夫れ言を立つる者は、
世を訓うるためにあらず、
法を制するためにあらず、
蓋し心の寓する所にして、
初志の易く窳るるを恐るるなり。
無評の説は、
理にあらず、術にあらず、
乃ち氣象の得て傳うべからざる者なり。
假言もって暫く月を指すも、
終には筌を忘るべし。
何ぜならんや。
此の境は、
識解の到る所にあらず、
功力の成す所にあらず、
惟處を擇ぶのみ。
是の編は、
機を忘るる時、
返照の痕なり。
世人、多く評量の中に行く。
善と惡、妍と媸、
得と失、通と塞。
喜び怒り因緣と雖も、
率ね尺繩もって潛かに度る。
無評の倫なる者は、
此の度りより、
脫然として下る。
繩墨もって人を格さず、
繩墨もって物を格さず、
繩墨もって己を格さず。
但實然に立ち、
「在る」ことをもって基と為す。
正にあらず、邪にあらず、
善にあらず、劣にあらず、
惟處所を擇ぶのみ。
一に曰う、量りを去る。
吾が愛と為すに、
權衡を采らず。
性情、行止、
親疏、利鈍、
皆愛の材にあらず。
人を量らず、
亦量らるるが故に愛せず。
二に曰う、在ることを肯る。
肯くるの故を求めず。
善なるが故に肯くるにあらず、
義なるが故に肯くるにあらず、
我を重んずるが故に肯くるにあらず、
久しきが故に肯くるにあらず。
惟其の在るを因りて肯く。
此外、由る所なし。
信にあらず、願いにあらず、情にあらず。
但此の地に立つのみ。
三に曰う、常を守る。
情より愛を生ずるにあらず、
愛より情を生ず。
常人の序は、
事より情を生じ、
情より態を生ず。
吾の序は、
先其の態を立て、
態より情を生じ、
情より事を發す。
憂い、喜び、嫉み、懼れ、
皆天時の流行なり。
吾は不動の地基たり。
四に曰う、酬いを無くす。
報施を期せず。
彼の在ると、
吾の在ると、
各其の方に立つ。
交纏にあらず、
依持にあらず。
吾は庭のごとく在る。
棲むも可し、逝くも可し。
形跡を求めず、
聲名を務めず、
惟在るのみ。
此の在るは、關連にあらず。
愛する所に於て、
「爾と我の間に何か有る」と謂うにあらず、
「吾は何をもって立つか」と謂うなり。
愛は情にあらず、
心志の定むる向きなり。
在るが如き域にて、
引かず、拒まず、
改めず、留めず。
吾、明鏡の如し。
來たる者は形を現し、
去る者は痕を留めず。
吾、之を知る。
條目を立つれば、
即ち權量に涉る。
體義を言えば、
已に評章に落つ。
故に、
言を假りて、
言外に出づ。
此の記は舟筏にあらず、
岸を指す標なり。
無評の倫は、
修為にあらず、
習練にあらず、
樞機の轉なり。
一に曰う、照見。
内に諸評を觀る。
何ゆえ喜ぶか、
何ゆえ憂うか、
何ゆえ拒むか、
何ゆえ重んずるか。
但他山の石として識り、
玉を攻むるに假らず、
駁せず、隨わず、
照して、即ち休む。
二に曰う、地、穩やかなり。
情濤、湧くも可し、
境風、遷るも可し、
疑謗、集まるも可し、
過誤、彰らかなるも可し。
吾の立つ地は易わらず。
天象變わるとも、
坤輿、自ずから安し。
此の態は、
强いて致すべからず。
真心もって愛せんと欲し、
緣に遇えば、
頓に覺る。
構えは自ずから更まる。
力をもって索むれば、
必ず舊蹊に墮つ。
故に曰う。
行いて、行いを忘れよ。
是の理は、
濁世に行い難し。
世は權衡もって運轉し、
職、司、契り、功過、
皆評量を資けとす。
然れども、
獨り一人に對うの際には、
吾、權衡を舍て、
一つの天地を辟き、
惟在るを容るのみ。
吾は人を救わず、
人を塑らず、
人を導かず。
惟、
焚けざる燈と為るのみ。
來たる者は光を得、
去る者は痕を留めず。
如是、足れり。