◆一日目儀仗隊班長に任命さること①
コミティア145にて頒布した小説本の試し読みになります
続編、番外編を6/1 コミティア152 東2-く50bにて頒布予定!
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イラスト・原案/ちゃんばく
小説/作楽 シン
これは広くて大きな世界の
狭くて小さな場所で
物語の始まりに立ち会った
とある少女の物語
少女は呆然と、血まみれの床を見ていた。
広い部屋の中、赤い海が広がっていく。その中にはたくさんの体が転がっていた。驚き
に見開かれた目が、虚空を見つめている。
(何……何が、どうして……)
一体何が起きているのか、分からなかった。少女の髪は風に乱れ、顔も体も血しぶきに
汚れていたが、身動きすらできない。ただただ思考が空回った。
息がうまくできない。どうやって呼吸をしていたのか、思い出せないくらい、心も体も
ついてこない。苦しい。
まさかこんなことになるなんて、想像もしていなかった。
(わ、私が、なんとかしなければ……私が……)
身震いしながら、なんとか顔を上げ続ける。あたり一面は真っ赤に染まり、床や襖が切
り裂かれ、豪奢な部屋は見る影もない。何か言わなければと思うが、息をするのが精一杯
で、声が出ない。
どうして、こんなことになってしまったのか。
少女は遠く座る人物を見上げながら、この数日の間のことを思い出していた。
囁きあうような鳥のさえずりが聞こえている。
「んぅ……朝……」
穂が目を覚ましたのは、見慣れない部屋だった。明け方の薄明かりが部屋を満たして
みのり
いる。そうだった、とぼんやり思い起こす。
(今日から毎朝ここで目を覚ますんだな……なんだか不思議な気分)
穂は大きく伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。
「卯刻か……早く起きて準備しないと……」
気合いひとつ、起き上がって布団を畳む。
真新しい調度品に囲まれた部屋の中、机の上に置いてあった着物を手に取った。昨日授
かったばかりの制服で、やわらかい朱鷺色をしている。すべらかで美しい着物だった。
ここエマキは女王の支配する国だ。永年桜と呼ばれる桜の巨木に建てられた国で、女性
の翼人や獣人がそこに住まっている。
翼人である穂は、今日から女王の儀仗隊としてお勤めをすることになっていた。
制服をぎゅっと抱きしめて、思わず顔がゆるんでしまう。
「雛鶴鳥さんとお姉ちゃんが用意してくれた儀仗隊の制服……。お勤めの間、長く着られ
るといいな」
穂はまっさらな制服に袖を通した。晴れやかな気持ちと同時に、背筋が伸びる思いだ。
「えへへ、似合ってるかな」
姿見の前で、制服をまとった自分を見てみると、ますます気分が高揚する。襟元や袖括
そでくくり
の紐が鮮やかな朱色で、朱鷺色の着物にとても映えていた。くるりと回ってみると、袖や
裾がひらひらと舞った。
「憧れの制服……緊張するけど、ワクワクする。こんなきれいな服がお勤めで着られるな
んて嬉しいな。この服ならずっと着てられちゃう!」
帯締めを確認したり、袖を揺らしてみたりしていると、突然廊下から声がした。
「穂様、失礼いたします。お支度はいかがですか?」
「ひゃいっ!」
慌てて変な声が出てしまう。浮き浮きと真新しい制服を堪能していて、足音に気がつか
なかった。
「……お迎えにあがりました。開けてもよろしいでしょうか?」
「あ、あの、大丈夫ですっ!どうぞ!」
ゆっくりと障子が開かれる。頭巾と面布で顔をおおった人物が入ってきた。エ霞文の
入った白い着物に、朱色の半襟が鮮やかだ。黒い帯が全体の印象を引き締めている
顔を隠す面布には、大きく『五十五』と書かれていた。
『数』と呼ばれる儀仗隊の隊員だ。彼女たちは、番号の書かれた面布で顔をおおって
かぞえ
いて、その番号で呼ばれるのが決まりだと聞いていた。儀仗隊の一番隊は九班まであり、
各班に班長が一名、数が十人所属している。
