廃嫡王子を受け入れて
主人公が悪女です。
我が家は伯爵家ではあるが、王都からだいぶ遠く、移動までいろいろ大変という理由と、貧乏ではないが貴族子息、子女が通う学園の寮に入るには資金が足りないと言う理由とで、王都の学園には嫡男である兄のみ通い、わたくしを含む弟妹は領地の学校に通っていた。
貴族同士の婚姻についても、幼少の頃に婚約して交流しているのならともかく、婚約の打診もなかったし、成人したら貴族籍を外れて、それぞれ結婚したい相手と結婚するつもりだったので困っていなかった。
まあ、そんな立ち位置だから代々我が家は後ろ暗いことがある方たちに縋られることも多かったとか。
なので、厄介ごとを押し付けられる事には悪い意味で慣れているが…………。
「なんで、俺がこんな田舎に」
廃嫡した王子が押し付けられた時には、怒りが沸いたのは当然だろう。
「はっ、お前みたいな田舎娘が、俺の妻だと。お前のような醜い女が!! ユフィと比べるのも烏滸がましい。父上も父上だ。あんな婚約者よりもユフィの方が相応しいから婚約破棄をしたのに廃嫡してこんな田舎に追いやるなんて」
イライラと文句を言いながらお茶とお菓子をほおばる。その間も「まずい」とか「口に合わない」と文句を言って「だから田舎は」こちらを馬鹿にする発言を繰り返している。
迷惑千万だ。
「どう言うこと……」
湧き上がってくる怒りを抑え、冷静にと自分に言い聞かせて、事の原因を知っている父と兄に視線を向けると、兄は呆れたように溜息を吐いて父を睨み、父は冷や汗をかいた。
「実は……」
父が冷や汗をかきながら説明してくれる。
異国から同盟目的で婚姻した妃殿下は自分の息子である王子を甘やかしまくった。我儘は何でも許し、陛下や教育係が何度も止めたが、妃殿下の独断で王子は好きなことを好きなだけやれる環境が整っていた。
陛下は同盟相手との婚姻だっだが、次は国内での勢力の調整を行うために息子であるこの馬鹿王子には公爵令嬢と婚約をさせた。
だが、馬鹿王子はその相手を毛嫌いした。やれ、口煩いとか、笑わないとか。頭がいいのが不快だとか。それで剣技も優れているのは女らしくないとか。
それらすべて、王族に嫁ぐために身に付けた術なのに全否定である。
そんな馬鹿王子が学園で男爵家の庶子と出会って、最初は火遊びだと思ったがどんどん燃え上がって、婚約破棄騒動を起こしたとか。
注意してきた公爵令嬢が嫉妬で虐めたとか言い出すし、さすがに見かねた教育係や陛下の言葉も妃殿下が気にしなくていいとばかりに教育係を独断でやめさせようとしたとか。
普通妃殿下が暴走しても陛下が止められるはずではと疑問を感じて問い掛けたら、一応同盟であるが実質我が国ではどうやって敵わない大国が問題児の娘を押し付けるために自分の国に同盟目的の婚姻と言ってきたとか。
妃殿下は陛下が何か言うたびにそれを脅しにしてくるので、頭が痛い事実にとうとうやらかしたのかという思いしかなかったという感じで、ここまで大事をしてくれたのでこれでこの馬鹿王子を廃嫡できると内心喜んでいたとか。
で、そんな馬鹿王子を育てた妃殿下を療養という名目で幽閉して、側室の息子を王太子にすることが出来たとか。
馬鹿王子に王位を継承させたくないが、大国に口出されるのも厄介だったのであえて決めていなかったのでやっと決められたという感じだそうだ。
それと同時に婚約者であった公爵令嬢……もとい、公爵家には王太子の婚約者であって、王太子はまだ決まっていなかったとしっかり根回ししていたとか。
「――で、なんでそんな馬鹿王子が我が家に?」
「それが……」
目つきがますますきつくなるわたくしは悪くないだろう。
父は居心地悪そうにそっと王家の印璽が押された手紙を取り出す。
それを受け取って中身を確認する。
「ああ。なるほど……」
ならば了承しましょうと受け入れた。
「で、どんな内容だったのですか?」
従者であり、右腕であるグラウニーが問い掛けてくる。
「あの廃嫡王子とわたくしの結婚で、その詫びとして、領地と爵位を与えるというものだったわ」
成人したら領地の発展のためにずっと温めていた計画をとん挫させることになったが、貰える領地もそこまで条件は悪くないので受け入れることにした。
