泥底
「同意しました、こちらにサインをお願いします。」
書類の内容は、任務を遂行すれば、30万円が支給され、死亡した際は賠償として1000万円が支給されるというものである。
「分かりました。サインします。」
任務とは、穴の底に沈んでいるドリルに縄をかけるというもの。掘削作業の際に外れてしまったらしい。
穴の幅は2mくらい。どこかで水脈を貫いたらしく、濁った水で満たされた状態である。
「穴の幅が短いため、最低限の装備しかありませんので。」
見るからに安いウエットスーツと、酸素ボンベを身に着けて、いざ水中へ。
縄をつたって、ゆっくりと沈んでいく。
なぜ、こんな仕事を引き受けなければならなくなったのか。それは、早急にお金が必要になったからだ。
娘の治療費――100万円。
貧乏な暮らしの私には、すぐに用意できない金額。一攫千金を狙う仕事をやらなければならなかった。そう、誰もやりたがらない、命をかけた仕事を。
(エヌ子・・・。)
俺の不甲斐なさ故に、娘は児童保護施設で育てられている。
直接会うことは少ないが、月に一度、手紙のやり取りをしていた。ある日届いた手紙には、エヌ子だけではなく、職員の方からのも入っていた。そこで、エヌ子が重い病に倒れていて、緊急で治療が必要だということが分かった。その治療費―――100万円。
今回の任務が成功したとして30万円。その他に70万円必要だ。果てしない金額。
今回は偶然見つけることが出来た高額収入の仕事だが、このような仕事は滅多にめぐり合うことがない。
日雇いの仕事で手に入れられるお金なんて、数千円程度。明日にでも、すぐにお金が必要なのだ。
誰かから借りるか。銀行はもちろんのこと、貧乏すぎて闇金すら俺にお金を貸してくれない。
(もし、俺がここで・・・すれば・・・賠償金が・・・か。)
穴の底。ヘッドライトが照らしているのに、泥で先は全く見えない。
いや・・・進むしかない。進むしかない。




