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2 魔女とカエデ

 家に帰ったユキノは、自分がペット禁止のアパートに住んでいることを思い出しました。でももう遅いです。せめて誰にも見られなかったことを祈るしかありません。


「あれ? お姉さん、猫飼ってたん?」


 部屋に入るなり、黒猫が言いました。


「使い魔だよ。もう死んじゃったけど」

「あらら。可哀想に。性格も頭の出来もええ子やったんやなぁ」


 黒猫は壁にかかっている首輪を見ています。使い魔が使っていた首輪でした。


「いまだにお姉さんのこと守ってるわ。この家、強盗とか来んかったやろ?」

「そうだね」


 実感はありません。ユキノが死霊術師なら使い魔と会話ができたのに残念です。


「ここ、ペット禁止だから。鳴き声出さないでね」

「大丈夫や。俺な、猫又やって言うたやん?」


 黒猫が二股に分かれた尻尾を見せてきました。ペットショップでは隠していたようです。


 黒猫の姿が大きくなりました。黒い渦が体を覆って、見えなくなります。渦はすぐに消えてゆき、黒髪の男の人が出てきました。


 サラサラの黒髪は、少し長めのショートカットです。目はとび色で、ビー玉のように輝いていました。まあ、綺麗系の見た目だなと思うぐらいです。魔女は変身薬で姿を変える人が多いので、ユキノは見た目に頓着しなくなりました。


