――【ディアレスト・バシレウス】(5歳)。



「ディアレスト、ちょうど良かったわ! ほら、ランドゥール公爵家のラリマーちゃんよ!」



王妃アイリスが笑顔で紹介する。


ディアレスト王子は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。


そして、私の目の前で足を止めると、じっと私を見つめた。



(な、なに……? じろじろ見て……私の顔になにかついてるかしら?)



私がバイオレットの瞳をパチパチさせて彼を見上げていると――


ドクン……!


ディアレスト王子のサファイアの瞳が、見開かれた。


彼の目から見れば、目の前に立っているのは、まるで光の粒子を纏ったかのような幻想的な美少女だった。


雪のような白い髪、宝石のように輝く紫の瞳、そして何より、傷ついた魂を優しく包み込むような、圧倒的な『生命の温もり』。


――ズキュゥゥゥンッ!


ディアレストの胸の中に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。



(……あ、あたたかい。なんだろう、この気持ち……。胸が熱くて、苦しくて……でも、すごく愛おしい……!)



大切な人には無償の愛を注ぐという性格を持つディアレスト。


彼の幼い心が、一瞬にして目の前の三歳児――ラリマーに『一目惚れ』した瞬間だった。


静寂が流れる謁見の間。


ディアレスト王子は、一切の迷いのない動作で、私の前にすっと片膝をついた。


そして、私の小さな右手をとると、まるで物語の騎士のように、優しく、愛おしそうに――自身の唇を私の手の甲へと寄せたのだった。


チュッ……。



「……え?」



私は、固まった。



(え……? い、いま、手にお口が触れた……!?)



中身は前世の神様である私だが、まさか五歳の男の子にこんなロマンチックな挨拶をされるなんて思ってもみなかった。顔がじわじわと熱くなっていくのが分かる。


ディアレスト王子は、顔を上げると、サファイアの瞳をまっすぐに私へと向けた。


その表情は、先ほどまでの澄ました王子様の顔ではなく、一人の情熱的な男の顔(※ただし5歳)だった。



「初めまして、僕の愛しいお姫様(プリンセス)。僕はディアレスト・バシレウス」



鈴を転がすような、けれど芯のある美しい少年ボイス。



「君に会った瞬間、僕の心は君のものになりました。……どうか、僕の生涯をかけて、君をお守りすることをお許しください」



「「「「「……ッ!??????」」」」」



謁見の間に、全次元を揺るがすほどの衝撃波が駆け抜けた。



「ディアレストーーーーーッ!??????」



一番最初に叫んだのは、父・イージスだった。


粛清者の氷の仮面は完全に叩き割られ、深紅の瞳を血走らせてディアレストへと殴りかからんばかりの勢いで身を乗り出す。



「貴様あぁぁっ! 我が愛娘の純潔な手に何という不敬をっ! 5歳児だろうが王子だろうが許さん! 凍殺してやるうぅぅっ!」



「イージス、落ち着きなさい! 先に焼き殺すのは私よ! ディアレストちゃん、うちのラリマーに何を吹き込んでいるの!?」



グレイスの手から地獄の劫火が噴き出し、長男グラシアルと次男シュバートも殺気全開で剣と風魔法を構えた。



「おいおいおい待てイージス! 落ち着け! うちの息子が暴走してすまん!」



皇帝インテグラルが冷や汗びっしょりでイージスを抑え込み、王妃アイリスは「あらあら〜! ディアレストったら、男を見せたわねぇ!」とキャッキャと喜んでいる。


室内が大混乱に陥る中、当のディアレスト王子は、周りの怒号など一切耳に入っていない様子だった。


彼は私の手を大切そうに両手で包み込んだまま、甘く優しい微笑みを私に向けてくる。



「ラリマーちゃん。……僕のこと、好きになってくれる?」



「ふあ……っ!?」



甘い……! 甘すぎる……!


母譲りの可憐な顔立ちと、父譲りの男気、そして「大切な人に無償の愛を注ぐ」という本能が合わさった5歳児の破壊力は凄まじかった。



(な、なにこの子……!? 5歳にして、なんでこんなスパダリみたいなセリフが言えるの……!?)



前世の神時代、人間たちのドロドロとした欲望や身勝手さばかりを見てきた私にとって、ディアレストが向けてくる「100%の純粋な愛と執着」は、あまりにも刺激が強すぎた。



「あのね……えっとね……」



私が赤面してタジタジになっていると、私の足元から二匹の神獣が飛び出してきた。



『控えよ、人間の幼子! ラリマー様に気安く触れるな!』



『主の右手を汚すとは不敬なり! 噛みつくぞ!』



シリウスとヴェスペルが牙を剥いてディアレストを牽制する。


普通の子どもなら、伝説の聖獣に凄まれたら恐怖で泣き出すところだろう。


しかし――ディアレスト王子は違った。


彼はサファイアの瞳をきらりと光らせると、二匹の聖獣を怖がるどころか、フッと不敵で愛くるしい笑みを浮かべたのだ。



「君たちが、ラリマーちゃんを守る聖獣だね? ……大丈夫、君たちのことも僕が愛してあげる。だから、ラリマーちゃんを僕に頂戴?」



『『――――ッ!?』』



シリウスとヴェスペルが、絶句した。


五歳の幼子にして、聖獣の威圧を軽く受け流し、逆に交渉(?)を持ちかけてくる圧倒的な大物感。



(この子……ただの可愛らしい男の子じゃないわ……!)



