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4 猫と猫

「ユキノさんに余計なこと言うたらあかんよ。さっき、教えようとしたやろ?」


 黒猫の姿が歪み、青年の姿に変わった。相変わらず、恐ろしいほどの美形だ。トビ色の瞳が冷ややかに周囲を眺めているが、口元は笑っている。


「……どうして、ここにいるの?」


 ハルは震える声で尋ねた。


「どうしてって、ユキノさんが来てもいいよーって言うてくれたんや。優しいやろ?」


 青年が長い指でカードをめくった。


「君な、強いやん。おかげでユキノさんと再会するのに千年かかったわ。でな、あの使い魔ちゃん紹介したん、君やろ。ほんま、ええ子やったわ。死んでも健気にユキノさん守ってたで」

「……殺したの?」


 青年は呆気に取られた顔をした後、朗らかに笑った。


「するわけないやん! 大事に大事にユキノさん守ってくれてた恩人やで? 働きすぎで消滅しかかってたから、ちゃんと往生させたんや。そうせんと、生まれ変われんやろ」


 残酷やなぁ、魔女さんは――青年がつぶやいた。


「魂が擦り切れても、ずーっと働かせてたんやな。いっつもそうや。自分ら以外は、何してもええて思っとる」


 ハルの体が震えだした。


 この青年の口を塞いでしまいたい。事実を喋ってしまう。ユキノに聞かれてしまったら、長く続いた平和が終わる。


「ほんま長かったわ。魔女さんたちが俺の番……ユキノさんの前世を殺して、俺のこと封印してたやん。万が一、俺が自力で出てきても暴れんように、ユキノさんの転生体を隠す二段構えで。よう考えとるわ。俺がユキノさんと会えんうちは、大人しくしてると読んでたんやな。その通りや。西側壊したときみたいに暴れたら、ユキノさんまで殺してしまうかもしれんからな」


 青年の表情は笑っている。だが目は限りなく暗い。長い時間をかけて積み上がった怨嗟がそこにあった。


「なあ。なんであんなことしたん? 俺、言うたやろ。番がおったら、それでええ。二人で静かに暮らしていけたら、それで満足やからって」

「嘘よ。そんなの」

「なんで通じへんかなぁ。あんな、強い力持ってるやつみんなが、魔王になりたいわけやないねん。魔王になる前に芽を摘むって考えは否定せんで。でも、手当たり次第に強いやつ狩るんは、悪手やったと思うで?」


 ハルは周囲にいるはずの魔女たちを盗み見た。自分一人では青年に対抗できなくても、協力すれば可能なはずだ。


「無駄や。俺が何の準備もせんと、ここへ来るわけないやん」


 テーブルの上に、ピンクの水晶柱が置かれた。手のひらほどの大きさで、中央がほのかに光っている。


 見覚えのある道具に、ハルは息を呑んだ。水晶に秘められた力を発動させれば、周囲から認識されなくなる。ハルがどんなに叫んでも、誰も気が付いてくれない。


「どうして、それを……? だって、聖女にあげたのに」

「元は俺のや。魔女さんたちが盗んで、あの女が使ってたんやろ。返してもろただけや」

「聖女の墓を暴いたのね」

「人聞きの悪いこと言わんといて。聖遺物として神殿に安置されてたから、取りに行っただけやん。魔女さんみたいに人の墓掘り起こして盗んだりせんわ」


 ハルはカードに視線を落とした。


 ユキノに新しく使い魔をつけて監視させようとしたのに、失敗してしまった。それもこれも、青年が先にユキノを見つけてしまったせいだ。ユキノに手紙と一緒に送った呪符で結界を維持しようとしたけれど、それも届いていなかったのだろう。


