流れる時の中で
夕焼け雲がやけに優しく見える空。
氷川恵一が眠る霊園に、壬生紗季は訪れていた。
もう二年になるんだね。
お墓に花を添え、紗季は語りかけた。
少し冷たい風が吹き抜ける。
僅かに乱れた髪を耳にかけて整えると、バッグから古びたノートを取り出した。
ほんと……びっくりしたよ。
紗季はノートを眺めながら、思い出を回想する――
小学校の時、横切る氷川くんを見たんだ。
声を掛けたかったけど、横顔が格好よく見えて言葉が出なかったよ。
運動会の時もそう。職員廊下で氷川くんを見かけた時、鉢巻きが曲がってたから、話すきっかけにもなるし。って思ったけど勇気がなかった……直してあげたかったな。
さすがに中学校の時は、新しい出会いもあって、心が揺らいだりもしたけど。
そして高校の時。
あの場所で氷川くんを見かけた時、ほんとにドキっとした。
横顔を見た時、小学校の時と同じように、格好いいって思ったもん。
気づいてくれないかな?
話し掛けてくれないかな?
結局、お互い待つだけしか出来なかったね。
また冷たい風が優しく吹き抜ける。
紗季は少しだけ瞳を閉じて、風を感じていた。
その横顔は穏やかで、どこか儚げな表情だった。
「紗季さん!」
黄色の菊の花、白いユリの花など、お墓を明るく彩るための花束を抱え、氷川の妹、利絵が紗季に呼び掛けた。
「こんにちは、利絵ちゃん」
「こんにちは。紗季さん、いつもありがとうございます」
二人は近況を伝え合いなが、お墓の周りに生えた雑草を抜き、手入れをする。
紗季と利絵の持ってきた花で、花瓶がいっぱいになり、それが可笑しくて、二人は笑い合ったりした。
「紗季さん、今日は雰囲気が違いますね」
「そうかも。ねぇ、利絵ちゃん。聞いてくれる?」
「はい」
紗季が伝えようとしていることを察した利絵は、立ち上がると背筋を伸ばし、紗季の瞳を見つめた。
「氷川くんのお墓参り、今日で最後にするね」
わかっていても、心は逆らおうとする。しかし、利絵はその気持ちを押し殺した。
「わかります。紗季さんも歩き出さないと……ですよね」
「うん。それもあるけどね――」
氷川くんがいなくなって、辛くて、苦しんで、あんなに悲しかったのに……
懐かしく思ったんだ――
「だから、お墓の前で自分を試したの。うん、変わらなかった。懐かしいままだった」
「そうですか」
「氷川くん、拗ねるかな?」
「紗季さんは、お兄ちゃんを甘やかせ過ぎです!」
泣き笑いする利絵を、紗季は優しく抱きしめた 。
「紗季さん……いままで、ありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとう利絵ちゃん」
紗季は目一杯の笑顔を見せて、霊園をあとにした――
優しい風が頬を撫でる。
それを愛おしく、掴む素振りをして、自分の頬に手を当てる。
紗季には、ずっと声にしたかった言葉があった。
それは、最初で最後の言葉。
――じゃあね、恵一――