私はごくりと唾を飲み込んだ。


こうして――


人間嫌いの元神様幼女・ラリマーと、彼女に一目惚れして底なしの愛を注ぐ男ヒロイン・ディアレスト王子の「運命の出会い」は、大混乱と大騒動の中で果たされたのだった。


謁見が終わり、王宮の美しい庭園へと移動した私たち。


大人たちが興奮を冷ますためにティータイムをとる中、私とディアレスト王子、そして兄たちや神獣たちは、庭園のガゼボ近くで過ごすことになった。



「ラリマーちゃん、喉は乾いていない? これ、僕のお気に入りの葡萄ジュースだよ。飲んでみて?」



ディアレスト王子は、侍女から受け取ったグラスを両手で持ち、私のお口へと優しく運んでくれる。



「あ、ありがと……」



「ふふ、美味しい? 良かった」



私がジュースを飲む姿を、ディアレスト王子はまるで宝物を見るような目で見つめている。


その眼光は、過保護な父イージスとはまた違う、甘く重い「執着」の芽生えを感じさせた。



(うぅ……なんだか落ち着かないわ。前世も含めて、こんなにストレートに好意をぶつけられたことなんてないもの……)



私が戸惑っていると、遠くでグラシアルとシュバートが、ディアレスト王子を恐ろしい目で見つめていた。



「チッ……ディアレストの奴、5歳のくせに手慣れてやがる……」



「ねえ兄さん、僕の風魔法でディアレスト王子だけ遠くに吹き飛ばしてこようか?」



『我らも手貸しますぞ、お兄様方』



『主の純潔を守るためなら、王家相手でも容赦はいたしません』



兄二人と神獣二匹による「対ディアレスト同盟」が密かに結成されつつあった。


しかし、そんな周りの殺伐とした雰囲気などどこ吹く風で、ディアレスト王子は私の小さな手をぎゅっと握りしめて言った。



「ラリマーちゃん。僕、これから毎日ランドゥール公爵邸に遊びに行っていい?」



「ええっ!? ま、毎日……!?」



「うん! 君とずっと一緒にいたいんだ。僕が君を守る騎士(ナイト)になるからね」



屈託のない、けれど本気度の高すぎる5歳児の笑顔。



(人間は大嫌い……。人間の男なんて、一番信じられない……)



そう心の中で呟きながらも、握られたディアレスト王子の手のあたたかさと、まっすぐなサファイアの瞳を見つめていると、胸の奥がキュンと甘く痺れるような感覚を覚える。



(……ほんとうに、調子が狂うわね)



元神様の幼女・ラリマーの日常に、過保護な家族と神獣、そして愛が重すぎる男ヒロインという新たな要素が加わり、物語はさらに賑やかで甘いヒーリングドラマへと加速していくのだった。




第7話:王宮の枯れた世界樹と、小さな奇跡



「ちょっと……ディアレスト王子? どうしてここにいるの……?」



王宮での衝撃的な出会いから、わずか翌日の早朝。


私はランドゥール公爵邸の広大な庭園で、短足を投げ出して呆然としていた。


私の目の前にいるのは、白金の髪を朝日に輝かせ、ビシッと仕立てられた高貴な乗馬服を纏った五歳の少年――第3王子【ディアレスト・バシレウス】である。


彼の後ろには、王宮の近衛兵たちが青ざめた顔で「王子様、お待ちください……!」とハァハァ息を切らせて追いついてきていた。



「おはよう、ラリマーちゃん! 約束通り、遊びに来たよ!」



ディアレスト王子は、眩しすぎるほどの満面の笑みを浮かべると、トコトコと私のもとへ歩み寄り、当然のように私の隣にちょこんと腰掛けた。


そして、私の小さな手をぎゅっと自分の両手で包み込んでくる。



「昨日の夜は、君の夢を見たんだ。早く会いたくて、朝一番で馬を走らせて来ちゃった」



「あ、あさ一番って……まだお日様が昇ったばかりだよ……?」



「君に会えるなら、夜明け前だって平気だよ」



サラリと恐ろしいセリフを口にする五歳児。


母譲りの甘く可憐な顔立ちと、サファイアの瞳から放たれる圧倒的な純愛のオーラ。


前世で数千年の時を生きてきた元神様の私でも、この一直線な執着と好意には顔がカッと熱くなってしまう。



(な、なにこの子……! 五歳にしてこの天然のスパダリ感はなんなの……!?)



