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転生調理令嬢は諦めることを知らない  作者: eggy
第1章 リュシドール子爵領
6/52

 姉弟を取り巻く環境がさらに変わったのは、その直後だった。

 子爵執務室に呼ばれたオリアーヌは、何ともあっさりと言い渡された。


「お前たち姉弟の部屋を、移す」

「はあ」


 宣告はそれだけで、執事に部屋まで案内された。

 連れられて入った先は使用人用の別棟だった。本館から渡り廊下で繋がった、三階建ての木造建築だ。現在はこの執事と料理長、侍女四人が住んでいるという。

 その二階、二部屋続きの扉を開いて説明された。

 前の執事が夫婦で住んでいた部屋らしい。


「お嬢様は弟君と同部屋をご希望と伺いました。こちらをお二人でお使いいただきます」

「そう……なの」

「特にお嬢様はお仕事をされていることもあり、できるだけ自立のすべを身につけるのが理想、と旦那様の仰せです」


 妙な言い回しに、首を傾げてしまったが。

 要するに。

 この部屋で姉弟二人で暮らしてもらう、使用人は一切世話をしない、ということらしい。

 今までついていた侍女は、解雇することにした。

 この部屋の横には炊事場があるので、自由に使っていい。

 食材については、厨房で捨てるようなものなら自由にしてよい。

 二人の部屋に元からあったものについては、引き続き使用を許す。

 そういうことで、侍女の最後の仕事としてランベールの部屋のものを運んできた。

 オリアーヌの持ち物は、自分で移動する。

 情けない話だが、最低限の衣類や夜具などがあるのは辛うじてありがたい。ただランベールは成長するので、そのうち衣類については間に合わなくなるだろう。

 すべての移動を済ませ、オリアーヌは新しい自室の床に腰を下ろして腕を組んだ。

 弟はとりあえず姉と一緒にいられるのが嬉しいらしく、横からじゃれついてくる。数少ない木の玩具を握らせて、その場で遊ばせる。


「さて、どうしようか」


 思わず独り言を口にしてしまい、弟に変な顔をされた。

 とは言え、ここはしっかり考えなければならない。

 当座の生活は、できるだろうか。

 衣食住のうち、何とか衣と住は揃っている。

 食も確かに、加護によって技能は持ち合わせている。

 水は井戸を使えるし、まきは裏の森から調達できる。

 ただし問題は、食材だ。

 以前からぼんやり感じていたことだが、この子爵家はかなり経済的に困窮しているようだ。おそらく執事が替わってから、領地の経営などうまくいっていないのだろう。

 今回のこの措置も、侍女一人分の給与を節約する、という意味も大きいかもしれない。

 そしてその傾向はかなり前から続いていて、厨房では無駄が許されないという指令が回っている。

 つまり、厨房で捨てるものを使っていいということだが、そんなものはほとんどないのだ。せいぜい言って、野菜の皮と野兎野鼠の骨や臓物程度だろう。

 野鼠にしても当然肉屋で解体を済ませた肉だけを買うこともできるのだが、生きたまま購入しているのはその方が廉価だからだ。まあこの点については現在の事態に到ると、骨や内臓等の廃棄物が出ることになって助かるという利点が出ているが。

 とにかくも本来贅沢であって不思議のない領主邸で、平民家庭と変わらないぎりぎりの廃棄物しか出ないことになっている。

 今後はそれで、何とかするしかない。


「あり得ないよねえ、こんなの」


 弟の頭を撫でながら、長々と息をついてしまう。

 以前も考えたようにあの子爵、こちらの姉弟を亡き者にしたいというのはまちがいないのだろう。

 実際に手を下したり何らかの不審死の形を作るのはまずいので、どうにかして自然死に持っていきたいに違いない。そのために、ここで衰弱死、飢え死にのような結果に持ち込みたいのか。


「こんな扱いを受けるくらいなら――」


 いっそこの家を出ようか、という考えが浮かぶ。

 何処か別の町に移動して、姉弟二人で暮らしていこうか。

 具体的に何処まで可能かは分からないが、自分の加護の力で料理屋の下働きの仕事ならできるはずだ。いくら安給金でも、今の無給働きよりはよほどいい。

 なかなか現実的に像を結ばないながらも、そんな行く末は考えられる。

 しかしその前に、大きな問題がある。

 別な町への、移動方法だ。

 まだ乳児と変わらない二歳児と、片足に障害のある九歳児。歩いての移動には大いに困難がある、というよりほぼ無謀というしかない。

 この領都から最も近い町は、北のギャルヴァンまで大人の足で一日あまり。南の町なら近くても三日以上。この姉弟の足なら、少なくともその倍以上はかかると見なければならない。