「なっ⁉」
信じられないと声を上げるグラウニーはすぐに取り乱した自分を恥じて顔を赤らめて、誤魔化すように咳をして、
「結婚って……、それは……」
信じられないと目を見開いて、
「いろいろあるから問題しかないけど、――まあ、条件はよかったわよ」
後ろを歩いていたグラウニーに印璽のある封筒を差し出す。それを読んでいいのか迷っていたが恐る恐る手に取り、
「チシャっ!!」
読み終わったとたん普段は呼ばないように気を付けているわたくしの名前を呼んでくる。
「かなり好条件よね。まあ、当のご本人は知らないでしょうけど」
その後の対応は本人次第。こっちはそんなに苦労しないだろうと対応することにしたが。
「なんで俺がこんなことをしないといけないんだっ!!」
机に積み上げた領地の資料を床に叩き付ける馬鹿王子。
「領主なのですからそれくらいしてもらわないと」
「はぁぁぁ!? 俺は王になるのであって、こんな田舎で領主になる器ではないんだっ!!」
廃嫡されてきたのにそんな自分の立場を忘れて未だに王になれると思っている様に呆れて溜息が出る。
新しい領地に到着して、結婚式よりも先に領地のことを調べて視察などを行いたいが、それらすべての仕事をこの馬鹿王子はボイコットしている。
自分は王子だこの仕事は下々にさせればいいとか。
国を治めるのに何でいちいちこの地のことを調べないといけないんだとか。
俺の仕事ではない。
しまいには、
「王族に、命令するつもりか」
とまで言ってくる始末だ。
関係者の苦労がしのばれる。
「一応、これらは貴族として必要な知識ですけどね」
「貴族と王族は違う」
「………………」
なんだそれは。
王族ならばなおさら学ばないといけないだろうと思ったが口にしない。
「――結婚式までに学んでくださいね。それが陛下の与えた猶予期間ですので」
馬鹿王子の目の前に【よい子が学ぶ領地経営】という本を置いて去る。
「馬鹿にしているのかっ!!」
叫んでいる声が聞こえるが無視。
「陛下の与えた贖罪も無意味の様ですね」
呆れたようにグラウニーはずれた眼鏡を直すように持ち上げる。
「自分がどれだけ危うい場所にいるのかいまだに理解していないのよね」
どれだけ甘やかしてきたのだろうか。躾の出来ていない動物と同じではないか。
妃殿下に気を使わないといけなかったとはいえ、これは流石に頭が痛い。まあ、そんな苦労も結婚式までと言い聞かせる日々。
そんなある日。
「なんで王族の俺が民に顔を見せないといけないんだ」
視察の話を持ち掛けたら馬鹿王子が予想通りのことを言いだす。
「領民の様子を見るのも領主として」
「そんなの聞き飽きた!!」
うんざりだと言ってくるが、聞き飽きるほど言わせるのは理解していないからだと言おうとしたのを堪える。
こっちが口を噤んだの良いことに馬鹿王子はずかずかとこっちに向かって歩き出し、わたくしの後ろに控えているグラウニーの顎をグイっと持ち上げる。
「………へぇ」
「殿下っ。いったい何をっ⁉」
「地味で暗い感じの男だと思ったが、俺と同じ色の目じゃねえか。まあ、俺と比べたら地味だけど、こいつを俺の影武者に仕立て上げれば馬鹿な民なんてすぐに騙せるだろう」
紫というよりも瑠璃色の瞳は確かに似ている。馬鹿王子は金色の長い髪に対して、グラウニーは黒髪を短くしているので同じ目の色でも異なる印象を与えるが。
「と言うことで俺は行かないからな」
そんなことを言ってさっさと去って行く。
「…………殿下を見張っていて」
近くに控えていた執事とメイドに告げると二人は頷いて馬鹿王子の元に向かう。
「金髪のかつらを用意しないとね」
「いいのですか」
「いいのよ。――自分で言い出したのだから」
すぐに金髪のかつらを被せて、それらしい恰好をさせる。
「なかなかだな。まあ、本物の俺には劣るがな」
馬鹿王子がわざわざ様子を見に来たが感想はそれだけだった。
………そこで察すれば、待遇はもっとましだったのに。
視察のための馬車に乗り、
「あの馬鹿王子には感謝しかないわね」
ぴったりと身体をくっつけて微笑むと。
