苺一会
「今日は一日。安全を第一に考え、どうか、よろしくお願いします」
そこはケーキを製造する工場。クリスマスは繁忙期らしく、50人を超えるアルバイトが集められた。
俺もその中のひとり。家で孤独な時間を無駄に過ごすよりはマシであろうと思い、1日だけの応募で参加したわけである。
もしや、自分と同じように寂しさを紛らわすために来る女の子のひとりやふたりがいるのでは・・・。このアルバイトをきっかけに出会いが・・・。そんなことを当初は考えていたが、その妄想は開始5分で打ち砕かれた。
マスクと帽子で顔は覆われ、目元しか見えないが、それでも分かる。ジジババばっかだ。
なんでや。自分と同世代の人間はみんな彼氏彼女持ちなんですか。こんなにアルバイトがいるんだから、ひとりくらいいてもいいでしょ、ひとりくらい。
しかし、そのひとりがいないのだから仕方がない。まあ、世の中そうはうまく行かない。うまくいくのであればこの人生で彼女のひとりくらいできていたはずだ。
しかし、こんな俺にもチャンスらしいものはあった。学生時代の記憶。高校の同じ部活の先輩。今になって思えば、多分、俺のことが好きだったのだろう。うざいくらいに弄りにくるし、うざいくらいに俺のことを心配してくれた。しかし、それが当時は本当にうざかったのだから、そこから進展するわけはなかった。
今になってみれば、あの時間こそが、たった一度の青春の時間だったのだなあと感じる。
「ちょっとすいません。もう少し端に寄れます?」
横にいたアルバイトのおっさんが話しかけてきた。たしかに、思いにふけている間に、さらにアルバイトが追加されており、奥に詰めないと皆が入れない状態だった。
こんなに人を集めて何させるんだよ、と疑問に思いつつ、奥の方へと歩みを進める。
ちょうど全員が部屋に入ると、偉そうな人の説明が始まった。
「おはようございます。この度はお集まりいただきありがとうございます。皆様におかれましては、今日は1日を安全第一に考えていただき・・・」
一通り説明が終ると、俺達はひとりひとりコンベアに並べられた。
ざっと80人くらいのアルバイトに説明するのだから、時間がかかるのは仕方がない。しかし、その時間が長い。コンベアの上流から俺のとこまで、20分を要していた。
「いちごを一粒、この場所に置いてください」
説明は、それだけだった。
病院の診察みたいだ。長く待たされる割には、先生の診断時間の早いこと。まあ、指定された場所にいちごを一粒乗せるという説明なのだから、それ以上それ以下の何事でもないのだが。
それから少し経って、ようやっとコンベアが動き出した。いよいよ、本格的な仕事の始まりだ。
俺は手元に置かれたパレットからいちごを一粒取り出す。まるまる太った、大きないちごを。いつでもケーキに乗せる、その準備を。
しかし・・・ケーキが流れてこない。
まだかまだかと待っていたが、周りの人の様子をみたところ誰一人として俺みたいに用意をしている者はいなかった。そこでようやっと、まだ自分の出番が先であることに気がつく。
いちごをもう一度パレットの上に戻す。
ウィイインと静かに鳴るコンベアに耳を傾けながら、その時をゆっくりと待った。
ーーーー
急かされるのは大の苦手だ。慌てると何かしら失敗してしまう。ただ、待たされるのも大の苦手だ。その時間をどう過ごせばよいか分からない。
今回は、後者である。
あり得ないほどにゆっくりと流れるコンベア。それは大地を流れる大河の最下流のようなもので、止まっていると錯覚するかのように、ゆったりと流れていた。
とりあえず時間を測ってみた。
ケーキにいちごを乗せてから、その次のケーキにいちごを乗せるまでの時間を。
・・・ざっと30秒だった。
1分で2個。30分で60個。1時間で120個である。
そこから先は時計を見るまでもなく、おおよその時間が分かるようになった。経過する時間が分かってしまうが故に、それが余計に時の経過を減速させてしまった。
それが地獄の始まりである。
単純な作業な故に、変な考えが頭を巡る。変な考えだと思っているうちはまだマシだった。それを真剣に考え抜いた先に、この作業自体が俺の一生であるということを俺は見出した。