私が甘さにタジタジになっていると――


ズズズズズ……ッ!


庭園の空間が一瞬で凍りつき、背後から凄まじい地獄の殺気が立ち込め始めた。



「……ほう。王宮のドブネズミ……いや、第3王子殿下。我がランドゥール公爵邸の敷地に、無許可で侵入とはいい度胸だな」



現れたのは、深紅の瞳を血走らせ、手に絶対零度の氷剣を錬成している父・イージス。


その隣には、手に地獄の劫火を打ち鳴らしている母・グレイス。


さらに後ろからは、長男グラシアルと次男シュバートが、殺気全開で武器を構えて歩み出てきた。



「ディアレスト王子……僕たちの妹に気安く触らないでもらえますか? 5歳児だろうと、容赦なく氷漬けにしますよ」



「そうだよー。王子の立場を利用してラリマーに近づくなんてずるいなぁ。風で王宮まで吹き飛ばしちゃおうか?」



過保護すぎる最強家族が勢揃いし、ディアレスト王子を包囲する。


普通の五歳児なら、この「帝国最強の戦力」による圧迫感と殺気に晒されれば、恐怖で号泣して卒倒するレベルだ。


……しかし。



「おはようございます、公爵閣下、夫人、そしてお兄様方」



ディアレスト王子は、私の手を握ったまま、一切怯むことなく美しく気品あるお辞儀をした。



そして、サファイアの瞳をきらりと光らせると、爽やかな笑みを浮かべたのだ。



「僕の手土産です。ラリマーちゃんのために、王宮の特製最高級苺と、最高のパティシエが作った焼き菓子をお持ちしました。皆様もご一緒にいかがですか?」



「うっ……! 苺……最高級のイチゴだと……!?」



イージスが一瞬、動揺を見せた。


ラリマーが大の苺好きであることを知っている家族にとって、その手土産はあまりにも攻撃力が高すぎたのだ。



「くっ……手強い……! 5歳にして、相手の弱点を正確に突いてくるとは……!」



「イージス、毒味は私たちがするとして、ラリマーが喜ぶなら……ううん、ダメよ! 惑わされてはダメ!」



公爵夫妻が葛藤で身悶えしていると、私の足元から二匹の神獣が飛び出してきた。



『ぬうう……甘いお菓子でラリマー様を釣ろうなどとは片腹痛い!』



『主のお隣は我らの定位置! どきなさい、人間の王子!』



子猫サイズになった白狼シリウスと黒豹ヴェスペルが、牙を剥いてディアレスト王子に威嚇する。


するとディアレスト王子は、ポケットからサッと何かを取り出した。



「シリウス、ヴェスペル。君たちには、王宮の極上魔力ドライ肉を用意してあるよ。……食べるかい?」



『『――――ッ!?』』



シリウスとヴェスペルが、ピクッと耳を立てた。


王宮の極上魔力ドライ肉――それは高級な魔獣の肉を熟成させた、聖獣にとっても至高のご馳走である。



『ぐぬぬ……おのれ……我らはラリマー様の忠実なる神獣……あのような肉しときで……』



『シリウス、プライドを捨てるな……しかし、あの肉の香りは……』



(ふたりとも、一瞬で買収されそうになってるじゃないの……!)



私は呆れて額を押さえた。


ディアレスト王子は、過保護な家族と神獣たちの攻撃を、卓越した知略と懐の深さ(※と豊富な財力)で軽々と攻略していくのだった。



「ところで、ラリマーちゃん。今日は君に、お願いがあって来たんだ」



お茶会がひと段落した頃、ディアレスト王子が真剣な表情で私の目を見つめてきた。



「おねがい……?」



「うん。実はね……王宮の奥深くにある【世界樹の霊木】が、数ヶ月前からどんどん枯れ始めてしまっているんだ」



その言葉に、イージスやグレイスたちも表情を改めた。



「世界樹か……。コンコード帝国の繁栄と大地の魔力を司る、あの霊木だな」



「ええ。皇帝陛下も心を痛めておられたわ。帝国の最高の治癒魔法使いや植物学者を集めて手当をしているけれど、原因不明で枯れていく一方だと……」



ディアレスト王子は、ギュッと私の手を強く握りしめた。



「世界樹が枯れると、帝国全体の魔力が乱れて、街の人や子どもたちが病気になっちゃうかもしれないんだ。……だからね、ラリマーちゃん。昨日、君が庭のお花を一瞬で咲かせたのを聞いて、僕、思ったんだ。君なら、世界樹を助けられるんじゃないかって」



(……あ)