 ――ユキノがいた会社も、いつの間にか消えてたわ。こいつのせいね。


 ユキノが来る前に占って出てきたカードは、厄災と再来。まさに目の前にいる青年だ。


「それで、何をするの? 番を手に入れて、私たちに復讐するつもり?」


 笑顔を消した青年は、真っ直ぐハルを見つめた。


「俺な、少ぉーしだけ反省してるんや。番を殺されたショックで西側の町とか、いっぱい壊したやん? 現代になっても呪われた土地のままやろ。やりすぎたなって」


 青年はユキノがいる方向を向いた。愛おしいものを見つめる顔だ。


「……ユキノさんが復讐してって言うたら、やるわ。でも今のユキノさんに、昔の記憶はない」


 当然だ。ハルたち魔女が青年の動きを封じるために、番の転生体から前世の記憶を消したのだ。


「でもな、これ以上ユキノさんに何かしたら、今度は魔女さん一人一人潰していくからな。今でも許してへんよ。ユキノさんが幸せなうちは、何もせんだけや」


 青年が水晶を握った。周囲のざわめきが徐々に戻ってくる。


「せや。もう一つ用事があったんや」

「な、なに……?」

「俺とユキノさんから奪った()()。返してな」

「何のことよ」

「魔女さんの特技って、人の幸運を横取りするやつやろ? 利子つけて返してもらうわ」


 逃げる暇もなく、青年がハルの頭を掴んだ。体の中から力の一部が抜けていく。


 ハルは水晶の力が憎かった。どんなに叫んでも、水晶が声を吸収してしまう。誰にも気付かれることなく、青年の取り立てが終わるまで待つしかなかった。


「こんなもんでええやろ。じゃあ、気ぃつけて帰るんやで。今の魔女さんは不幸の塊やからな」





 ユキノがカボチャのパイ争奪戦に見事打ち勝って席に戻ってきたとき、ハルの姿はありませんでした。


「ハルちゃんは?」

「集会行く前に食べすぎたキャビアのせいで、気持ち悪うなったから帰る言うてた」

「キャビアかぁ。売れっ子占い師は食べてるものが違うね」

「ユキノさんはキャビア食べたいん?」

「キャビア買うお金でアイス買って食べたい」

「凍えるほど食えるやろなぁ」

「あとカニも」

「寒くなったらお取り寄せしよか」


 話し相手がいないなら、魔女集会に残る理由はありません。ごく一部の魔女は世界の平和について語り合っていますが、ユキノのような若すぎる魔女が参加するなんておこがましいのです。上の人が決めた方針に、可能な限り従うだけでした。


