横浜万博 第10話 短編版
万博が終わって、僕はしばらく抜け殻みたいになっていた。
半年間あれほど濃い日々を過ごしたあとでは、大学の講義も、友達との会話も、どこか遠くに感じた。
夜のゲートでの雑談、台風の警備、火事、ナンパ、恋、嫉妬、喧嘩、笑い。
あれは大学では絶対に得られない“生きた時間”だった。
***
結城さんは床屋を継ぎ、圭子ちゃんと本当に付き合い始めた。
あの結城さんが一人の女性に落ち着くなんて、誰も想像していなかった。
住吉さんは板前の修行を続け、妹の就職を待ちながら「いつか自分の店を」と語っていた。
藤井さんは警備会社の正社員になり、競馬と居酒屋と風呂屋を人生の楽しみにすると言っていた。
その生き方を、僕たちは誰も否定しなかった。
僕は大学に戻り、久美とは惰性のように付き合い続けていた。
直子さんとは、あの日以来一度も会っていない。
婚約が本当かどうかなんて、もうどうでもよかった。
***
11月のある夜、僕は一人で横浜駅の東口へ向かった。
あのゲートの“跡”を見たくなったのだ。
高島埠頭へ続く道は静まり返り、万博の建物はほとんど解体されていた。
あれほど人で溢れていた場所が、まるで最初から存在しなかったかのようだった。
ゲートがあった場所に立つと、潮風が吹き抜けた。
詰め所も、誘導灯も、コンパニオンの声もない。
ただ広い空と、港の匂いだけが残っていた。
半年間、僕はここで笑い、怒り、恋をして、傷ついて、また笑った。
あの頃の僕は何も分かっていなかったけれど、確かに“何か”を手に入れた気がした。
それが何なのかは、まだ言葉にできない。
***
歩道橋の上で立ち止まり、港を見下ろす。
潮風の中で、半年間の思い出が静かに沈んでいく。
結城さんの笑い声。
直子さんの「電話ちょうだい」という声。
遠くで聞こえた気がした。
——幻だと分かっていても。
僕はどこへ向かうのだろう。
なぜ、ここに来て、一人で立っているのだろう。
横浜の夜空は、新島のように星が多くなかった。
でも、その暗さが今の僕にはちょうどよかった。
万博は終わった。
けれど、あの半年間は、これからもずっと僕の中で生き続ける。
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