私は息をのんだ。


昨日、公爵邸の庭で私がうっかり使った神力(生命操作)。


家族は「ただの可愛い奇跡」として親バカフィルターで流してくれたけれど、ディアレスト王子はその真価値を鋭く見抜いていたのだ。



(世界樹……。前世の私が、大地に緑を育むために植えたあの神木の一族ね……)



前世の『生命を司る神・リリィファ』としての記憶が蘇る。


人間は大嫌いだ。自分勝手で、傲慢で、勝手に利用して感謝もしない生き物だ。


世界樹が枯れようが、帝国がどうなろうが、私には関係ない……そう思おうとした。


……けれど。



「ラリマーちゃん。僕、君に無理はさせたくないんだ」



ディアレスト王子が、愛おしそうに私の頬を撫でてくれた。



「もし君が嫌なら、絶対に行かなくていい。僕が君を守るから。……でも、もし君のお力で世界樹が元気になったら、きっと君はもっとたくさんの人から愛される。僕は、君が世界で一番幸せになってほしいんだ」



(この子は……自分のためじゃなくて、私のために言っているの……?)



サファイアの瞳に宿るのは、一切の計算も邪心もない、あまりにも純粋な愛。


前世の人間たちが私に向けた「利用価値」への欲望とは、正反対の温かい想いだった。



「……いく」



 私は、小さな声で呟いた。



「えっ?」



「わたし、世界樹さんを見にいく! ディアレストといっしょにいく!」



「ラリマーちゃん……!」



ディアレスト王子の顔が、ポッと明るく輝いた。



「待ちなさいラリマー! パパも行くぞ! 危険な真似はさせん!」



「私も行くわ! 誰かがラリマーを利用しようとしたら、王宮ごと焼き払ってやるわ!」



こうして、私たちは急遽、王宮の最奥にある【世界樹の聖域】へと向かうことになったのだった。


王宮の裏手に広がる、厳重に封印された地下聖域。


古代の結界を潜り抜けた先にあったのは、巨大な吹き抜けの空間だった。


その中央に鎮座していたのは――高さ数分メートルにおよぶ、威厳ある【世界樹】。


……しかし、その姿はあまりにも痛々しいものだった。


かつて青々と茂っていたはずの葉は枯れ落ち、樹皮は黒く亀裂が走り、幹からは禍々しい「腐敗の魔気」が漂っている。


周囲では、王宮専属の高級治癒術士たちが必死に回復魔法を唱えていたが、光の魔法は世界樹に届く前に弾かれ、霧散していた。



「ダメだ……! 治癒魔法が一切受け付けない!」



「このままでは、あと数日で世界樹は完全に死に絶える……! 帝国の大地が枯れてしまうぞ!」



絶望する術士たち。


その中に、皇帝インテグラルと王妃アイリスも立ち尽くしていた。



「イージス……来てくれたか」



皇帝インテグラルが重い面持ちで振り向く。



「見ろ、この有様だ。あらゆる薬も、最上級の治癒魔法も効かない。一体なぜこんなことに……」



私は、抱っこされていた父の腕から静かに降りると、トコトコと世界樹の根元へと歩み寄った。



「ラリマー、危険だ!」



イージスが焦って止めようとしたが、私は小さなおててを挙げて制した。



(……分かったわ。これはただの病気や老朽化じゃない)



神としての眼(神眼)で見れば、一目瞭然だった。


世界樹の根の奥深くに、人間たちの放った「強欲」と「悪意」の汚染が溜まりに溜まり、世界樹自身の生命力を内側から蝕んでいたのだ。


人々の欲望を吸い上げ続けた世界樹が、限界を迎えて悲鳴をあげている。



(人間って、本当に愚か……。前世の世界と同じ。勝手に恵みを奪い取って、感謝もせずに汚して……)



胸の中に、暗い冷たさが広がりかけた、その時。


ギュッ……。


小さな、けれど確かな温もりが、私の手を包み込んだ。



「大丈夫だよ、ラリマーちゃん。僕がそばにいるからね」



ディアレスト王子だった。


彼は腐敗の毒気が漂う危険な場所であるにもかかわらず、一切の躊躇なく私の隣に立ち、私の手を握りしめてくれていた。


さらに、後ろを見返せば――



「ラリマー! 無茶をするな! 何かあったらパパが命に代えても守る!」



「ええ、世界樹なんてどうなってもいいのよ! あなたが無事であることが一番大切なのだから!」



父と母が、殺気すら孕んだ真剣な顔で私を見守っている。


二人の兄も、神獣シリウスとヴェスペルも、いつでも私を庇って飛び出せるよう身構えていた。



(あ……)



前世と、違う。


前世の私は、誰も助けてくれなかった。


誰も私自身を心配してくれなかった。


だけど今の私には――私を心から愛し、守ろうとしてくれる家族がいる。


神獣がいる。


そして、この重いほどの愛を注いでくれる男の子がいる。



(……この人たちが住む世界なら。少しだけ、助けてあげてもいいわね)