 カボチャのパイはお土産として持って帰ることにしました。深刻な顔をした魔女がいる集団の近くを通ったとき、難しい話が聞こえてきます。


「――の封印が破られたらしい。早急に行方を探さなければ、また悲劇が繰り返されるわ」

「アキが襲われて重傷よ。工房の技術が、ごっそり消されたわ。しばらく依代が生産できなくなってる」

「これだから猫は嫌い。執念深いったらないわ」

「いつまでも昔のことを恨んでいるなんて……」

「私たちは世界のために戦っているのに、自分勝手なのよ。西側が滅んだ時だって――」


 なぜかユキノは悲しい気持ちになってきました。足早に通り過ぎ、家を目指します。


 喫茶店を出たユキノは、カエデに手を掴まれました。人間の姿になっています。


「ユキノさん」

「猫のふりはやめたの?」

「ここは魔女集会の会場やないよ」

「疲れたなぁ」

「今なら背負うよ? それともお姫様抱っこがええかな?」

「目立つじゃん。近所を歩けなくなるから嫌」

「引っ越したらええやん。俺とのんびり暮らそ」

「考えとく」

「それって遠回しのお断りやろ?」


 カエデの足が止まりました。


「ユキノさん。俺な、ユキノさんと一緒にいたい」

「……すでに一緒にいるよ?」

「そうやけど、ちょっと意味が違うかな」

「ずっとこんな生活がしたいってことだよね?」

「うん」

「魔女って長生きだよ」

「忘れたん? 俺、猫又や。寿命なんて、ほぼ無いよ」


 ユキノはすっかり忘れていました。


「そうだった」

「ユキノさん、俺のこと興味なさすぎやろ」

「うーん……」


 そうかもしれません。カエデのことだけでなく、自分のことすら関心が薄かったのです。


「興味がないわけじゃないよ」


 きっと仕事で忙しかったせいだとユキノは思います。その証拠に、会社が無くなった日から周囲のことが気になるようになりました。


「じゃあさ、これからカエデのこと教えて」

「ええよ」


 カエデは即答してきました。気のせいでしょうか。まるで恋人のようにユキノを見つめてきます。


「ユキノさん。猫になろうかなって言ったん、覚えてる?」

「覚えてるよ。楽しそう」

「本気にしてええかな?」

「嘘は言ってないよ」


 カエデに嘘を言う理由がありません。なぜか、彼はユキノを裏切らないだろうなと思うのです。


 家に帰ったユキノは、ものすごく疲れていました。きっとパイの争奪戦に参戦したからでしょう。


「あれ? 開いてる」


 クローゼットの扉が中途半端に開いています。カエデがカバンを入れたときに、ちゃんと閉めなかったせいでした。


 カバンの口から、猫の人形が見えていました。真っ白な毛並みで、青い目の綺麗な子です。


「カエデ。これ何?」

「それな、依代って言う魔女の呪具や」

「へぇ。知らないなぁ」

「魔女が嫌いな人の魂を入れて、動物にしてしまうんや。動物にされても元の体が残ってたら、元に戻れるんやけどな」

「詳しいね。私、魔女なのに知らなかった」

「そら、しゃーない。呪具やからな。後ろ暗いことしとる魔女しか知らん。嫌いな人を動物にしたら、記憶を消してペットにしたり使い魔にしたり、色々や」


 なぜかユキノはカエデと出会ったペットショップを思い出しました。


「どうしてカエデが持ってるの?」

「ユキノさんが猫になりたい、言うたから」


 ユキノは心臓が高鳴りました。


 何気なく言ったことを、カエデは覚えています。願いを叶えるために、わざわざ探してきてくれたのでしょう。ユキノのためだけに。


「……どうやって使うんだろう」

「俺に任せて」


 カエデはカバンを大きく開けて、猫の人形を出しました。それから短剣も出します。飾りも何もない短剣です。ユキノはその短剣を教科書で見たことがありました。


 短剣の名前を思い出す前に、短剣がユキノの胸に刺さりました。


「ごめんな。痛いよな。でもすぐ終わるから。人形、見える? ここに入るんやで。そしたら痛いの、全部消えるから」


 ユキノよりも痛そうな顔で、カエデが言います。


 何度も短剣が体に刺さりました。体の機能を丁寧に壊していくようです。


 途中からカエデは笑っていました。


 ユキノは短剣の名前を思い出しました。昔の英雄が竜の心臓をえぐり出すために使った聖剣です。二度と竜の体が起き上がることがないように、徹底的に破壊する術式が刻まれていました。


「ユキノさん。愛してる。だからな、もう一人にせんといて。俺のこと思い出して。番なんやから」


 泣かないでと言いたいのに、ユキノは喋ることができませんでした。



 その魔女には黒猫がいませんでした。


 黒猫は悪いものを寄せ付けません。狩りが得意なので、魔女に近づく前に全部捕まえてしまうのです。だから弱い魔女は黒猫を使い魔に選びました。


 ある日、使い魔が寿命で死んでしまいました。とても悲しんだ魔女は、もう二度と猫を使い魔にしないと誓います。


 その選択が間違っていたと知るまで、そう時間はかかりませんでした。

 魔女は、悪いものに襲われてしまったのです。



 開けた窓から暖かい風が吹いてきました。季節は春です。起き上がったユキノは前足を伸ばして、思いきり伸びをしました。


「ユキノさん。よう寝てたなぁ」


 大きくて大好きな手がユキノの背中を撫でます。


「いっぱい長生きして、尻尾の先が二股になってきたわ。猫又になるまで、もうちょっとやね」


 眠っている間、ユキノは魔女だった頃の夢を見ていました。どこまでも退屈で、平凡な夢です。


 魔女になる前の夢も、少しだけ見ました。とても怖いので、もう二度と見たくありません。


 ユキノがカエデに擦り寄ると、体がふわりと浮かびました。カエデが抱っこをしてくれたのです。ゴロゴロと喉を鳴らすと、耳の辺りを撫でられました。


 ユキノは優しいカエデが大好きです。


「ユキノさん。今度はずっと一緒に暮らそうな。大丈夫。猫又になった後も、ちゃんとお世話するし。邪魔な魔女も、大体片付いたで。もう誰も邪魔せーへん」


 ほとんど聞いていませんでしたが、誰も邪魔をしないのところは理解しました。気楽な生活が変わらないなら、ユキノに不満はありません。


 カエデは美味しいものをくれるし、いつ寝ても怒りません。ユキノが生きているだけで喜んでくれます。


 怖い夢を見た時は、カエデにくっついていると大丈夫な気がしてきます。彼が黒猫だからでしょう。


 黒猫は悪いものを遠ざけてくれます。


「ユキノさん。幸せ?」


 ユキノは幸せだと伝えるために、短くミャアと鳴きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

下の星を塗りつぶして評価していただけると作者が喜びます。

カエデの言葉は西の大陸で猫又が使っている言葉として設定したので、現実の関西弁とは少し違います。ご了承ください。


2025/06/07 佐倉百

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