 どんなに好みの見た目でも、中身がクズなら逃げなさい。先輩魔女の知恵です。ユキノは黒猫がクズだったら、猫避けスプレーを買おうと思いました。


「ちゃーんと人間になれるんや。すごいやろ?」

「ここ、同棲も禁止なの」


 単身者用のアパートです。短時間の訪問客は大丈夫ですが、お泊まりは禁止されています。規則を破った隣人は追い出されました。ここの管理人は仕事ができる人です。


 忠告したにも関わらず、黒猫はのんびりと言いました。


「ふーん。まあ、なんとかするわ。お礼せんとあかんし。とりあえず、お姉さんは何が欲しい?」

「別にないけど。あんたを出すために色々出費した分ぐらいでいいよ」

「なんや欲がないなぁ。せや。俺がお姉さんの使い魔したるわ」

「え。嫌」

「はや! もうちょい悩んでから断ってや」


 ユキノはぐいぐい来る男は苦手です。ただでさえ黒猫がオスだと知って落ち込んでいるのですから、これ以上の驚きはいりません。


「そう言わんと。これでも仕事はできる男やで、俺。いっぺん試しに――いってぇ!」


 黒猫がユキノに触ろうとしました。防犯用の魔法が黒猫をしつけます。電撃がバチっと走り、黒猫は慌てて離れました。


「今の何ですの? 眠りネズミでも起きるぐらい強烈なん来ましたけど」

「防犯用魔法。最近、物騒だから先輩魔女がくれた」

「雷竜のブレス並みの出力ですやん。どんな暴れん坊を想定してるんや。普通の人間やったら一発やわ」


 どうして黒猫は雷竜のブレスの威力を知っているのでしょうか。


「使い魔なんていらないって」


 ユキノはカバンの中から酒のビンを出しました。徒歩で持って帰って来たので、酒は温くなっています。


 目ざとく見つけた黒猫はビンに手をかざしました。


「ちょい待ち。そのまま飲んでも美味しないやろ」


 なんとビンが冷たくなっていきます。黒猫の魔法でしょう。


「気がきくじゃん」

「そら使い魔やからな! 役に立ってなんぼやろ」

「まだ採用してないってば」

「キッチン借りるで。ツマミぐらいなら作っ……れへんやん。食材ないやん。どうやって生活してるんやこの人」


 冷蔵箱を開けた黒猫が、信じられないものを見た顔でユキノを非難してきます。一人暮らしの冷蔵箱に何を期待したのでしょうか。


 魔力を動力源にした冷蔵箱の中には、調味料と飲み物しか入っていません。もちろん冷凍箱はアイスが詰まっています。


「一人暮らしだよ? 近所に深夜までやってる惣菜屋があるから平気」

「信じられへんわ」

「信じられないのは女の子が一人暮らししてるアパートに入ってきて、食材漁ってる君だよ。生物学的にオスでしょ」


「使い魔に性別は関係あらへんし。そういやお姉さんの名前聞いてなかったわ」

「ユキノ。あんたは?」

「俺はカエデ。そっか、ユキノちゃんか」

「どつき回すぞ」

「すいませんでした」


 ユキノは、ちゃん付けで呼ばれるのが嫌いです。全身に鳥肌が立って、暴れたくなります。


 黒猫ことカエデは、すぐに謝ってきました。きちんと謝罪をしてくれるところは嫌いではありません。もちろん快く謝罪を受け入れました。


「こわ……うっかり逆鱗に触れてしもたわ。気ぃつけよ。あ、保存食あるやん」


 カエデが勝手に料理をしている間、ユキノは酒を飲むことにしました。やはりストロングな酒は、一気に酔いが来ます。


「ユキノさん。俺も飲んでええかな?」

「いいよ。一本なら許す」

「これ一本以上飲むのはきついやろ。どんだけ短時間で酔いたいんや人間は」


 全面的に同意見です。忙しくて飲んでいる時間を確保できないのだから仕方ありません。


 タイムイズマネー。

 ユキノが嫌いな言葉です。


 適度に運動をした後の酒は、心地よく体に染み込んできます。カエデが作った名もなき料理も悪くありません。


 眠くなったユキノは、カエデの尻尾を掴みました。





 翌朝、ユキノは朝日と共に起きました。カーテンを閉め忘れていたのです。


「今日も仕事かぁ……」


 有給をとる理由がないので、仕事へ行く以外の選択肢がありません。


 微妙に酒が残る体を起こすと、美味しそうな匂いに気がつきました。狭いワンルームのアパートですから、キッチンがよく見えます。なんとカエデが鼻歌混じりに朝ごはんを作っているではありませんか。


「おはようユキノさん。ご飯にする? それとも俺?」

「ご飯」

「即答かぁ……」


 他になんと答えてほしかったのでしょうか。


 カエデが普通の猫だったら、迷わず猫吸いをしていました。ふわふわのお腹に顔を埋めた感触は、猫飼いになって初めて知る喜びです。猫又にはできません。きっとセクハラで訴えられることでしょう。


 バスルームで着替えている間に、カエデは朝食を準備してくれました。


「うちに、こんな食材あったっけ?」

「ユキノさんが寝てる間に買ってきたんや。できる男やろ?」

「夜遅くに開いてる店なんてあったっけ?」

「俺のことは無視? それとも天然なん?」


 自炊しない派のユキノには、深夜に食材を扱う店なんて知りません。

 テーブルには二人分の朝食が並んでいます。


「カエデも人間と同じもの食べるんだ」


 カリカリの餌なんて買わなくても良かったのでしょうか。お金を無駄にしてしまったなと落ち込みかけたユキノに、カエデが明るく言いました。


「同じもんもカリカリも食うで」

「食べるんだ」

「食べるよ。あれ、小腹が空いた時にちょうどええ。それにな、せっかくユキノさんが()うてくれたんやから、食べんともったいないわ。心配せんでええよ」

「ネズミは?」


 猫といえばネズミでしょう。黒猫姿のカエデなら、きっと簡単に捕まえられるはずです。

 カエデは真剣な顔で言いました。


「野生のはあかん。寄生虫おるし。ダニとかノミだらけや。あんなん、触るだけで鳥肌立つわ。ましてや口に入れるなんて、絶対やったらあかん」


 本気で忠告されてしまいました。どうやらカエデの衛生観念は人間と同じなようです。


「またたびは?」

「あれは嗜好品やな。タバコみたいなもんや」


 きっと美青年のカエデなら、またたびをタバコのように嗜んでいても絵になるのでしょう。ユキノなら枝の匂いを嗅ぐ危ない子だと思われるだけです。


 家を出たユキノは、今日も変わり映えのしない一日を過ごしました。意見が対立している上司と先輩の間に挟まれ、自分の受け持った仕事をこなします。先月、後輩が逃亡してしまったので、ほぼ二人分の量です。


 今日は何時に帰れるかな。ユキノはこっそり賭けをしていました。日付が変わる前に玄関に到着したら、冷凍箱のアイスを一つ食べます。ずっと賭けに負けているので、アイスは貯まる一方でした。