私は、深呼吸をした。


そして、短足を一歩踏み出し、枯れ果てた世界樹の大幹へと、白くて小さなおててをそっと触れた。



「おはなさん……ううん、おっきな木さん」



私は、幼い三歳児の声で、優しく語りかけた。



「痛かったね。苦しかったね。……もう、だいじょうぶだよ」



私の中で眠っていた、前世の【生命を司る神・リリィファ】としての核が、静かに解放された。


――キィィィィィン……


その瞬間。


地下聖域全体が、この世のものとは思えないほどの「黄金とエメラルドの神聖な光」で満たされた。



「「「「「!?!?!?!?!?」」」」」



周囲にいた皇帝、公爵夫妻、治癒術士たちが、あまりの光量と神聖な圧に息をのんで目を見開く。


私の小さな手から解き放たれたのは、最高位の神力魔法――【生命の大巡礼(グランド・リバイブ)】。


黒く腐敗していた樹皮が一瞬で黄金の光に包まれ、内側に溜まっていた濁った悪意の毒気が、爽やかな聖なる風となって吹き飛んでいく。


パリパリパリッ……!


枯れ果てていた枝という枝から、一斉に青々とした若葉が噴き出し、瞬く間に美しい緑の葉が生い茂っていく。


さらに、枝の先々から、宝石のように輝く黄金の花々が一千、一万と咲き誇り、地下空間全体に神秘的な光の粒子が舞い散った。



「な……なんということだ……! 枯死寸前だった世界樹が……一瞬で……全快した……!?」



「魔法陣も、言語の詠唱すらもない……! これは治癒魔法などではない……『生命の創造』そのものだ……っ!!」



治癒術士たちが、ガタガタと膝を震わせてその場に崩れ落ちた。


世界樹は、まるで感謝を示すかのように、優しい光の枝をそっと伸ばし、私の小さな身体を優しく包み込むように撫でたのだった。



「ふふ……『元気になあれ』、できたよ!」



私はくるりと振り返ると、短いて手を広げて、ドヤ顔で微笑んで見せた。


静寂。


そして――



「「「「「奇跡の聖女様だああああああっ!!!!」」」」」



ドバアアアアアッ!!!


治癒術士たちと王宮の騎士たちが、感涙の涙を流しながら一斉に私に向かってひれ伏した。



「おおお……! なんという神聖なるお力……! ランドゥール公爵家に、本物の神の落とし子が生まれたのだーっ!」



「皇帝陛下! 奇跡です! 帝国は救われましたぞーっ!」



大騒ぎになる聖域内。



「ラリマーーーーーッ!!」



イージスとグレイスが、大涙を流しながら飛んできて、私を強く強く抱きしめた。



「すごかったわ、ラリマー! あなたは本当に……本当にすごい子よ……っ!」



「我が娘ながら、恐ろしいほどの愛の天使……! 誇らしいぞ、ラリマー!」



二人の兄も、感無量の面持ちで私の頭を優しく撫でてくれる。


そして――大騒ぎする大人たちの間を潜り抜けて、ディアレスト王子が私の目の前にやってきた。


彼のサファイアの瞳には、うっすらと感動の涙が浮かんでいた。



「ラリマーちゃん……ありがとう。君はやっぱり、僕の最高のお姫様だ」



ディアレスト王子は、眩しい光の粒子が舞う中で、私の手をとると、昨日のように優しく手の甲にキスをした。



「一生、君から離れない。君がこの世界を愛せるように、僕の全部を君に捧げるよ」



(あ……)



そのまっすぐな瞳と、重すぎるほどの愛の告白に、私の胸がドキンと大きく跳ね上がった。



(人間なんて大嫌い……。そう思っていたけれど)



光り輝く世界樹と、自分を心から愛してくれる家族、神獣、そしてこの愛おしい男の子を見つめながら、私は心の中で小さく微笑んだ。



(この人たちがいるこの世界なら……もう少しだけ、好きになってもいいかもしれないわね)