イレギュラーなことなんてないのだ。いちごを付ける作業は俺の生き方みたいなもの。おおよそ決まったことをやり続けるのだ。何かの物語としたら少しさみしいようにも感じるが、何やかんやそれが自分である。ドラマティックなものへと変わるとするならば、それは外的な要因によるものだろう。宇宙人が前人未踏の能力を自分に与えるとか、神様が自分を異世界に転生させるとか、美少女が空から降ってくるとか・・・まあ、起こるはずがない。
「大丈夫ですか?」
その時、誰かが俺に話しかけてきた。
同世代っであろう若い女の子が、少し下から見上げるように俺を見ている。
「気分が悪いようでしたら、休んでいただいても・・・」
俺はいったいどんな顔をしていたのだろう。確かに地獄ともいえる時間を過ごしてはいるが、それはこの仕事が故にどうしようもないもので、別に頭が痛いとか、熱があるとか、そういったものではない。
「あ、その・・・大丈夫です」
すぐに答えると、その子は軽く会釈して立ち去っていった。
感謝の一言に添えて、何か話せば良かった。そう感じた頃には後の祭りである。念願の若い女の子がいたのに。この出会いから仲良くなれるかもしれないのに。・・・まあ、彼氏持ちかもしれないが。しかし、会話が弾めば、この時間だって早く過ぎたのに。・・・まあ、何を話せばいいかも分からないが。・・・結局のところ、その積み重ねで俺は生きてきたわけである。これからも、そうして生きるのだろう。
そう思いながら乗せたいちごは、力んでしまったせいか、深くスポンジに沈み、大きさは変わらないはずなのに、まるで周りに置かれた同じ苺よりも小さく見えてしまっていた。
ーーー
息苦しい。
食品工場が故にマスクをずっとつけてるからだろうか。マスクを付ける生活には慣れたはずなのに、それでも呼吸がし辛い。
ただ、その時間ももう少しで終わりを告げるようだ。用意された苺がほぼほぼなくなった。
20,19,18,・・・と始まるカウントダウン。作業の終了まで、あと少し。ガンバレ〜、と自分を鼓舞する。
そして、その瞬間は目前に迫った。
5,4,3,・・・カタリ。
3まで数えたところで苺の入ったパレットが持っていかれた。
やった、終わりだ!
俺は思いっきり背筋を伸ばす。すると、背骨も喜んでいるかのように、ぱきぱきと音が鳴った。
・・・カタリ。
そして、その他の場所でも音が鳴った。金属と金属が触れる音。・・・嫌な、予感。
音がした手元を見る。銀色のパレットと、その上に載っているのは丸々と太った苺だ。
パレットを置いていたのは、あの若い女の子だ。何かの間違いであろうと、もう一度時計を見る。
やはり、バイト終了まで10分を切っている。パレットに乗せられた苺を全て片付けるには、どう考えたって足りない。
俺以外のアルバイトも動揺しているようだ。現場には終了の雰囲気が流れていただけあって、この仕打ちは応えているようだった。その様子を見かねてか、朝に見た偉そうな人が再び俺たちの前に現れた。
「残業していただけないでしょうか」
いろいろ付け足していたが、端的にはそういう話をしていった。
「ふざけるな!」
誰が発したのかは分からない。でも、それは一個人の声ではなく、ここにいるアルバイト全員の声だった。皆が部屋から出ていき、あっという間にみんないなくなった。残されたのは偉そうな人と、おろおろしている社員のあの女の子と、その他数名の社員と・・・俺ひとり。
「あなたは・・・残業していただけます?」
残ろうとは思っていなかった。
ただ、この状況で残らないというのはとても言いにくかった。
「・・・はい。」
「ありがとうございます!!!では、五分程休憩を挟んで、それから作業を再開しましょう。休憩室には、コーヒーもありますので、是非・・・。」
―――――
アルバイトの休憩室は狭かった。
しかし、冷えた体にあったかいコーヒーというのは、今の俺に何よりも必要なものであった。
その、たかがコーヒー1杯が、俺の体に留まるマイナスな感情を溶かしていった。
「失礼します!」
誰かが休憩室に入ってきた。
見るとそこには、作業服を着た、あの社員の女の子が。
「ねえ、私のこと覚えている?」
「え、あ、はい。さっき苺を置いていった社員さんですよね?」
「そうじゃなくて・・・」
その子はとなりに座り、ゆっくりとマスクを外す。
そう、その顔は。
高校の時、同じ部活にいた先輩だった。
読んでいただき、ありがとうございました。