 きっと今日もアイスはお預けだろう。そう思っていたユキノでしたが、珍しく定時で仕事が終わってしまいました。


「天変地異の前触れ……?」


 恐ろしいです。ユキノはもう感覚が麻痺してしまっているので、普通の会社は定時に仕事が終わるということを忘れていました。


 ユキノは上司から仕事を振られる前に、カバンを掴んで会社を出ました。のんびりしていると、いつまで経っても帰れません。


 アパートの玄関を開けると、部屋の明かりがついていました。カエデが家にいるはずです。


「ただいま?」

「おかえり!」


 元気な声が奥から聞こえます。小さな声でただいまと言ったのに、聞こえているなんて驚きです。これが地獄耳というやつでしょうか。


 悪い気はしませんでした。家に帰ると誰かがいて、ご飯を作ってくれます。後片付けと掃除までしてくれたら、もう完璧です。


 でもこんな生活は、どうせ数日間で終わるでしょう。ユキノはそう思っていました。お礼を終えたら、カエデは家を出ていくのです。ところが、カエデは隣の空き部屋を借りたと報告をしてきました。アパートに堂々と出入りをする口実を作ったのです。


 隣の部屋が使われることはありませんでした。カエデは相変わらず、ユキノの部屋に入り浸っています。一ヶ月も経つと、それが普通になってきました。慣れというのは恐ろしいです。


「カエデ。私宛ての手紙とか来てなかった?」


 だいたい、魔女集会があったあとはハルから手紙が届きます。内容は生きていることへの愚痴とか、とりとめのないことばかりでした。読んでも読まなくても友人関係に支障がないので、いつも返事は書いていません。


「何も届いてへんよ。大事な手紙なん?」

「いや別に。ハルちゃんからの手紙なんだけどさ、定期的に届いてたから気になって」


 きっと占いの仕事が上手くいっているから、書くことがないのでしょう。ユキノは友人の成功を喜びました。


 日刊魔女新聞を開くと、連続魔女失踪事件の記事が載っていました。世の中は怖いことであふれているようですが、家の中は平和です。


「カエデが来てから、時間に余裕ができた気がするなぁ」


 なんせ、のんびり新聞を読む時間があるのです。


「ええことやん。家事も仕事も俺に任せてや。全部やったるわ」

「やだよ。生きてる意味がなくなるじゃん」

「真面目やなぁ」


 ふと、カエデはどこから来たのだろうと思いました。


「家に帰らなくてもいいの?」

「お。やっと俺のことに興味持ってくれた感じ?」

「ごめん。嫌なら話さなくていいよ」

「待って待って! 話すから会話終わらさんといて!」


 カエデは必死です。


「生まれたんは、もっと西や。大陸があるやろ?」

「半分以上が不毛の地じゃん」

「俺が生まれた時代は、まだ住めるところが多かったなぁ」

「何歳なの?」

「途中から数えるん止めたんやけど、たぶん千歳は過ぎてるんちゃうかな」

「長生き」

「これでも強めの猫又なんで。魔女も頑張ったら、それぐらい生きるやろ」


 とんでもなく長い月日を生きている魔女もいるのかもしれません。みんな一定の年齢になったら、別人として人生をやり直すので分かりませんでした。


 ユキノはまだ七十年しか生きていない魔女です。長生きをしている魔女やカエデから見れば、赤ちゃんのようなものでしょう。


 ユキノはカエデと夜遅くまで話をしました。深夜になって眠気に負けそうになったとき、カエデがユキノに言います。


「ユキノさんは、なんで頑張るん? 仕事なんて他にもあるやん。毎日毎日キツイ仕事せんでもええよ」

「でもお金ないと生活が」

「俺がおるやん。全部任せてや。な? ユキノさん一人ぐらい、余裕で養えるで」


 カエデの声が心地よい子守唄のように聞こえます。


「ねえ。ちょっと猫の姿になってくれる?」

「今の話の流れで、なんで猫やねん。ここは俺に絆されて惚れる場面やろ?」

「あ。そういうの興味ないんで」

「対応が塩すぎや。泣くで」


 カエデが猫の姿になりました。ユキノはカエデの背中に鼻を押し付け、久しぶりに猫吸いを堪能します。

 やはり猫の匂いは最高です。


「ユキノさん。セクハラって知ってます?」

「知ってる。人間に適用されるやつよね。君、今は猫でしょ」

「めちゃくちゃ都合がええこと言いますやん」


 ユキノは聞かなかったことにしました。

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