元神様の幼女・ラリマーの心が、またひとつ、優しく温かく解き放たれた瞬間だった。




第8話:狙われた天使と、重すぎる愛の誓い



世界樹を奇跡の力で救い出してから、数日が経過した。


コンコード帝国の王宮および貴族社会は、今や一つの「大事件」の噂で持ちきりとなっていた。


枯死寸前だった帝国の象徴・世界樹を一瞬で蘇らせたのは、ランドゥール公爵家に生まれた三歳の幼女――ラリマー・ランドゥールである、と。



「……はぁ。お外が騒がしいわねぇ……」



私はランドゥール公爵邸の豪華な自室で、ふかふかの天蓋付きベッドの上にちょこんと座り、小さな溜め息をついた。


前世は『生命を司る神・リリィファ』。


人々に裏切られ、疲れ果てて命を落とし、三歳の幼女として転生した私は「目立たず静かにスローライフを送る」はずだった。


それなのに、家族の過保護さに流され、神力を小出しにしていたら、あっという間に「奇跡の聖女」として帝国内で神格化されつつあるのだ。



「ラリマー様! 本日も私めの極上の毛並みをお戯れください! あの人間どもに奪われる前に、心の栄養を補給するのです!」



「左様ですラリマー様! 昨日の世界樹の件といい、主の神聖なるお力は人間どもを引き寄せてしまいます。いつでも私が噛みちぎって差し上げますぞ!」



ベッドの上で、子猫サイズになった白狼シリウスと黒豹ヴェスペルが、もふもふの体をすり寄せてくる。



「ふたりとも、ありがとう……」



私は二匹の頭をぎゅ〜っと抱きしめた。


神獣たちの心地よい毛並みと温もりに、少しだけ心が解けていく。


……だが、そんな穏やかな時間は、本日もあっさりと打ち破られた。


パァンッ……!



「ラリマーーーッ! 朝の搾りたて星羊のミルクと、焼き立てのクレームブリュレを持ってきたよおおおっ!」



「イージス、廊下を走るんじゃないわ! ラリマー、見て頂戴! 今日のために王立刺繍ギルドに特注した、宝石をちりばめた可愛いドレスよ!」



豪快にドアを開けて崩れ込んできたのは、父イージスと母グレイス。



後ろには長男グラシアルと次男シュバートも控えている。



「みんな、おはよう……」



「「「「〜〜〜っっっ!」」」」



寝起きのボサボサ髪(※ただし天使のように可愛い)でバイオレットの目をパチパチさせる私を見た瞬間、公爵家ご一行様は胸を押さえて悶絶した。



「あああ……朝から我が娘が天使……! イージス、私、今日のお仕事をお休みしてラリマーを一日中抱っこしていたいわ!」



「グレイス、同感だ。皇帝からの緊急公務など放っておいて、今日はラリマーの愛で込みパーティーを開催しよう!」



「公爵閣下、それは困りますな」



公爵夫妻が親バカ暴走を始めようとしたその時、廊下から聞き覚えのある、けれど妙に大人びた美しい少年ボイスが響いた。



「「……ッ!?」」



部屋に入ってきたのは――白金の髪を朝日に輝かせ、ビシッとした高貴な正装を纏った五歳の少年。



コンコード帝国第3王子、【ディアレスト・バシレウス】である。


彼の後ろには、侍従たちが山のようなプレゼント(最高級のぬいぐるみ、宝石箱、希少な魔導絵本など)を抱えて控えていた。



「おはようございます、公爵閣下、夫人。そして――おはよう、僕の愛しいお姫様(プリンセス)」



ディアレスト王子は、公爵夫妻の殺気あふれる視線を軽やかにスルーすると、迷いのない足取りで私のベッドへ歩み寄ってきた。


そして、当然のような顔でベッドのフチに腰掛けると、私の小さな手をとって優しく手の甲に唇を寄せたのだった。


チュッ……。



「うにゃ……っ!?」



「今日も君に会えて嬉しいよ、ラリマーちゃん。昨日の夜、君に渡したくて王宮の宝物庫から最高のぬいぐるみを選んできたんだ」



ディアレスト王子は、サファイアの瞳を甘く細めると、極上の笑顔を私に向けてくる。


五歳にして溢れ出るこの圧倒的なスパダリ気質と、私に対する重すぎる一直線な好意。



(な、なんでこの子は毎朝毎朝、当たり前のように公爵邸にいるのよぉぉぉっ!?)



私の心が大混乱に陥る中、背後で公爵夫妻の理性がぶち切れる音が響いた。


ドゴォォォォンッ!!!



「ディ! ア! レ! ス! 王! 子! 殿! 下ぁぁぁっ!!」



イージスの深紅の瞳から光が消え、部屋の室温が氷点下三十度まで急降下する。



「我が公爵邸の警備は何をしているのだ! なぜ毎日のように王宮のドブネズミが我が娘の寝室まで侵入している!!」



「そうよ! 5歳だからと黙認していたけれど、限界だわ! 焼き尽くしてやるわ!!」



母グレイスの手から地獄の炎が巻き上がり、兄二人も武器を構える。


しかし、ディアレスト王子は一切怯むことなく、サッと一枚の『皇帝の親書』を掲げて見せた。



「無駄ですよ、公爵閣下。父上(皇帝)より『世界樹を救ったラリマーちゃんの護衛および、我がバシレウス王家との親睦を深めるため、ディアレストの公爵邸滞在を全面的に許可する』という勅書をいただいています」



「「「「な、なんだとぉぉぉぉっ!???」」」」



皇帝インテグラルのお墨付きという最強の盾。


イージスは「インテグラルめぇぇぇ……! 親友の絆を盾に我が娘を奪う気かあああっ!」と血吐く思いで叫んでいた。



『ぬうう……おのれ人間の小僧め、賢悪な手を使うとは……!』



『しかしラリマー様、あのアロマで燻製された肉は美味にございましたぞ……』



『シリウス! 貴様、また買収されたのかっ!』



神獣たちの間でも意見が割れ始めている。


ディアレスト王子は、私の小さな手をぎゅっと握りしめたまま、耳元で甘く囁いた。



「ラリマーちゃん。僕、君のためなら皇帝の権力だってなんだって使うよ。君の隣にいられるなら、なんだってね」



(うぐぅ……! 重い……! 5歳児のセリフとは思えないほど愛が重いわ……っ!)