(私は今日から第五班の班長だから、この方達の上に立つってことで……管理職、うぅ︙
︙緊張するなぁ)
緊張でぐるぐると考えてしまった穂に、数はいぶかしげに問うた。
「ご準備はお済みでしょうか?」
「あっはい、大丈夫です!出来てます!」
幾分、食い気味に返事をした穂に、数えは面食らったようだった。なんとも言えない沈
黙が流れる。穂は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて付け足した。
「あ、あのっ私、間違えました!もう一度やらせてください!班長ってもっと威厳が
ないとだめですよね!?」
「…………ぷっ…………ふふっ。あっははは!」
「あぁっこれも駄目でしたか!?」
「もー、せっかく真面目にお勤めしてるのに笑かさんといて~な」
笑い出した数は、ためらいもなく面布をまくって素顔をさらす。
「葱先輩」
見知った顔がそこにあって、穂は驚きに声を上げる。おかしそうに穂を見ているのは、
学舎でよくしてくれていた先輩の『葱』だった。
あお
「びっくりしました。わー……焦っちゃった」
一気に肩の力が抜ける。穂は安堵の息をついた。葱は笑いながらわざとらしく叱る。
「穂ちゃん!迎えがウチと違うたらエラいことやで!今日から班長なるんやからしっ
かりせんと!」
「は、はい……」
「ほら、シャキッとする!札付きと違うのに班長やなんて、大抜擢なんやし!」
「はいッ!」
先輩である葱に叱られ、穂は思わず背筋を伸ばした。
(そうだ……班長さんたちは、みんな『札付き』なんだよね。足を引っ張らないようにし
なきゃ)
エマキでは能力に応じて『札』と呼ばれる階級がつけられている。『素札』からはじま
り
、能力が上がれば札に役がつき、『札付き』と呼ばれる。
各班の班長は、その『札付き』ばかりだ。
学舎を出たばかりの穂は当然『札付き』ではない。それなのに隊員の数ではなく、班長
として儀仗隊に配属されたのは、異例の登用だった。
「そういえば、葱先輩がお迎えってことは、葱先輩が私の数さんなのですか?」
「せやで~。せやからウチのこと、他所で先輩とか名前で呼んだら絶対あかんで。数はち
ゃんと番号で呼ぶこと、さん付けもようないで。穂ちゃんは班長で立場が上なんやし、主
様のために隠してるってことを忘れんよーにな」
「あはは……後輩魂が染みついちゃっているのかも。改善します!」
「相手を尊重するのは、穂ちゃんのええとこなんやけどねぇ。ウチも今後は厳しくするで
お互い気をつけよーな!」
「はい!」
話がひと段落したところで、葱は時計を見た。
「あっ、せや!ウチらの話をしとる場合やのーて、穂ちゃんを謁見のお迎えに来たんやっ
た。話してるうちに時間も近うなってもうた。すぐ謁見の間まで行こか?」
「そうでした。今から主様との謁見があるんですよね……!では五十五番、謁見の間へ
向かいましょう!」
葱は笑って頷き、再び『五十五番』の面布で顔を隠した。姿勢を正し、改めて会釈する。
「穂様ではこちらへどうぞ」
「よろしくお願いします!」
エマキの庁舎の中庭には、大きな桜の木が植わっている。その周りを取り囲む形で、廊下が巡らされていた。穂は五十五番に案内され、桜の横を回るように廊下を進んだ。
(主様との謁見……やっぱり緊張するなあ。お会いするのは初めてだし、どんな方なんだ
ろう?うーん、ドキドキしてきた……)
ひときわ豪奢な襖の前に辿り着くと、五十五番は立ち止まった。
「穂様」
「は、はい!」
声が裏返ってしまった。五十五番は黙ってしまう。面布で表情は見えないが、脳裏には
呆れた顔がまざまざと思い浮かんだ。
(さっき気合い入れたばっかりやんか!って、絶対頭の中でツッコんでるだろうな……)
内心冷や汗たらたらの穂に、五十五番は静かに言った。
「私は謁見の間へは入れませんので、こちらで待機させていただきます。いってらっしゃ
いませ、ご武運を」
五十五番は頭を下げた。
(しっかりしーや、ってことね……)
「わかりました、では行ってまいります!」
穂は五十五番に送られ、謁見の間へ進んだ。