漆掻き
「エヌ美は、この暑い中長袖で来たのかい?」
おじいちゃんが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「うん。私、暑いのは得意だし、日焼けしたくないから。」
「水分補給はこまめにすること。あと、熱中症にならないように、日陰にいること。」
「分かった。」
「あと、作業の間は絶対に近寄らないこと。・・・いいね?」
「うん、分かった。」
おじいちゃんは漆掻き職人だ。
今日はその作業に、一緒に付き添うことになった。
不登校気味な私を家の外に出してほしいと、親がお願いしたらしい。
軽トラに揺られて15分。目的地に着いた。
「へえ・・・もっと山の中で作業するのかと思った。」
「昔はそうだったかもしれないね。これらは全部植林したんだ。ほら、自分たちも平地の方が作業しやすいでしょ。」
「たしかに。ていうか、この木っておじいちゃんが育てたの?」
「そうだよ。おじいちゃんが手入れをし続けたんだ。植えてから8年よ。」
「それは・・・すごいね。」
「じゃあ、始めるか。」
おじいちゃんは道具を取り出して、作業を始めた。
まずは漆の木に傷をつけて、じわっと染み出た樹液を回収する。
この、幹につける傷の程度が大事らしい。おじいちゃん曰く、木とのコミュニケーションだと。
「いいか、エヌ美。人間がみんな違うように、木だって各々に個性がある。木が枯れない程度に、でも、その木から最大限採れるくらいの傷をつける。」
「木の個性なんて分かるものなの?だって、木は話さないよ。」
「話さなくても分かる。ほら、こうやって木に耳を近づけて、目を閉じて・・・。」
たしかに、おじいちゃんは木と対話しているようだ。
「まだ大丈夫だって。」
「ははは。そう。」
「あのさ、エヌ美。ちょっと聞いてもいいかい?その・・・手首の傷。」
私は無意識のうちに、長袖をめくって話を聞いていた。
「あの、これは・・・その。」
「お前さんには、漆の木の気持ちがよう分かるのでは?」
おじいちゃんは明るく笑い飛ばした。