前世で人間たちの身勝手な裏切りに傷ついてきた私だったが、この「100%の純粋な狂愛」とも言える一途な好意には、どうしても冷たく跳ね返すことができなかった。


その日の午後。


公爵邸の広大な庭園で、私とディアレスト王子、そして過保護な家族と神獣たちによる、恒例の「ピクニックお茶会」が開催されていた。


庭園の緑の中に広げられた最高級の絨毯の上には、シェフ特製の苺タルトやスコーン、摘みたてのフルーツが並べられている。



「ラリマーちゃん、はい。あーん」



ディアレスト王子が、綺麗に種を取った完熟苺を私の口元へ運んでくれる。



「あ、ありがとう……(もぐもぐ)」



「ふふ、美味しい? ほっぺたにクリームがついているよ」



ディアレスト王子は、自然な動作で自分の指で私の頬のクリームを拭うと、なんとそのまま自分の口へと運んで舐めとったのだ。


チュッ。



「ん、甘いね」



「「「「〜〜〜〜っっっっ!???」」」」



遠くで見守っていた父イージスが「ぬああああっ! 殺す! 今度こそ殺すぞ貴様ぁっ!」と暴れ出し、母と兄たちが必死で抑え込んでいる。



(も、もうダメ……! この子と一緒にいると、私の心臓が持たないわ……!)



私は赤面しながら、必死で話を変えようと周囲を見回した。


その時だった。


ゾクッ……。


私の中で、前世の神としての鋭い『危機察知(神気感応)』が小さく警鐘を鳴らした。



(……? なにかしら、この嫌な空気……)



風に乗って、公爵邸の敷地外――外壁の向こう側から、ドロドロとした暗い怨嗟の魔気が漂ってきたのだ。


神眼を密かに発動させ、視線を遠くへと飛ばす。


公爵邸の広大な敷地を囲む森の影。


そこに、黒いローブを纏った数人の不審な男たちが潜んでいた。


彼らが手に抱えているのは、禍々しい紫色の魔導具――【結界破壊石】と【魔導麻酔毒】だ。



(……黒いローブ? あの紋章は……前世の私を罠に嵌めた悪徳貴族や、闇の暗殺ギルドの連中……!?)



耳を澄ますと、不審者たちのヒソヒソ声が風に乗って聞こえてきた。



『……間違いないな。あのアホみたいなピンク色のオーラを放っている幼女が、世界樹を蘇らせたというラリマー・ランドゥールだ』



『フフフ、ランドゥール公爵家の威光もここまでだ。あんな幼子一人のために公爵家も王家も浮き足立っている。今、あのガキを誘拐して「神聖なる生贄」として闇オークションに流せば、国が買えるほどの金になるぞ……!』



『隣にいる第3王子もまとめて捕らえろ。王家と公爵家に絶望を与えてやるのだ』



(……なるほどね)



私の瞳から、すっと温もりが消えた。


前世、人々のために生命を捧げ続けた私を、最後は「神の血が欲しい」「都合の良い道具だ」と迫害し、命を奪った愚かな人間たち。


あの頃のドロドロとした嫌悪感が、胸の奥でふつふつと湧き上がってくる。



(人間は、どこまで行っても愚か……。私を誘拐して利用しようだなんて、万死に値するわ)



私が小さな手の中で密かに神力を練り上げ、あの暗殺者たちを分子レベルで消滅させてやろうかと考えた――その時。


サッ……。


私の目の前に、小さな背中が立ちはだかった。



「……ラリマーちゃん。僕のろくの後ろに隠れていてね」



ディアレスト王子だった。


彼のサファイアの瞳は、先ほどまでの甘く愛くるしい少年のものとは一変していた。


氷のように冷たく、王者の風格を漂わせた鋭い眼光が、正確に暗殺者たちの潜む森の影を射抜いていたのだ。



(え……? ディアレスト……気づいて……!?)



まだ五歳の少年だ。


いくら王家の子命とはいえ、気配を消したプロの暗殺者たちの存在に気づけるはずが――



「ふふ、ネズミが数匹、入り込んできたみたいだね」



ディアレスト王子は、私の手を優しく包み込みながら、もう片方の手を静かに暗殺者たちの方向へとかざした。


その瞬間――


キィィィィィン……!