 そしてさらに、困難条件がある。

 特に北方面の街道には、頻繁に魔獣が出没するという。到底子どもだけで歩ききることはできないはずなのだ。

 この国で一般に、徒歩以外の移動手段はない。魔獣に対処できない旅行者は、魔狩人などを護衛に雇うのが必須だ。

 どれもこれも、自由になる金も持たない子どもにとって、無理難題でしかない。

 そこまで考えて、


「ああ――」


 ふと、理解した気がした。

 あの子爵、一つの可能性としてオリアーヌがこの無理難題に挑むのを期待しているのではないか。

 何とか亡き者にしたい幼い姉弟が、無理矢理街道の移動に挑んで魔獣に食われてくれないか、と。

 魔獣に食われた死体が見つかれば、これは誰が何と言っても事故死だ。王宮からの調査が入っても、それで言い通せる。

 原因になる屋敷での扱い程度のことなら使用人たちを言い含めることも可能だ、と判断しているのではないか。

 衰弱死、餓死を待つよりも、もっと現実的な成り行きだろう。

 だとすると。

 オリアーヌが選ぶべきはその手に乗らない、何とかこの部屋で生き抜くことだと思われる。

 さてそうすると、とオリアーヌは立ち上がった。


「ランベール、大人しく遊んでいてね」

「あい」


 何処まで理解しているか分からない返答を聞いて、部屋を出る。

 幼児を一人残すのは心配で堪らないのだが、他にどうしようもない。部屋の中にほとんど物はなく、危険は少ないと思えるのがせいぜいの慰めだ。

 いつものように、厨房で下働きを行う。

 ただこの日から変わったのは。

 他の使用人と共にしていた夕食が、ない。弟の分も、当然。

 捨てるために箱に集められていた野菜屑と鼠の骨を、オリアーヌは黙々と集めた。

 これまでほとんど同情も見せていなかった料理長や女たちも、今回はさすがに憐憫の籠もった目をちらちら流してきていた。

 こちらには視線を向けずに、食事を始めていた料理長がぼそりと呟いた。


「穀物庫のナガムギは、もうすぐ廃棄するものだ」

「そう――ありがとう」


 素直に礼を言って、オリアーヌは厨房横の倉庫に入った。

 見た目小麦に似ている点はあるものの、ナガムギは食用としてあまり歓迎されない作物だ。パンにして焼いても、ほぼ硬くぼそぼそとしたものにしかならない。粥にしてもなかなか均一に柔らかくするのが難しい。

 そのため南方の地域では、まず家畜の飼料にしかならない作物とされている。北方ではもしもの冷害等による不作のために備蓄するが、ほとんど利用されることはない。特に貴族がこれを口にするということはまずあり得ない。

 そういった因縁の穀物を、袋から取り出す。

 何にしても小麦がない以上、姉弟はこれを主食代わりとするしかない。

 廃棄物同然のいろいろを抱えて、オリアーヌは部屋に戻った。

 扉を開くなり、小さな弟が脚に抱きついてきた。


「わあーー、おねえちゃま」

「大人しくしていた? ランベール」

「あい」

「いい子ね。お夕食の支度をするから、少し待っててね」


 横の炊事場で、竈に火を入れる。

 弟は火に近づかないように注意しながら、傍で遊ばせておく。

 大きめの鍋で野菜屑と鼠の骨を水に入れ、火にかける。

 もう一つの鍋で、ナガムギを茹でる。

 幸いなことにこんな規格外れの食材でも、適切な調理法が頭に浮かんでくるのだ。

 野菜の皮などは、ほとんど問題なく食用になる。歯触り舌触りがよくないことを気にしなければ、むしろその他の部分より栄養があるくらいらしい。煮込めばそれなりに出汁も出るという。

 弟の離乳食仕様も考えてこれらは時間をかけて煮込み、形が分からないほどとろとろの状態にする。

 骨もそこまで煮込むとわずかについていた肉が離れ、スープの中を漂うようになった。

 一度水分がほとんどなくなるまで茹でたナガムギは、しばらくそのまま蒸らしておく。

 厨房からくすねてきたわずかな塩でスープに味をつけ、ナガムギを入れてさらに煮込む。こうすると煮るのが難しいというナガムギも、かなり柔らかくなるようだ。


「さあできた。熱いから、ふうふうして食べようね」

「あい」


 歯触り的には物足りないものの味は悪くなく、弟の笑顔を見ながら夕食を楽しむことができた。



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