「勘弁してください……」
顔を赤らめて困ったように笑うグラウニー。
「――そうね。今は気を付けておくわ」
でも、この時間を堪能したいのは事実だから許してほしい。
婚約中で仲の良いさまを領民に無事みせて視察を終えると、
「お嬢さま」
わたくしのいない間に馬鹿王子のしでかしたことの報告がされて、
「――そのまま泳がせておいて」
命じる。
「陛下の恩情を無駄にして。まあ、陛下も予想していたのでしょうね」
あの馬鹿王子は知らないのか。知らされていないのか。単に右から左に抜けて行ったのか分からないが。
すでに断種されていること。そして、この領地はわたくしの産んだ子供が跡を継ぐという事実も――。
時間は流れていく。
馬鹿王子と結婚式を終えて、さて初夜の段階になって。
「お前など妻と認めない!!」
夫婦の寝室に教会に送られていた男爵の庶子を肩に抱き寄せて、勝ち誇ったような宣言。
「俺の愛するのはユフィだけだ!! お前はお飾りの妻にでもなって居ろ」
「ブラウニーさま嬉しい!!」
そう言えば馬鹿王子はブラウニーという名前だったなと客観的に思いつつ、ここまで頭回っていなかったんだなと呆れる。
「お前など白い結婚で十分だ!!」
勝ち誇った顔で告げる。
気付かれずに自分の思い通りになったと喜んでいるが、屋敷の調度品を盗んで追放された男爵家の庶子を連れてくる資金に変えていたのはすでに執事から報告は来ていた。
「――ならば、ご自由に。ああ、新郎の代理ありがとうございます」
わたくしの宣言と共にドアから入ってくるのはグラウニー。
印象を変えるために着けていた眼鏡をはずし、黒に染めていた髪を本来の金色に戻した姿は、髪の長さこそ違うが馬鹿王子とそっくり。
「なっ!!」
「ああ。陛下の許しを得て、殿下の名前は改名したという形で、ブラウニーからグラウニーに書類を書き直してあります」
「はっ? いや、お前……」
「とある国では双子は不吉だという話をご存じですか?」
微笑みながら種明かしをする。
事の原因は妃殿下だった。
妃殿下の母国は双子は不吉な存在で、互いの運命を奪い合うと言われていて、もし双子が生まれたら下の子を殺せとまで言われていた。
だが、我が国は逆に双子は過酷な運命を共に乗り越える運命共同体として大事にされてきた。
陛下は生まれた双子の片割れを守るために我が家に預け、育ててくれと命じた。
何事もなかったらわたくしと共に貴族社会のごたごたに巻き込まれないように暮らしていくつもりだったが、馬鹿王子はやらかした。
そんな馬鹿王子を陛下は逆に利用しようとしたのだ。
「陛下はわたくしとグラウニーが内々で婚約しているのをご存じだった。そんなところに貴方を送りつけて婚姻をさせると言い出したことには怒りが沸きましたが、実の息子に何か与えたいという気持ちを受け取りました」
馬鹿王子は断種した。だけど、子供は必須。陛下は表に出せない息子との子を作ってその子に貴族として与えられるものを与えたいと思ったのだ。
馬鹿王子が身の丈を弁えて暮らせば表向きは領主としてやり直させてくれ。だけど、考えを改めなければ。
「ブラウニーからグラウニーに名前を改名して乗っ取っても構わないとね」
ぱちん
指を鳴らす。
それと同時に控えていた兵が馬鹿王子と男爵家の庶子を捕らえる。
「結婚式は代理を立てたのが辛いけど、もう用は済んだので」
考えを改めなかったらその後どう扱っても構わないと言われていたので、見逃したのだ。
「我が家の調度品を窃盗した男と不義密通をしようとした女を牢屋に連れて行きなさい」
わたくしの命令に従って二人は連れて行かれる。死刑にするか。それとも鉱山とかに送り込むか。ああ、余計なことを言わない様に舌を潰しておこう。せめてもの詫びに真相を明かしたけど軽率だったかもしれない。
「やっと、肩の荷が下りたわ」
「そうだね。染めなくていいのは髪質的にも染料を買う意味でも負担が無くなってよかったよ」
わたくしの言葉に冗談めいてグラウニーは告げる。
手に入った予想外の幸せを噛み締めながら――。
当初は家の乗っ取りをしようとした馬鹿王子にしようかと思ったが止めた。