ディアレスト王子の全身から、恐ろしいほどの【白金色の王気(覇導魔力)】が溢れ出したのだ。



「「「「……ッ!?」」」」



遠くで暴れていたイージスやグレイスたちも、ピタリと動きを止めた。



「あの魔力は……王家に百年に一度生まれるという【覇王の威光】か……!?」



イージスが目を見開く。


暗殺者たちが潜む森の影に向かって、ディアレスト王子は可憐な唇を歪め、冷酷で美しい笑みを浮かべた。



「僕の愛しいラリマーちゃんに、汚い欲望の視線を向けるなんて……万死に値するよ」



ドガァァァァァンッ!!!!


ディアレスト王子が小さな手を一振りした瞬間、暗殺者たちが潜んでいた森の一角が、圧倒的な光の衝撃波によって吹き飛ばされた。



「ぐわあああああっ!???」



「な、なんだこのガキはぁぁぁっ!? 5歳児の放つ魔力じゃねえぞっ!?」



姿を暴かれた黒ローブの男たちが、血を吐いて地面を転がる。


彼らが仕掛けようとしていた毒や暗殺器具は、ディアレスト王子の光の魔力によって一瞬で蒸発していた。



「な、なんだと……!? 襲撃者だとっ!?」



イージスとグレイス、そして長男グラシアルと次男シュバートが、即座に武器を構えて前に飛び出した。



「我が娘を狙う不快な虫ケラどもがぁぁぁっ! 叩き潰す!」



「ラリマーに手を出そうとした罪、万死に処すわ!」



公爵家の最強戦力と、神獣シリウス&ヴェスペルが襲撃者たちへ襲いかかり、あっという間に全員を捕縛・無力化してしまった。


静けさを取り戻した庭園。


捕縛された暗殺者たちが近衛兵によって連行されていく中、私は呆然とディアレスト王子を見つめていた。



(すごい……。五歳なのに、あの圧倒的な魔力と判断力……。それに、何より……)



彼は、真っ先に私を自分の身体で庇い、守ろうとしてくれたのだ。


前世の私には、誰もそんなことをしてくれなかった。


神だから強くて当たり前、神だから守ってくれるのが当たり前――そう思われ、誰も私を庇うことなんてしなかった。


なのに、この子は。


自分が傷つくかもしれないのに、真っ先に私を背中に隠してくれた。



「ラリマーちゃん、怪我はなかった? 怖かったかい?」



ディアレスト王子は、先ほどまでの冷酷な覇王の顔を綺麗に消し去り、心配そうに私の顔を覗き込んできた。


そして、私の小さな手をギュッと両手で抱え込み、胸元へと引き寄せる。



「ごめんね。僕がもっと強ければ、君に不快な思いをさせずに済んだのに……」



「ディ、ディアレスト……」



私の胸の奥が、ぎゅ〜っと甘く締め付けられた。


人間なんて大嫌い。


人間の男なんて、一番信じられない。


前世で固く閉ざしたはずの私の心の扉が、この五歳の男の子の重すぎるほどの純愛によって、ゆっくりと、けれど確実に壊されていく。



「わたし……こわくなかったよ。ディアレストが、まもってくれたから」



私が小さな声でそう言うと、ディアレスト王子のサファイアの瞳が、ポッと大きな輝きを放った。



「ラリマーちゃん……!」



ディアレスト王子は、感無量といった表情で私をぎゅ〜っと抱きしめた。



「嬉しい……! 僕、もっともっと強くなるよ。君を世界で一番幸せにする騎士になる。……だから、大人になったら、僕のお嫁さんになってね?」



「ええっ!? お、およめさん……!?」



「うん! 絶対だよ!」



屈託のない、けれど100%本気のプロポーズ(※5歳)。



「待ちなさいディアレスト王子ーーーッ!! どさくさに紛れて何を求婚しているんだ貴様ぁぁぁっ!!」



「ラリマーは誰の嫁にも行かせないわよーっ!」



公爵夫妻と兄たちが叫びながら突進してくる中、ディアレスト王子は私を抱きしめたまま、満足そうにクスクスと笑っていた。



(もう……本当に、調子が狂うわね……)



私はディアレスト王子の胸の中で、真っ赤になった顔を隠しながら、小さく微笑んだ。


過保護すぎる家族、愛くるしい神獣たち、そして重すぎる愛を注いでくれる小さな男の子。


元神様の幼女・ラリマーの日常は、これからも賑やかで甘い愛に包まれながら、続いていくのだった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

少し編集して話を更新しております。

これにて第一部終了とします!

もふもふ神獣に溶かされる元神様と、実家の爆速粛清を楽しんでいただけたら嬉しいです。

もし『続きが気になる』と思っていただけたら、下にある評価(★★★★★やブクマ)で応援していただけると第二部を投稿します!

またお会いできるのを楽しみにしています!

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